水の少女8

「あ、久しぶり。元気だった?」
ある日の放課後、ふいに祥子さんの事を思い出し、うっすらと暖色に変化しつつある街を抜けて、あの空き地に足を運んだ。するといつものように建築資材に腰を下ろして祥子さんがぼんやりと空を眺めていた。

「うん、久しぶり。最初にあった時よりかは元気だよ。」
「そうなんだ、確かに顔つきもしっかりしているように思うよ。」
「そうなの?自分じゃよくわからないけど…。」

僕は彼女の隣に腰を下ろして、同じように空を見上げた。
日もすっかり短くなり、辺りは暗くなり始めていた。
空にはすでに星がいくつか見える。

「最後にあったのは夏休み前だったよね。」
「うん、実は夏休み中に一度来たんだけど、祥子さん、いなくて。」
「あ、そうなんだ。うん…そうだね、私も出かけてたりしたから。」
「そういえば旅行に行くって言ってたね。」
「旅先では水にならなかったよ。」
「そっか、よかったね。」
「うん。きみはどうしてたの?」

僕はそこで予備校に通って新しい友達が出来たことや、
昼休み一緒にご飯を食べる女友達が出来たこと。
高岡君や吉岡君は受験勉強で僕どころではないらしく
あまり構ってこなくなったことなどを話した。

「うん…そっか…ちょっと会わないうちにずいぶんと色んなことがあったんだね。」
「そうかもしれない。4か月前祥子さんと会ったときに比べて毎日が楽しい…ような気がするよ。勉強は大変だけどね。」
「それはよかった。空き地でないてた時とは大違いだね。」
「もう、恥ずかしいからむし返さないでよ。」
「あはは、ごめんごめん。うん…でも…そっか。きみももう元気でやっていけそうだね 。」
「どうなんだろう。まだ不安な所もいっぱいあるよ。」
「そっか、でもきっと大丈夫。」
祥子さんはなぜか根拠なくきっぱりとそう言って、少し、言いにくそうに僕から目をそらし、
「…あのね、ちょっと言いづらいんだけど、私、ちょっとの間ここにこれなくなると思う…。」
と言った。

僕はなぜ、どうして、という疑問が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え、しかし相変わらず何も言えず、ぐっと、黙り込んでしまった。
「ごめんね、急で。あの、君と会えないのは少し寂しいけど、勉強、頑張って。」
祥子さんはそう言ってまた空を見上げた。
僕も混乱する頭を抱えて同じように空を見上げた。
空は深いダークブルーに染まっており、星が少しだけ光っていた。
僕は何か言おうと思ったが、いざ発話しようと思うとふっと消えていった。
しょうがなく、ギリギリのところで
「うん、ありがとう。勉強、がんばるよ。」
とだけ言った。
それから数分間お互い何も言えず、並んで空を見上げていた。

「それじゃ、今日は帰りなよ。もう暗いし、私も帰るから。」
「うん、また…会えるかな。」
「会えるよ。ちょっとの間会えなくなるだけだから。」
「…。」
「…。」
「それじゃ、またね」
「うん、また。」

帰り道。ネオンの輝く街を歩きながら、僕は祥子さんに連絡先を聞くのを忘れていたことを思い出した。しかし、祥子さんにそれを聞く自分を想像すると、それがとても間違った行為であるように感じた。
祥子さんに次会えるのはいつになるんだろう、と思い、そして明日からまた受験勉強頑張ろう、と心に誓った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?