見出し画像

Incubateリレー創作企画

「…はい。はい。では来週の日曜日ですね。ご予約を承りましたので、午前十時に、またこちらにお越しください。はい。ありがとうございます。…えーと、次は…。あ、もういらしてますかね。どうぞ。お入りください」
「あ、すみません。入って大丈夫ですか?」
「ええ。どうぞ。そちらにおかけください」
「ありがとうございます。なんだか結構、普通の感じなんですね」
「ここですか? ええ、まぁ、あんまりそれっぽく装飾しても仕方ないですからね。いらした方が構えちゃってもいけないですし。普通の感じですよ。ええ、どうぞ」
「あ、すみません。(椅子にかける)よろしくお願いします」
「こちらのことは、どなたかのご紹介ですか?」
「そうなんです。友達で一回、こちらで祓ってもらったっていう子がいて、それで来ました」
「ああ、そうですか。えっと、制服姿のところを見ると、高校生?」
「はい。三年生です。あの、その友達にこちらで除霊をしてもらえるって聞いたんですけど、本当ですか?」
「ええ。まず今日はお話を聞いてですね。どんな霊が憑いているのか、あるいは勘違いで何も憑いていないって可能性もありますのでね。ちょっと見させていただいて。ほんとに祓うということになれば、また日を決めてこちらにお越しいただくという形になってます」
「そうなんですね。分かりました。よろしくお願いします」
「はい。ではお話を伺いますが、いつ頃から自分に何か憑いてるかもしれないと思われましたか?」
「実は…、ずっとなんです」
「ずっと?」
「あの、子どもの時から、ずっと肩凝りとか酷くて」
「肩凝り? その年齢で?」
「そうなんです。もしかしたら背後霊とかそういうのが憑いてるんじゃないかと思って。特に高校生になってから、いろんなことが周りで起こるようになって。自分の部屋で電話してる最中に、本棚の漫画が全部落ちてきたりとか。スマホしてる時にやたら、手からスマホが滑り落ちちゃったりとか。遊園地に遊びに行って写真を撮ろうとしたら、自分以外の全部がボヤけて写ってたりとか。あとなんでそんなことになるのか分からないんですけど、スマホのアドレスから勝手に友達の登録が消えてたりとか。あとスマホが壊れたりとか…」
「あの」
「はい?」
「なんかスマホばっかりですね?」
「え?」
「いや、もし霊が憑いてるとしたら、それがあなたになにか悪さしてるっていうことはあると思うんですけども。ただスマホばっかりですよね?」
「ああ~、言われてみたらそうかも。スマホたくさん使うようになったのが高校生になってからなんで」
「そうですか。ははぁ。まぁ確かに電子機器の故障だとかそういう形で現れることはよくあるので。スマホ以外でなにかありますか?」
「えっと、そうだなぁ。なんだろ。…あ、理系の授業についていけないんです」
「はい? 理系の授業? 物理とか? それは霊は関係ないんじゃないですか?」
「違うんです。私ほんとは文系なんです。文系クラスに行きたかったんです」
「なにをおっしゃってるんですか?」
「文系クラスで希望を出したんです。なのになぜか理系クラスに入れられてて。こういう希望が通らないことって普通ないじゃないですか。文系の学部志望なんですから。なのになぜか理系に入ってて」
「うーん。それが霊の仕業だと? 理系に入ってしまったのが霊の仕業だと?」
「はい。そうとしか思えないんです」
「そうですか。分かりました。ただ確かに電子機器の不具合いはかなりよく起きる現象ではあるので。状況も不自然ですしね。除霊した方が良いかと思います。では、ご都合のつく日程を教えてください」

「(部屋を覗く)あのぅ」
「はい? あれ、ご予約されました?」
「いえ、予約はしてないんですけど」
「そうですか。すみません。こちら予約制になってまして。一度ホームページから入ってフォームに記入をいただいて」
「いや、あの、急ぎなんです」
「急ぎ? 除霊を急ぎたいと?」
「いや、その逆なんですけど…」
「は? 逆?」
「いや、あのー、除霊されたくないんです」
「どういうことですか?」
「えっと、あの、今、高校生の女の子、こちらに来ましたよね?」
「はぁ。いや他の方のことは守秘義務で言えないんですけども」
「僕です」
「はい?」
「いや、その、高校生の女の子に憑いてる霊は、僕です」
「…えーと、霊の方ですか?」
「はい。彼女に憑いてる背後霊です」
「…あ、そうですか。で、除霊されたくないと?」
「そうなんです。今も後ろで全部、話を聞いてたんですけど。このまま行くと僕、除霊されちゃうなぁと思って。困るんです。まだ彼女に憑いてたいんです」
「ははぁ。霊の方から直談判されるの初めてですねぇ。そうでしたか」
「はい。なんとかなりませんか? 除霊しないでもらえませんか?」
「いや、あなたそれは駄目ですよぉ。彼女はあなたのせいでね、いろいろ大変な思いされてるんですから。直接、霊側から『除霊しないでくれ』って言われても」
「お願いします。どうか、この通り!」
「いやいやいや、頭を下げられても。彼女が可哀想ですから」
「兄なんです!」
「はい?」
「僕、彼女の兄なんです」
「お兄さん?」
「はい。実は十年ほど前に僕、事故で命を落としまして。その時に十個下の妹、当時八つだったんですけど、妹を残して逝ったのが心残りで。『お兄ちゃん、お兄ちゃん』ってあいつすごく僕に懐いてましたから。それでずっと心配で、霊になってあの子のは背後でずっと成長を見守って来たんです」
「そんな事情があったんですか」
「そうなんです。やっぱり霊が憑いてると肩凝りが酷くなるって聞くんで、悪いなぁとは思ってたんですけど、でも心配で」
「いや、それは分かりましたけど。だったらね、あなたもそんな悪さなんかしないで、おとなしく見守ってればよかったじゃないですか。どうして彼女が迷惑に思うようなことをするんですか?」
「彼氏ができたんです」
「はい?」
「高校生になって、あいつに彼氏ができたんです。同じ学校に彼氏ができたんです。心配じゃないですか。変な虫がついたんじゃないかって」
「え? それでいろいろ悪さするようになったんですか?」
「悪さって人聞きの悪い。ただ彼氏との仲を邪魔してるだけですよ」
「それが迷惑じゃないですか。なにやってんですか、兄。あ! それでスマホにいろいろ…」
「そうですよ。あいつが部屋で彼氏と電話している最中に、本棚の漫画を全部、崩して落としてやったり。彼氏とLINEしてる時にスマホを取って床に落としてやったり。遊園地でデートしてたらついてって、自撮りの時に彼氏の顔をこうやって(顔の前で両手をふる)ボヤけさせてやったり。電話帳から彼氏のアドレスを消したり。もうめんどくさいから普通にスマホを壊したり」
「酷いですねぇ! 兄のヤキモチが酷い」
「ヤキモチじゃないですよ! 守ってるんですよ! だって、お兄ちゃんのことあんなに大好きだったんだから。おれが守ってやらないと!」
「それがヤキモチですよ。兄の嫉妬がエグい。あれ? じゃあ、もしかして彼女が理系になったのは」
「そうですよ。僕ですよ。彼氏が文系なんです。同じクラスになったら大変じゃないですか。だからあいつが書いた文系クラス希望の紙を理系に書き換えてやりました!」
「酷過ぎますよ! おかげ彼女は授業についていけてないんですから!」

※続きは立川志の春が創作。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?