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ファウスト ラストカンタータって他人の人生のお話じゃない

いきなり自分語りから始まるし、ワーグナーの話をしていると見せかけてずっと自分の話ばかりしています。
感情のままに書いてしまったので、話題があちこち飛んだあと最終的にはマルクスとワーグナーの話になります。

やっぱりワーグナーのこと、どうしても他人だと思えなかった。


わたしには幼馴染がいる。わたしは彼女のことを親友だと思っているし、彼女もそう思ってくれていると思いたい。自信はないけど。
彼女は聡明ですごく頭が良くて、日本で三本の指に入る難関大の医学部に現役で合格して、今は大学院の研究室にも先取りで通いながら医者を目指してる。
彼女はとっても真面目で、あまりおしゃべりではないけど、誰にでも穏やかで優しくて空気が読めて思いやりのある、わたしの幼馴染にはもったいないくらいいい子。
そんな大学に片手間の努力で入れるはずもない(と思う)から、きっと陰で誰よりも頑張っているんだと思うけど、受験の時も大学に入ってからも彼女は一切そんな素振りを見せたことはない。
当たり前のように努力して、当たり前のように涼しい顔ですごいことを成し遂げてる。努力家な一方で、凡人の努力の成果なんて簡単に超えられちゃう天才なんだと思う。
そして彼女は自分でも自分はメンタルが強い方だ、って言ってたからその通り強い人なんだろう。

そんな彼女とわたしは小学校低学年の頃に出会ってから、ずっと一緒に大きくなった。
中学受験をして、そのまま高校に上がって、高校を卒業した後も大学は別々だけど2人とも同じ地域の大学に進学して今も仲良くしてる。
お互いの20歳の誕生日には2人で旅行に行ってお泊まりして、カウントダウンを一緒にしてお祝いした。なんなら10歳の誕生日も一緒にいた。
小学生の時は2人でへんてこりんな空想上のお友達をつくってへんてこりんな遊びをしたし、交換ノートや手紙も数えきれないほどやりとりしたし、中学の受験の日も、合格発表の日も、入学式の日も彼女は隣にいた。
でも彼女は天才(秀才かもしれないけど)だったけれど、わたしはただの凡人だった。

中学生の時は楽しかった。将来のことなんてまだまだ先のことだと思っていたし高校受験もなかったから、毎日学校に行って友達とワイワイして、授業を受けたり学校行事に取り組んだり勉強したり。
わたしも成績は悪くなかったし、結構努力はしてた。というか、努力していたからそこそこ上位をキープしてた。
中学生の時はそれでよかったし、特につらいとも思ったことはなかった。

高校に入ってから、わたしは進路を迷い始めた。別にこの経緯は関係ないから割愛するけど、自分っていったい何者なんだろう。何を目指して、何を為して生きるのが自分の人生ってものなんだろうって迷った。
迷った結果、当時のわたしは新たな夢を見つけてまた頑張り始めた。新たに描いた夢はすごく魅力的に見えて、夢に向かって努力するのも楽しかった。はずだった。
けど、現実は甘くなかった。それまで成績も悪くなく勉強も楽しかったはずのわたしは、大学の入試問題を前に挫折した。定期テストの成績は良くても、必死に勉強していても、難関大の入試問題は全然わからなかった。
普段の成績は良かったから、先生に勧められて○○オリンピック的なものにも挑戦した。幼馴染の彼女も一緒に。彼女は入賞して、わたしはほとんど解けなかった。先生はそういうときもあるよねってわたしを慰めた。

学年が上がって、わたしは鬱になった。ただ落ち込んだとかただ挫折した、とかじゃなくてうつ病だった。
なんとか学校に通ってはいたけど、足がすくんで動けなくて休む日が増えたり、模試の最中に涙が止まらなくなって早退したりを繰り返した。
受験勉強の真っ最中、その前の日には夏期講習に行っていたのに、ある日突然わたしは糸が切れたように動けなくなった。それからのことは覚えていない。ほとんど死んでいるみたいに布団の中で過ごして、誰とも連絡を取らず引きこもって、なんか精神科に行ったような気もするけどわからない。勉強もしなかったし、一切学校にも行かなかった。
卒業式は出られなかった。ずっと人生の節目を一緒にしてきた彼女とも、卒業式の日は会わなかった。
わたしの高校は大学の附属だったから、そんなわたしにも大学に行ける権利がもらえた。トップレベルの大学とも言えないけど、そこそこ名は知れた大学の。わたしはそれに縋りつくしかなかった。

わたしは夢に向かって努力していたはずだった。最後まで頑張り抜いて、受験を乗り越えて、目指していた大学で楽しいキャンパスライフを始めることを夢見ていた。
自分の努力は未来に結びついて、必ず報われると思っていた。
けれどそうじゃなかった。わたしが夢見て目標を目指して努力していたはずの日々は、わたしをすり減らしただけだった。鬱になるまでわたしが受験勉強をしていた頃、内部推薦で進学できるからと遊び惚けていた奴らとわたしは同じ大学に進学することになった。
最終的にこんな結果になるなら、努力なんかしなきゃよかった。あの時あんなに必死に頑張り続けていなければ、今頃壊れていなかったかもしれないと思った。

周りの友達は、壊れたわたしとは違って最後まで受験勉強を頑張っていた。共通テストの日、わたしは受験をしなかったけれど、共通テストを受けられるってだけでみんながうらやましくて、わたしは泣いた。
幼馴染の彼女はやっぱり天才だった。彼女は某大学の医学部にあっさり合格した。高1のときにわたしは死に物狂いで勉強した世界史の試験で95点を取って、部活もしつつ全科目満遍なくおさらいしただけの彼女は97点を取った時のことをわたしは思い出した。
彼女はわたしに最後まで志望校を言わなかった。わたしがほとんど連絡を絶って引きこもっていたせいもあるけど。
合格発表の日、わたしは高校のホームページを見て彼女の合格を知って、彼女に電話を掛けた。彼女は合格したよ、って嬉しそうに答えた。
わたしはたくさん泣いた。わたしが挫折した代わりみたいに、彼女が目標を達成してくれたことが嬉しかった。わたしがもう頑張れないなら、彼女に夢を叶えてほしいとわたしは思っていた。
けど、きっとそれだけじゃなかった。わたしは悔しかった。彼女は天才で、わたしは凡人だった。彼女は涼しい顔で合格をつかみ取って、わたしは地に這いつくばって生きることすらやっとだった。
ずっとそばにいたはずだったのに、彼女の存在が遠かった。敵わないってわかっていたから、彼女に嫉妬したわけではない。
けれどわたしは劣等感でいっぱいで、惨めで、どうしようもなく泣いた。


わたしたちは幾度となくくだらない手紙をやり取りしたけど、真面目な話をした記憶はほとんどない。
彼女の受験や大学生活の弱音なんてわたしは聞いたことがない。彼女は自他共に認めるメンタルの強い人だからそもそも悩みがなかったのかもしれないし、わたしに重い話をしたくなくて気を遣ってくれているのかもしれない。もしくは悩んでも自分で解決できるのかもしれないし、分からない。
わたしは彼女に「困ったことがあったらいつでも頼ってね」って言っているけど、彼女が話してくれたことはない。本当になんにも悩んでないことを祈りたい。
わたしも彼女にあまり相談事をしたことはない。うつ病になった時も、大学を休学した時も、進路に悩んだ時も、なにも相談しなかった。
実際いま私は大学を辞めることにしたけど、それも彼女には相談も報告もしていない。
学校を休みがちになった時、彼女は心配のメールをくれたような記憶もあるけど、わたしは決まっていつも大丈夫だよ、心配しないで。と返していた。
わたしも彼女も、お互いのことを何も知らない。

そんな彼女が、わたしの20歳の誕生日に一通の手紙をくれた。そこにはこんなことが書いてあった。
「私は引っ込み思案で、唯一仲が良かった子も転校してしまって、ずっと周りから浮いていた。毎日があんまり楽しくなくて憂鬱だった時、君が話しかけてくれた。君は明るくてみんなと友達になれて、私はそんな君がうらやましかったし仲良くなりたかったから、すごく嬉しかった。そこからは楽しいことがたくさん増えて、毎日幸せだった。私の世界を鮮やかにしてくれてありがとう」と彼女は言った。

彼女の心のうちを聞けたのはそれが初めてだったけれど、確かにその通りだったと思う。
出会ったころの彼女は今よりずっと物静かでひとりで過ごしていて、わたしが話しかけてもほんの少ししかお話してくれなかったけど、一緒にいるうちに少しずつ仲良くなれた。くだらないへんてこりんな妄想遊びばかりしていたわたしに彼女は付き合ってくれた。
確かに彼女はわたしと出会ってから明るくなったと思うし、彼女がそう言うのであれば、わたしは彼女を鮮やかな世界に連れていくきっかけになれたんだと思う。
わたしはそれを誇らしく思った。

幼い頃の彼女にとってはわたしが唯一の友人だったのだと思う。でも、今の彼女にはもちろんわたし以外にも友人がいる。
その一人は高校の友人で、その子は日本で一番といわれる某大学の某学部に現役合格した天才だ。(わたしの出身校は地味に立派な合格実績を出しており、これはでたらめではなく事実である) わかりにくいのでNちゃんと呼ぶか。
Nちゃんが幼馴染の彼女と仲良くなったのがいつかはあまり記憶にないけれど、大学受験をきっかけに仲良くなったんだと思う。帰省する度彼女はNちゃんと会っている。
2人がなにを話しているかはわたしは知らない。わたしはNちゃんと仲が悪いわけでは全くないけれど、特に仲が良いわけでもない。2人が話しているときはわたしは仲間に入ることができない。
2人は実質学年ツートップという感じだったから、2人が話しているときはクラスメイトも一目置いていた。むしろ彼女がなぜわたしなんかと幼馴染でずっと一緒にいたのか、周囲は不思議に思っていただろう。
Nちゃんといるときの彼女は、わたしといる時とは違う彼女なのだろう。2人は天才で、わたしは凡人だから。
幼馴染の彼女は賢いから、同じく頭がいいNちゃんと価値観が合うのだろう。惹かれるものがあるのだろう。それは、わたしは持っていない。

幼馴染の彼女の友達はもうわたし一人ではないし、わたしが彼女の交友関係に口を挟む権利などもちろんない。
束縛はするのもされるのも嫌いだし、依存関係も嫌いだからそんなこと思うはずがない。
思うはずがないし思ってはいけない、そのはずなのに、彼女がNちゃんと仲良くしているのを見るとわたしは複雑な気持ちになる。
あんな手紙をもらった今もなお、それでもまだ変な気持ちになる。認めたくないけれど、嫉妬しているんだと思うし寂しいんだと思う。
あの頃はわたしが彼女にとっての世界で、でも今はそうじゃなくて、彼女にはわたしといる時以外の世界もある。わたしはそれが苦しい。

わたしと彼女は、もっといろいろ話すべきなんだと思う。わたしは彼女に「あなたを心から尊敬しているし大切に思っているよ。悩みでもなんでも話してほしいし力になりたいと思ってる」って伝えてはいるけど、彼女のことは結局なにもわかっていない。
彼女もわたしのことはなにもわかっていない。わたしの挫折、劣等感、屈辱。あなたの合格を聞いた時、喜びの裏ですごくうらやましくて自分が惨めで泣いたこと。あなたが他の子と仲良くしているときにわたしが感じていること。
あなたが他の友達と楽しそうに笑ったり淡々と学生生活を送ったりしている中、わたしが思い通りにならない現実と動かない身体と沈む心にどれだけ苦しんでいるか。全部全部分かってないと思う。
ね、ワーグナー。

ワーグナーがマルクスと海で出会ったとき、ワーグナーはマルクスのことを何も知らなかったはず。ワーグナーは、マルクスが天才で美しくて聡明な人物だと知って声をかけたわけじゃない。
だけどマルクスと親しくなるにつれて尊敬の心や友人を誇らしく思う心が芽生えるとともに、彼の中には独占欲や自惚れが生まれたんだろう。
マルクスにとっては僕が唯一無二の親友だ。僕にとってマルクスは一番大切な存在だし、マルクスにとってもワーグナーが一番大切なはずだという自惚れ。
(わたしが幼馴染に対して抱いているそれに似た感情は自惚れと言って間違いないが、マルクスはワーグナーに懐中時計を贈って永遠を誓っているのでワーグナーのそれは自惚れではなく事実で良いのかもしれないけれど)

ただ、ワーグナーが良くないのはそれだけではないと思う。権力に迎合しやすく他力本願になりがちなワーグナーがマルクスに「凡人の自分が夢を叶える代わりに天才のマルクスが叶えてくれるだろう」と自分の夢を押し付けるようになっていたこと。
マルクスはワーグナーを純粋に友人として大切に思っていたのに対し、ワーグナーはマルクスを「凡人の自分とは違って天才だから大切」とでも言うように、権力欲のような下心も含んでマルクスを親友と呼んでいた可能性もあること。
ワーグナーからマルクスへの好意は純粋とは言い難かったように思うし、マルクスもそれを勘づいていたこと。いろいろ良くない。

表には出さなくとも、もしくは彼はもともと気づいていなかった可能性が高いが、ワーグナーはマルクスに対してきっと劣等感を抱いていたはずだ。
凡人の自分にはできないことを、天才のマルクスは涼しい顔でやってのけてしまう。隣にいるはずなのに、近くて遠い存在。自分とマルクスが釣り合っていないことなんて自分でも分かってる。
尊敬の気持ち、マルクスを誇らしく思う気持ち、それが大きくなるにつれて、マルクスと親しくなるにつれて、ワーグナーの劣等感は水面下でどんどん大きくなっていたんだろう。
それがファウストの登場がきっかけで嫉妬という形になって表出しただけで、ワーグナーはいつか彼の抱える劣等感と、マルクスに対する愛の歪みに気づく時が来ただろうし、いつか向き合わなければならなかった問題なのだと思う。
ファウストの登場はその反応を起こす触媒になっただけで、いつか2人の関係にはどこかで綻びが出る時が来たのだと思う。

マルクスとファウストももっといろいろ話すべきだったし、彼らの奥に眠る感情に気づいて向き合うべきだった。
ワーグナーがマルクスに対して抱いている感情。凡人のワーグナーが抱える、天才にはわからないであろう鬱屈した劣等感。
マルクスも、天才ゆえワーグナーとは分かり合えない部分が実はある、ということをワーグナーに伝えるべきだった。ファウストとは共有できたその想いを、ワーグナーとも分かち合うべきだったと思う。たとえそれが凡人のワーグナーを傷つけることになっても。
そして、それでもワーグナーを大切に思っていること、俺は君が一番大事なんだよってこと、ちゃんと伝えた?
お互い自分が傷つくことを恐れて、相手を傷つけることを恐れて、伝えることを怠ったゆえにすれ違いを生んでしまったんだと思うよ。
幸いわたしと幼馴染の間にはなにも亀裂は入っていないから、今からでもわたしは彼女といろんなことを話して伝え合うべきなのだろう。

かけがえのないものを心に抱いて離さぬように、本当にその通りだと思う。
ファウストラストカンタータって他人の人生のお話じゃないな、と思った話。

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