「絶望の国の幸福な若者たち」を読んで

まず、この本は「日本における現代の若者」について書かれている。

日本に住む20代くらいの若者を古市さんが様々な研究やデータを使って説明している本である。

私がこの本を読んで一番に思ったのは、この本にかいてある「若者」像と自分が似ている!ということだ。

やはり、古市さんの分析は当たっている。これは「私」について、書かれている本なのかな?と思うほど、よく当たっている。

ここからは、本にかかれている古市さんの主張と、若者である私の意見を照らし合わせて書いていきたいと思う。

☆日本の若者は幸せ

これは、当たっている。私はいま幸せだ。本書では、なぜ若者が幸せと感じているかが書かれている。古市さんいわく、人は将来に希望をなくした時、幸せになることができるそうだ。私はこれを読んだとき、なるほど、と思った。私はいま幸せだが、それは色んなことを諦めて、開き直っているからだ。悪い意味ではなく、現状に満足して、これでいいや、と思っているからこそ、幸福なのだ。もし、私に何か強い目的があって頑張っていたら、「いまが幸せ」とは思わないだろう。なぜなら、現状に満足していないからだ。「将来に希望を持っている人が不幸なのだ」という、古市さんの意見は私にとって目からウロコだった。面白い意見だ。

☆仲間がいる小さな世界で日常を送る若者たち

古市さんは、若者が幸せな理由として、これをあげている。

「人は自分の所属している集団を基準に幸せを考えている」なので、世界の問題や、日本の政治がどんな状況になっていようと関係ないのである。自分が属する仲間の世界にいれば幸せでいられるからだ。

本当にそうだと思う。しかし、そのコミュニティは壊れやすいのだ、とも言っている。また、その仲間、と過ごす日々は長く続くと、若者たちに閉鎖感をもたらす、とも。私は長崎大学に通っていたが、そこでの大学生活で、若者ならではの「コミュニティ」を感じた。特に、長崎は田舎なので、遊ぶ場所が少ない。楽しみも都会に比べてあまり無い。よって、友達や仲間と過ごす時間が濃くなっていくのだ。出かける場所も限られているため、仲間とのコミュニケーションを楽しむくらいしかないだろう。例えば、東海オンエア、というYouTuberがいるが、彼らは、仲間ならではの動画を作っていると感じる。愛知県の岡崎市という決して都会とは言えない場所で楽しく暮らすために、工夫している。それが仲間とのコミュニケーションであり、それがつまってる動画は「面白い」のだ。

私は、田舎の若者と、都会の若者は性質が違うと思っている。

まず、田舎の若者は、閉鎖的だ。先ほどいったように、楽しめる場所が、都会に比べて圧倒的に少ない。よって、自然と仲間と集まる時間が長くなる。また、田舎には自分たちのような大学生以外に若い人がいないので、同じメンバーで集まることになる。このようにして、毎日同じひとたちと顔を合わせて、ほかに行くとこもないような日々を送っていると、うんざりする。私は、田舎が嫌いだ。長崎大学でこのような毎日を送っていて、都会ではあまり感じない「仲間感」を感じることはできた。が、それだけだ。都会に行けば、選択肢がたくさんあって自分で好きな「仲間」コミュニティを選ぶことができるし、どこに入るのも抜けるのも自由だ。気軽である。たくさんの娯楽があり、人に構っている暇がないからだ。しかし、田舎となると話は別だ。コミュニティを抜け、1人になると不安に襲われる。1人でも楽しめる場所がたくさんある都会と違って、田舎では毎日顔を合わす人たちと仲良くして、自分で居場所を作らなければいけない。田舎で自分が居心地よく過ごすためには頑張って仲良くすることが大事だ。もしそれをしなかったら、毎日会う同じメンバーの中で1人で過ごさなければならず、居心地の悪い思いをするからだ。そういうことをしていると、仲間以外のものに力を注ぐ時間がなくなる。どちらにせよ、田舎にいるという時点で、都会の若者とは対等ではない。私はもう二度とあの何もない罰ゲームのような田舎に住みたくない。トラウマレベルである。都会には、何でも揃っている。読んで見たい本、音楽、服、雑貨、なんだか分からないけど面白いもの、面白い映画館、イベント、おしゃれなカフェ、レストラン、居酒屋、バー、数え切れないほどある。し、日々増え続けている。私は死ぬまで都会にいたい。そして、あのうんざりするような田舎の日々を早く忘れたい。

☆最後に

現代の若者たちは何かを本気で変えたいという気がない。なぜなら、いま幸せだからだ。それもそのはず、ツイッターやノートで簡単に自分の意見を言えて、その小さな世界で幸せを感じている、それが若者である私たちだ。コンビニ、インターネット、欲しいものはすぐに手に入る。そう考えると、本当に幸せな時代に生きているなあ、と思う。この本を読んで、私という1人の人間は違う視点から見ると、「日本に住む現代の若者」という一つのデータである。このような、見方で自分を見たことが無かったので、客観的に自分のことを知れたが、あんまり気分は良くない。ちょっとバカにされているような気持ちになるからだ。この本では、古市さんが観察者となって、私たち若者を観察し、研究し、分析している。悔しいけど、大体当たっている。私が考えていることなんて、全体からみたら、若者みんなが考えていることである。そんなことを思わされた。

このような上から目線なところが、彼が人から嫌われる原因だろう。しかし、このような嫌われ役も必要なのかもしれない。人々を上から目線で分析する人のおかげで、私たちはより良い方向に進んでいけるのだろう、きっと。こんな変な人がいなければ、みんな自分のために頑張って、日本全体を見る人がいなくなってしまうから。そう思わなければ、勝手に分析されて気分が悪いだけだ。古市さんは東大卒だし、本の中では私の知らない社会問題についても詳しく書かれていた。彼なら、日本を託してもきっと大丈夫だろう。

そして、そんな私たちも、いつか、若者ではなくなる。きっと、私が30代になると、とくに若者に興味を持つこともなく、自分のことで精一杯に生きているのだと思う。



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