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博士論文を提出した

この3月18日、無事に博士論文を提出することができました。

トータル19万字、A4にして160枚ほどの分量になりました。これが多いか少ないかは分かりませんが、少なくともこれまでの人生で書いたことのないボリュームでした。提出用の5冊を刷るのに3万2000円かかりました。新幹線より高え。

ここまで来るにはさまざまな困難があり、何度も挫折しかけました。このnoteではその歩みを振り返ることで博論に一区切りつけ、2024年度を迎えるための準備としたいと思います。

注意:博士論文提出=博士号授与ではない
博士号の取得にあたっては、ここから公聴会があり、内容の修正があり、審査を受けて、はじめて授与されることになります。場合によっては「お前の博論、不合格」という結果もあり得るので、決して安心できる状態ではありません。
しかしながら、とりあえず「出した」ことは事実なので、何かの参考になればと思い、このnoteをしたためます。

提出までのプロセス振り返り

まずは、博論の執筆をどういうプロセスで進めていったのかを整理します。

ゴールの設定

博士論文を完成させるために、まず把握したのは「理想的な分量」でした。

もちろん、博士論文に大切なのは質であって、量ではありません。でも、ゴールの見えないマラソンはつらいものです。たとえば1万字書けたとして、それが全体の1%に過ぎないのか、20%くらいに達しているのか、知りたくないですか?

そこでアクセスしたのが大学のレポジトリです。全文公開の博論をとにかく見て、温度感を調べました。その結果、A4で150枚くらいあれば格好がつきそうだと分かりました。

本学はフォーマットの指定がないため、字詰めや行間サイズによって枚数は変わり、絶対的な指標にはなりません。それは承知の上で、気休めと割り切って把握しました。(実際、後半戦では大いに気休めになりました。)

過去業績の整理

次に、博論に組み込むための業績を整理しました。

夏野は博論執筆に7年もかかったうえ、途中で会社を作るなど、決して直線的なアカデミックライフを送ったわけではありません。それでもほそぼそと学会で発表はしていたので、書いたものをかき集めました。

集めてみると「意外とあるやん」みたいな気持ちになって安心しました。いくつかの発表はストーリーに組み込まず、除外したほどです。

在野で研究をしていると、バリバリ成果を出している同期を見て病みがちです。それでもくじけず、「自分のペースがあるんだ」と割り切って続けて良かったです。

ストーリーを描く

過去の材料を集め終わったら、全体を通してどのようなストーリーにするかを考えました。

そもそも論でいけば、まずはじめにストーリー(研究のグランドデザイン)があって、それに沿って各種の発表/投稿を行うのが理想的な研究計画かもしれません。

しかし、夏野にそんな大局観はなく、「ええやん」と思ったトピックを散発的に扱っていたため、この作業が必要になりました。

それぞれの発表は一見バラバラに見えますが、一人の人間が取り組んできた研究である以上、どこかに核となる関心事があるはずです。「私って何がしたかったんだろうなあ」と自問自答しながら、全体の構成を考えました。

抜けている部分を学会発表で埋める(〜12月末)

全体の構成を考えてみると、中途半端なパズルのように、いくつかの部分に抜けがあることに気づきました。

そこで2023年の前半は、抜けている部分の研究を進め、学会で発表することに時間を割きました。具体的にはこんなスケジュールでした。

8月末締切:単独1本、共同1本で応募(学会①)
10月頭締切:単独1本で応募(学会②)、大会論文の執筆
12月頭:学会①の発表、プロシーディングの執筆
1月頭:共同2本で応募(学会③)、大会論文の執筆

ここで夏野のパーソナリティについて補足すると、どうやら夏野、短距離走しか走れないみたいなんですよね。

つまり、「1年後に大作を出してね」と言われてもうまくやる気が出せないけれども、「完成度そこそこの原稿を15ページ書け」と言われたら2日くらいで書けちゃう。

これは博論と相性がよくないと感じたので、学会を詰め込めるだけ詰め込み、それぞれの発表資料やプロシーディングをペースメーカーにすることで乗り切りました。

ただ、こういうやり方は思考が分散しがちというか、1本1本の考察が浅くなりがちなので、2024年度はもう少しペースを落とします(多分)。あくまでも博論のラスト1年だったからこその措置です。

気合いで残りを生成する(〜1月中旬)

上記でケーススタディの材料が揃ったので、残りの部分(理論的基盤の呈示、研究史の整理、まとめ部分)は気合いで生成しました。

具体的には、必要な論文を集めまくり、新幹線の中でいっぱい読んで、睡眠し、大晦日〜三が日にかけて短期集中で取り組んだ感じです。

このへんはもう、計画性とか、スキルとか関係ないです。気合いです。

先輩に全部読んでもらう(〜2月中旬)

本当にありがたいことですが、夏野にはいつもお世話になっている先輩がおり、博士論文の執筆にあたっても、できた章からすべて読んでいただくことができました。

目の前で、1章あたり3時間半くらいかけて読んでいただけたので、トータルで一体どれほどの時間を割いていただけたのやら……。謝辞を書くときには、先輩に関する部分だけ文字サイズを特大にしたいくらいです。

読んでいただくと、ロジックや考察の抜けや誤りが大量に見つかったので、地道に直していきました。あまりに修正点が多いのでやりきれるか不安でしたが、気合いでなんとかしました。(本当になんとかなったのかどうかは、審査の結果次第ですが)

印刷し、修正を重ねる(〜3月頭)

もうこのあたりになると意識も途切れ途切れです。とくに提出直前の2月末には、父が癌になったうえに育て親であった祖母が急逝するという出来事があり、かなりぎりぎりの状態でした。

入院中の父に代わって葬儀に関するあれこれを手配するのは大変でしたが、弟と二人でなんとかしました。なかなか寝つけないとき、眠れるまで電話やメッセージに付き合ってくれた旧友たちには感謝しかありません。

しかもこの頃には、上記で応募していた学会での発表が立て続けにあり、学会をはしごするようなスケジュールでした。

作業時間が限られるなかで、印刷しては読み返し、加筆・修正して、また印刷して、という感じで修正を続けていきました。

提出完了!

こうして、3月18日には博論を提出することができました。長かったような、短かったような、とにかくつらい1年でした。

メンタルを維持するために

博論の執筆をなんとか進めるために、いろいろな方々やツールの力を借りました。それについて記しておきます。

Notionの活用+進捗記録をつける

これに関しては、過去のnoteに詳細を記しました。簡単に要点をまとめると、以下の3点になるかなと思います。

・執筆を気軽にするために、とにかくNotionに吐き出す
・監視してもらうために、知人をinviteする
・進捗記録をつける

とくに進捗記録については、大いに心の支えになりました。

メンタルが沈んできて「全然進んでない!」とパニックになったとき、記録を見ると「意外と進んでるやん」とか思えるんですよね。

10ページちょっとのプロシと違い、博論サイズのプロジェクトはなかなか進んでいる実感を持ちづらいものです。こまめに記録を残しておいて、定期的に眺めることが自信につながりました。

いろいろな人と話す

メンタルの管理という点では、とにかくいろいろな人のお力を借りた1年でした。研究合宿でご一緒したメンバーには節目節目で原稿を見ていただいたり、単純に励ましていただいたりしました。

他にも、「僕が返事するかどうかは気にせず、好きなときに好きなだけ、好きなことを送ってください」と励ましてくれる友人が何人かいて、メンタルが崩れかけるたびに、弱音を吐かせてもらいました。

あとは、いろいろな学会で発表しまくった結果、新たに知り合った研究者のみなさんから博論の内容に関心を持ってもらえたことも嬉しかったです。

「博論終わったら〇〇について発表してくださいよ」みたいなお声がけを複数いただけたことで、「早く決着をつけて2024年度を迎えるぞ!」みたいな気持ちになれました。

直面した苦難

というふうに、いろいろな対策はしたのですが、それでも博論執筆はかなりしんどかったです。具体的にはこんなことがありました。

4kg太る

私はストレスが溜まると太るタイプで、高校受験でも、大学受験でも、修論でも、漏れなく太りました。

そんなわけで今回も覚悟はしていたのですが、きっちり4kg太りました。可能な範囲でパーソナルジムに通い続けていたにもかかわらず、です。

ただ、過去に太ってしまったときは、イベントを終えると自然と体重も元に戻っていきました。その経験から、「優先順位を考えて、メンタルを乱さないぞ」と自分に言い聞かせていたのですが、順調に増えていく体重を見ているとやはり落ち込むものがありました。

メンタルの調子を崩す

スティグマにしたくないので公開しますが、だいたい秋くらいからメンタルの調子を崩していました。ひどいときには1日16時間くらい眠って、起きているわずかな時間でなんとか進めるようなありさまでした。

修士留年のnoteでも公開した通り、夏野には鬱に苦しんだ経験があります。その経験から、博論こそはうまく乗りこなすぞと思っていたのですが、完全にコントロールすることはできませんでした。

結果として、秋ごろからメンタルクリニックに通うことになりました。そこで抗不安薬を処方してもらい、なんとか体調と付き合いながら進捗を出していきました。

ちなみに薬は、博論を提出した日から1回も飲んでいません。「やめよう」と意識したわけではなく、気付けば飲むのを忘れていた感じです。

「メンタルクリニック」「薬」と聞くとネガティブな印象を持つ人もいそうですが、頓服薬を持っているだけでも気持ちが落ち着く一面があるので、どうにもしんどいときはカジュアルに頼っても良いと思います。軽症のうちに対応しておけば、回復も早いはずです。

仕事でのプレゼンスが落ちる

博士論文を提出するにあたり、去年の2月ごろから取引先を縮小しました。

また、既存の取引先についても、業務フローを整理→他の方へ移譲する流れを進め、最悪、自分がいなくても迷惑がかからない体制に移行しました。

するとどうなるかというと、プレゼンスが落ちるんですよね。そりゃそうです。「いなくても問題ない体制」を作ったんだから、いなくても問題ないんです。

これは博論を進めるうえでは安心材料でしたが、キャリア形成の観点からはマイナスでしかありませんでした。実際に売上も落ち、ここ数ヶ月は最盛期の3分の1くらいしかありません。

「優先順位を考えれば、今は気にすべきではない」と割り切りましたが、これまで右肩上がりで推移してきた売り上げが下がったことのショックは大きく、これもメンタル不調に影響した気がします。

今は休む時期。元気を出して次行くぞ

博論を提出した率直な気持ちは、「いったん休憩したい」のひとことです。

終わったら旅行に行こう、映画を観よう、小説を読もう、とかいろいろ考えていたのですが、そのエネルギーもないというか。何の不安もなく、好きなだけ寝たいぜ。という感じなので、少なくとも4月はのんびりするつもりです。

とはいえ、ありがたいことにいろいろなお声がけもいただいています。酔っ払ってだいたいのことをオッケーしていたら、海外発表を含め、4つほど研究発表の準備を進めることになりました。前々から温めていた研究会の準備もあり、くたばってる場合じゃなさそうです。

頑張ってGoogle Sitesをいじっています

その一方で、仕事に関してはどのように展開していくのかを再考し、テコ入れせなあかんなという手触りがあります。

これに関しては別途まとめたいと思いますが、33歳を前に、いよいよ地力を問われているというか。勢いとハードワークだけではどうにもならないので、きちんと強みを持ちたいなと。そのためにも今年はいろいろな人に会って、刺激を得たいですね。

人生、ずっと勢いよく進み続けるのは難しいみたいです。それでも折れずにやっていくには、好奇心を大切に、やれることを増やすしかないのかな。

そういうポジティブな気持ちを保つためにも、今は心身を休める時期としたいと思います。必要なことは、必要な時期に自然とやってくるものだと信じて。

とっても嬉しいです。サン宝石で豪遊します。