小説オタクは死神と出会う
「寿命なんてまやかしだよ」
さくらは窓の外で咲いた、桜の蕾を眺め、寂しそうな瞳でそう言った。
いつも通り『小説の読みすぎ』と言うと
「ふふっ、相変わらず〇〇は夢を見ないね」と笑った。
俺はなにも言い返す事が出来なかった。
――――――――――
とある日のホームルーム。
〇〇:1年間、ありがとうございました
高校1年生の3月、あと1ヶ月が経てば2年生に進級すると言うのに、このタイミングで俺は通っていた高校を辞めた。
〇〇:みんなと話した事やクラスのみんなで行った行事とか……全部忘れません
〇〇:だからみんなも、どうかお元気で
〇〇:本当にありがとうございました
そう言って俺は、ほとんど思い出のないクラスメイト達に頭を下げた。
??:あーあ、黒崎くんが転校しちゃうと、これから私はどうやって授業中の暇つぶしをすればいいのかな?
俺が席に着いた途端、隣の席に座る、不貞腐れたような表情で頬杖をつく少女がそう言った。
〇〇:俺いなくなると遠藤さんぼっちだもんね笑
さくら:待って?聞き捨てならない。私は授業中の暇つぶしの相手がいなくなると言っただけで友達がいなくなるとは言ってないからね?
〇〇:ふふっ、そうだねそうだね〜笑
さくら:ねぇ、絶対適当にあしらってるよね?ねぇ!聞いてんの?!
彼女の名前は遠藤さくら。俺と同じく友達がおらず、俺と読書の好みと話が合う唯一の友達だった。
全く友達のいない俺は、入学してからずっと隣の席だった遠藤さんとは、自然と話す仲になっていた。
〇〇:でも、そう言ってくれて嬉しいな
さくら:君が嬉しくても、私はつまらないよ。残り1ヶ月どころか残り2年間……はぁ……つまんなくなるよ…
少し冷めたような言い方ではあるが、唯一の友達だと思っていた遠藤さんが惜しんでくれるから、悲しい反面、正直嬉しかった。
さくら:それに、この時期に転校なんてねぇ…
〇〇:ま、まぁ……そうだね……
クラスメイトの人達の前では"学校を辞めた"のではなく"親の事情で転校する"と伝えていた。
さくら:ねぇ、黒崎くん。君は今、何か私に嘘ついてる事があるんじゃない?
それはあまりにも突然の発言だった。
〇〇:っ、な、何が……??
さくら:やっぱり転校なんて嘘なんだね。相変わらず君は嘘がつくのが下手だね
さくら:いつも通り癖が出てたよ
そう言うと遠藤さんは俺の手を指差した。正式に言うと胸の前に置いた組んだ両の手の指を。
さくら:どうやら君は知らないみたいだけど、君は嘘をつく時両手を組むんだよ
〇〇:う、うそぉ?!
18年間を過ごしてきた中で一切自覚していなかった自身の癖と共に俺が嘘をついていた事を見抜かれ、俺は割と大きな声で驚いていた。
〇〇:す、すごい……
さくら:小説好きとして私のミステリー小説ばりの推理力に驚きたいのはわかる…
さくら:でもその前に白状なさい。君が私についた嘘を
そう言って、名探偵は自白を迫る。
〇〇:は、はい……
あまりのメンチの鋭さと顔の近さの圧力に負け、今まで誰にも話せなかった自分自身の事を、目の前の彼女に話すことにした。
〇〇:実はね、俺……
……
さくら: 残りあと1ヶ月しかない?
俺は観念し、隠すことなく彼女に全てを話した。
生まれつき身体が弱い事、昔から運動などの激しい運動を制限されていた事、ちょうど1年前に余命宣告を受けていた事、残りの生活は全て入院生活だと言う事。
全てを、包み隠さずに伝えた。
重い話だからか、俺が1人話す中、遠藤さんは大きく目を見開いたまま話を聞いていた。
さくら:なんで君は、そんなに平気そうなの?
簡単に話す俺を見て、遠藤さんはそう言った。
〇〇:どうして…平気そう…か……
正直、自分でも考えた事はなかった。余命宣告を告げられた時は正直驚いたし、まだ死にたくないとも思った。
でも、それ以上に、俺は
〇〇:後悔する事なく生きれたからかな?
〇〇:昔からいつ死ぬかもわからない生活のおかげもあって、一瞬一瞬を大切に生きて来られた
〇〇:こうやって君とも仲良く出来たしね……
自身の腹の中を打ち明けると同時に、場の空気が少し滞ってしまった事に気がついた。
さくら:……
あまりの沈黙に「何か言わなきゃ」と思い、話題を変えようとした時だった。
〇〇:あっ……
さくら:分かった。君の残りの1ヶ月は、私が貰う
遠藤さんは訳のわからない事を言い出した。
〇〇:……え、え?なに?いきなりどうしたの??
さくら:〇〇の残りの1ヶ月間全てを使って、私がそれを小説にする
〇〇:え……いやいや、ちょっと……
突然の宣言と下の名前呼びに少し動揺した。
さくら:さ、明日から早速プロットを考えなきゃ
〇〇:いやいや、どうして急に……そんなこと……?
色々質問したいことはあった。しかしそれら全ての感情を隠し、俺は当たり前である質問をした。
すると彼女は笑顔で答えた。
さくら:そうすれば〇〇は死なない。私と小説、〇〇の好きな物の中で生き続けられる。
さくら:それなら、本当に"後悔"はないでしょ?
〇〇:……
すごく突然で、すごく楽観的で、すごく勝手だった。それでも、俺は彼女に出会えた事を感謝した。
〇〇:ふふっ、あはは!ははは!
さくら:え?何??どうして笑ってんの?
クラスメイト全員の視線と、遠藤さんの冷ややかな視線を集めながら俺は笑っていた。
〇〇:もちろん印税は俺が8割だよね?笑
さくら:は?何言ってんの?!私が書くんだから全部私に決まってるでしょ?!
さくら:〇〇には私から高級焼肉のプレゼントがあるから、食べたかったら売れるまで生きるしかないね笑
〇〇:俺の人生の最後は遠藤さん次第なのか笑
さくら:私が看取ってあげるよ
〇〇:じゃあ君は俺の死神だね
さくら:君の生死は私次第だね
やっぱり遠藤さんには敵わないな。
……
午前10時21分、俺以外誰もいない病室の扉が開く。
さくら:やぁやぁ!〇〇くんよ、調子はどうだい?
陽気な声で扉を開けたさくらは、少し重たそうな鞄とカメラを首にかけ、まるで自分の部屋さのように気軽な感じで入室した。
〇〇:げっ、また来たの?!
さくら:どうせ私以外誰も来ないし、いいでしょ?
さくら:それに、君の1ヶ月間は私が貰ったの。だからちゃんと1ヶ月欠かさず通うから……
少し怒ったような表情で鞄からパソコンを取り出し、さくらはそう言った。
〇〇:ごめん、そうだったね……
入院生活が始まり8日が経過した。
あれからさくらは、平日は学校が終わると病室に現れ、土日に至っては面会の許可時間の10時から21時まで読書や世間話、執筆活動を行い、そばにいてくれた。
本当に色々な話をした。
さくら:〇〇は幼い頃はどんな子だったの?
さくら:もしも病気が治って、外出許可を得たらどこに行きたい?
さくら:私が神様なら、〇〇の病気を治す代わりに厄介な力を与えて世界を終わらせるね笑
さくら:見て、〇〇!新作出てたよ!私先に読むから君は読み終わるまでおあずけね?
1から100までくだらない話をしたり、お互いが自分の事を語ったり、小説の話をしたり。
多くの事を話した。
そして互いをより深く知り、入院生活が始まってからおよそ20日が経過した日。
さくら:〇〇は四季の中で1番どの季節が好き?
本を読む最中、思い出したかのようにさくらはそう訊ねてきた。
〇〇:うーん、難しいなぁ……さくらは??
さくら:私は断然春かな!花見しながら食べるみたらし団子が絶品なの!
〇〇:メインはみたらし団子なんだ笑
〇〇:でも、確かにそうだね。花見しながらみたらし団子か……ありだね……
さくら:……
別に深い意味なんてなかった。ただ、少しだけ望みを口にしただけだった。
さくら:〇〇、今から2人で予定を立てよう
そう言うと、さくらは紙とペンを2本用意し、ベッドの横に椅子を移動させた。
〇〇:予定?残り10日間の?
少しブラックジョークのつもりでそう言ったが、さくらは真剣な目で否定した。
さくら:違うよ。10日後からの予定だよ
〇〇:え……?
さくら:あの日から余命宣告の1ヶ月を過ぎ、それでも君が生きていたら、次は私の1ヶ月を〇〇にあげる
さくら:私は君のしたい事全てを手伝いたい
曇り一つない目で俺を見つめ、さくらは俺の弱々しく成り果てた手を握る。
〇〇:俺の……したい事……?
さくら:そう!〇〇のしたいこと!例えばなんだろう…あっ!春が来たら何かしたいとかある?!
〇〇:春が来たら……えっと、えっと……あっ、それこそ花見しながら団子食べる…とか?
さくら:さっきも話したけど、花見するからにはみたらし団子は必須だからね〜
〇〇:夏が来たら……花火大会に行きたい……
さくら:いいじゃん、私まだ浴衣入るかな?
〇〇:秋が来たら……う〜ん、読書かな?
さくら:今と変わらないじゃん笑
〇〇:冬が来たらスキーしたい!!
さくら:私たち2人ともちゃんと初心者コースからだね
〇〇:他にも!他……にも……俺……
気がつくと、さくらに強く抱きしめられながら、大量の涙をこぼしながら天井を見ていた。
もう起き上がれなくなってから3日が経った。
それなのに、覚悟の決まった俺の心の中は「生きたい」と言う気持ちで溢れかえっていた。
〇〇:さくらの……せいだ……
〇〇:さくらのせいで……俺は死にたくなくなった。まだ死にたくない、君とまだ……うぅっ、生きていたい……
〇〇:まだ……死にたくない……
俺はさくらの腕の中で泣いた。そして何度もわがままを言い続けた。まるで幼い子供のように。
さくら:ごめんね……〇〇……私のせいで……
そう言いながら、さくらは俺の頭を撫で、強く俺のことを抱きしめ、慰めてくれていた。
……
〇〇:ん、んぁ……
窓から差し込む朝の光が眩しく、深い眠りから目を覚ました。
〇〇:眩しっ……てか、すごい寝たな……
目を見開き、時計を確認すると、そこには3月15日と予定の1ヶ月が経った日が表示されていた。
さくら:やっぱり、まやかしだったね
〇〇:さくら?!いたの?!
どうにか動く指で、ベッドのリクライニングを起こそうとした時、さくらは俺の手を握り、リモコンを操作してくれたのだった。
さくら:もちろん、昨日も〇〇が泣いてたから、心配で帰れなくてね?笑
〇〇:あっ、えっと……何のことかな//
10日前、昨日のことを含めここ何日かの事を思い出すと、情けなく、申し訳なく思う。
〇〇:さくら、……本当に、ありがとう……
〇〇:それと、1ヶ月間、おれのそばにいてくれて、ありがとうね、さくら……
〇〇:さくら、俺さ……
さくら:うん…
そう切り出し、俺がさくらに何かを伝えようとしたある瞬間のことだった。
梅澤:はいはい、ラブラブなところ失礼しまーす。点滴の時間だよ〜
そう言って、担当医である梅澤先生が病室内に入ってきたのだった。
〇〇:ちょ、ラブラブなんて……!
さくら:分かってて邪魔するんですか?梅澤先生?笑
梅澤:おぉ、さくらちゃんは〇〇くんと違って堂々としてる!いい子捕まえたね!〇〇くん笑
さくら:〇〇は私が幸せにしますよ
いつの間に2人が仲良くなっていたのかは知らないが、俺を置いて2人は盛り上がっていた。
さくら:丁度いいし、今日は帰るよ
いつもなら夜中までいるさくらは、そそくさとパソコンをしまい帰り支度をする。
〇〇:さくら……明日もまた……会えるよね?
何かが、すごく不安だった。
俺たちの間で交わした約束の1ヶ月は今日だ。そして明日からの1ヶ月は、俺が貰うはずなんだ。
だからまた会える。そう、心の中で分かっていた。
でも、不安だった。
さくら:何?まだ泣き足りないの?笑
〇〇:違うよ!もう充分泣いたよ!!
さくら:なんだ、また抱きしめてあげるのに笑
少しずつ帰る用意を済ませながら、さくらはいつも通り話す。俺はまだ返事を聞いていない。
〇〇:ねぇ、さく…
さくら:じゃあね、〇〇!ちゃんとご飯食べて、無理せず元気にね?
〇〇:……うん
〇〇:また明日ね……
そう言うと、さくらは目を逸らし、梅澤先生に「〇〇の事を頼みますね」と言い残し、病室の扉を開いた。
さくら:〇〇……大好きだよ
さくら:じゃあね
さくらはそう言い残し、俺が何かを言う前にこの場所から走り去ってしまった。
〇〇:自分だけ言い逃げかよ……
……
余命宣告を受けたあの日から、1年と5日が経った。
〇〇:梅澤先生は運命って信じてますか?
さくらが来なくなって、窓から見える中庭に桜が咲き始めた頃、点滴を受けながら俺はそう質問した。
梅澤:う〜ん、どうだろう。信じてるのかな…
梅澤:でも、私は個人的に信じてたいかな
〇〇:それはどうして?
梅澤:だって運命があれば、何があっても最後の最後には、運命の相手と結ばれる……
梅澤:それにきっと…因果だって存在するさ……
梅澤:そんなロマンチックも悪くないじゃない?笑
〇〇:へ〜、意外にロマンチストなんだ笑
梅澤:あ、点滴やめようかな
〇〇:あっ、すみません。二度と煽るような真似しないんで引き続きよろしくお願いします……
梅澤:うん、よろしい
……
さくらが姿を表さなくなり10日が経つ頃、雨が5日間も続くと言う記録的な天候が訪れた。
〇〇:やば!このままだと桜全部散るぞ?!
最近やけに調子の良い俺は、立ち上がる事もでき、窓にへばりつきながら桜を眺めていた。
梅澤:ここの所、雨ばっかりだねぇ
共に窓の前に座り、持ち歩き式の机にお茶を立て、花見をしていた梅澤先生は言った。
〇〇:雨も泣いてるんですかね…
梅澤:なにそのセリフ。小説の読み過ぎ笑
〇〇:え……
自分に向けられたその言葉に、気恥ずかしさと嬉しさ、そして懐かしさを感じていた。
*
さくら:君の1日、私の1ヶ月で買ってあげようか?
〇〇:……は?
難しい内容に俺は頭を悩ませた。
〇〇:えっ?どういうこと…?俺の1日をさくらの1ヶ月で買う…え?
さくら:〇〇は本当に頭が弱いね笑
〇〇:違うよ!さくらが小説の読み過ぎなだけ!!
さくら:それもそうかもね…
さくら:でも、本当にこれが成立するなら、君の1日後の生死は私次第ってことになるね
〇〇:さすが、死神の名は伊達じゃないね笑
さくら:出た……いつも私の事死神死神って、〇〇の中で私に持つ死神イメージはなんなの?
〇〇:さぁ?大きな刀でも降ってるんじゃない?
さくら:もー!真剣に!!
〇〇:んー、真剣だと……人の寿命を…奪って、生きながらえる……とか?
さくら:うわ!ひどい偏見だ
〇〇:さくらがイメージを聞いたくせに笑
〇〇:でも、それならさくらは仏かもね、君のおかげで俺は今も生きてる
〇〇:だから、死神の逆、仏かもね
さくら:……
〇〇:なんだよ、急に黙って
さくら:〇〇……あんた、小説の読み過ぎ……
〇〇:は!?さくらに言われたくない!
さくら:恋愛小説の読みすぎだよ、そんな臭いセリフ笑
〇〇:さくらだってよく小難しい事言ってるじゃん!
さくら:私は君みたいに臭いセリフは言わないよ〜
〇〇:それとこれとはまた話が違う!さくらの場合は本当に訳のわからない……
*
梅澤:……くん?〇〇くん?お〜い?
気がつくと、俺はまた思い出の中にあるさくらの姿を追っていた。
〇〇:あっ、すみません。ちょっと疲れちゃって……
梅澤:そうだね、今日ももう結構お話ししたし、さくらちゃんが次来た時、眠ってたらもったいないしね
梅澤:今日はもう休もっか…
そのまま梅澤先生は卓上にある3色団子のゴミとわざわざ急須に注いでくれたお茶とお茶碗を片付ける。
〇〇:そうします……わざわざありがとうございました
梅澤:いいよ、後は私がやるから君はもう休んでなさい
〇〇:はい……
梅澤:おやすみなさい、〇〇くん
そうして、さくらのいない、俺と梅澤先生の雨の中の花見も閉幕を告げた。
〇〇:ねぇ、さくら……今日は梅澤先生と、2人で団子食べながら花見をしたよ……
〇〇:あいにくの雨だけどね笑
〇〇:さくら……もう夢で会うのは飽きたよ……
俺は無意識のうちにまた、病室の中を見渡し、さくらの姿を探す。
しかし、どこにも彼女はいない。
〇〇:さくら……
……
梅澤:〇〇くん!〇〇くん!聞こえる?!〇〇くん!!
深い眠りの中、梅澤先生が大きな声で俺の名前を呼ぶせいで、中途半端に目が覚めた。
〇〇:あ、れ……先……生……?
何だか今日は、目覚めが悪かった。
梅澤:意識を取り戻した!よかった!でもこのままだとマズイ!早く治療室に運んで!
梅澤:〇〇くん、大丈夫だからね?君はまだまだ生きるんだ!だからしっかり意識をもって!!
カートのような物で運ばれながら、朦朧とする意識の中で梅澤先生は俺を励ました。
〇〇:俺……今、危……ない……んだ……
梅澤:そんな事ないよ……ただ…そう!今はちょっと体調が悪いだけだから!だから!だから……大…丈夫だよ…
少し自信が無さそうに梅澤先生は言った。
〇〇:あ、りがとう…ね、先生……
そのひと言を言うと同時に、俺の目に映る色めいた世界は、真っ暗な闇に移り変わった。
……
〇〇:あ……いま……何日……?
次に目が覚めると、そこはまたいつも通りの真っ白な天井が見える病室だった。
梅澤:あっ、〇〇くん!よかった!よかった……本当によかった!やっと……目を……
目覚めて早々、梅澤先生は涙を流しながら俺の手を強く握りしめた。
どうやら俺は、意識不明の重体に陥っていたらしい。
余命宣告を受けた予定日より、17日目。俺は3日間と言う貴重な時間を睡眠により浪費していたらしい。
〇〇:はは……だいぶ……心配、かけちゃっ…たね……
呼吸器や様々な器具が体についているからか、それとも死が近いからなのか、体の機能全てが低下しているのが手に取るように理解できた。
〇〇:くっ……うぅ、うぐっ、うぅ……
最後の力を使い、体を起こす。
梅澤:まだ動いちゃダメだよ!〇〇くん!
〇〇:ハァハァ……最後まで……ハァハァ……心配…かけてごめん…なさい……
息切れしながら、何とか言葉を紡ぐ。
〇〇:先生……覚えてる……?
梅澤:〇〇くん……休んでないと……
〇〇:今!……今じゃないと……間に合わない……
梅澤:〇〇くん……
〇〇:俺の……余命が決まった時……梅澤先生が……してくれた……約束……
梅澤:うん、"お願い"の事でしょ?
〇〇:はは……流石……先生だね。約束通り……お、覚えて……たんだね……
〇〇:あの願い……今……叶えてもらっても……いい?
〇〇:多分、今……じゃないと……後悔…する……
〇〇:今じゃないと……きっと、きっとさくらは……本当に1人で…行っちゃう……
〇〇:だから……先生……"お願い"します……
〇〇:俺を……俺の"時間"を使って……
最初は俺の無茶を止めようとしていてくれたが、俺の思いが伝わったのか、梅澤先生は涙を流しながら俺の話を何も言わずに聞いてくれていた。
梅澤:〇〇くん、本当にいいの?
梅澤:きっと私の力を使えば、彼女にもう一度会う事は出来ると思う……
梅澤:でもそれは、彼女の想いを……行動を…
梅澤:君とさくらちゃんの命を……
やっぱり梅澤先生は良い人だ。全ての現実を俺に告げ、彼女の気持ちさえも尊重してくれた。
それでも、やっぱり、俺は、
〇〇:さくらに……会いたいんだ……
〇〇:だから先生……お願い……
梅澤:……うん、分かった……
流れ落ちる涙を無理やり拭き取り、梅澤先生は笑った。
梅澤:〇〇くん!1年間治療お疲れ様!よく頑張った!
梅澤:私じゃ、君を助けることはできなかったけど、君との1年間で私は……私……
梅澤:大切な事を理解できたよ!
梅澤:1年前……君に出会えてよかった!君の担当になれて……本当に良かったよ!
〇〇:俺の……方こそだよ……
〇〇:梅澤先生で良かった。梅澤先生に……出会えて、俺は……本当に……幸せだったなぁ……
梅澤:また会えたら、いっぱいお話ししようね……
そう言って、俺を抱きしめていた梅澤先生は、俺から離れ、祈るように両手を合わせた。
梅澤:じゃあね、〇〇くん、さようなら……
〇〇:先生……さようなら、元気でね……
そして俺は、予定の寿命よりも17日間も余分に生き、淡い光に包まれ、この世を去った。
……
目が覚めると、そこはいつもの病院だった。
〇〇:あれ?また病院?ま、まぁ……思い出の場所っていったらここになるか笑
つい先程まで、全く動かなかった体は、嘘のように軽やかに動く。歩き出す事も容易だった。
少しずつ歩き、ベッドの横にある椅子に腰掛け、布団を捲ると、そこには彼女の姿があった。
〇〇:やっと会えたね、さくら……
さくら:ど、どうしてぇ…どうして……〇〇が…ここに?
大きな目から大粒の涙が溢れ出しながら、さくらは俺の目を見てそう言った。
〇〇:そんなの決まってるでしょ、あの日の約束を果たすために…ここに来たんだよ…
さくら:なによ……それぇ……
さくらの泣き顔を見るのは、初めてだった。いつも俺の前では笑顔で過ごしていた彼女の泣き顔は、ひどくボロボロですごく新鮮だった。
〇〇:もー、さくら泣きすぎだよ笑
さくら:〇〇だっで泣いでんじゃん〜
そう言われ、俺自信初めて気づいた。正直、今この時間が今世紀1番、涙が出るほど嬉しいことに。
〇〇:ははは、本当だ笑
〇〇:会えて良かったよ、さくら
さくら:私も!会いたかった!!〇〇!!
言葉を交わし、2人は強く抱きしめあった。何十年、何百年分の涙を流しながら。
長い沈黙を纏うも、先に質問をしたのはさくらだった。
さくら:どうやって、ここに来たの?
〇〇:さくらと同じ事をしたんだよ
さくら:それってまさか…
〇〇:うん、俺も、俺の寿命を使って君の寿命とこの空間を買ったんだ
さくら:……
きっとさくらの中にも多くの葛藤はあっただろう。自身を犠牲にしてまで俺に時間をくれた。それを俺は無下にしてしまった。
でも、君を裏切ってでも、君に逢いたかった。
〇〇:さくらには申し訳ない事をしたと思う、それでも、この選択に後悔はないよ
〇〇:君にもう1度、会えたんだから…
さくら:……
さくら:ふふ、言うようになったね〇〇
〇〇:さくらに1ヶ月間鍛えられたからね笑
さくら:あっ、そうだ!よく1ヶ月以上生きたね。私から何か〇〇にご褒美でもあげるよ
〇〇:いやいや、あれはさくらのおかげだよ
さくら:いいからいいから!!〇〇はどの季節が好き?
〇〇:う〜ん、俺はやっぱり、春が好きかな
さくら:その理由は?
〇〇:大切な人と出会い、過ごしてたから。今年と去年の春は俺が生まれた意味だと…思うくらいに…
さくら:ふふっ、私とおんなじだね。じゃあ!その願い叶えてあげましょう!
自慢げに微笑みながら、さくらは祈りを捧げた。
〇〇:でも、その力を使えば、、
さくら:大丈夫だよ、〇〇と私、私達2人ならどこに行っても怖くないよ
俺は心の底から笑っていた。
〇〇:あー!さくらにはやっぱり敵わないや!恋をしたのが君でよかった!
さくら:今更気づいたの?本当にバカな男だね笑
いつも1人で笑っていた俺に、もう1人、隣で笑ってくれる人が出来た。
さくら:〇〇の願いを教えて?
〇〇:君と2人で桜を見たい
さくら:承った。ちゃんと見ていてね?
〇〇:うん、ずっと見てるよ
さくら:さらっと告白すんな!ふふっ……
さくらの手は祈るような形になり手の中には小さな光の玉があった。
そしてその光を束ねた手を、空に向かい、掲げた。次第にその光は大きくなり俺たち2人を覆った後、弾けた。
さくら:〇〇、見て……すごいでしょ?
〇〇:すげぇ……綺麗……
眩い光に慣れ、視界に景色が映る。するとそこには何日も降り続いた雨は止み、あたり一面に桜の咲いた木が広がっていた。
〇〇:すごい!全部桜だ!綺麗!!
辺り一面と言わず、この大地一体が桜の咲く、木で覆われていた。
さくら:〇〇、君の願いは、叶ったかな?
〇〇:うん、叶ったよ!
さくら:そっか…
俺とさくらは噛み締めるように、満開の桜を見ては、繋いだ手を強く握り締めあった。
さくら:もうそろそろ行かなきゃね
別れの瞬間は、突然訪れる。
〇〇:まださくらとここにいたかったなぁ
さくら:そうだね、このまま、私達2人の世界が永遠に続くといいのにね
名残惜しい俺達は、この眩く淡い、幸福に満ちた世界の中で、最後の我儘を語る。
〇〇:さくら、行こっか
さくら:うん、行こう、〇〇
俺達は強く手を握り合った。
さくら:来世も、私達出会えるといいね。ちなみにだけど、私は生まれ変わってでも君を探すよ
〇〇:ふふっ、さくらは小説を読みすぎだよ
さくら:最後くらい夢を見たいものなの。はぁ、相変わらず〇〇は夢を見ないね
今度は、今なら言える
〇〇:さくらといることが俺の夢だから、これ以上の夢なんていらないよ
〇〇:さくら、ずっとそばにいてね
そうして俺達は、同じ歩幅で光の先へと歩き出した。
さくら:ふっ、小説の読みすぎだよ
……
医師の仕事にも慣れ、職歴3年目を迎える頃、私は繁忙期を乗り越え、ダウンしていた。
梅澤:あ〜……やっぱり医師ってしんどい〜……
仕事を終え、帰宅するとお風呂とご飯を済まし、眠っては早起きをする。そんな無限ループを乗り越え、3年目が経ち、明日から1週間の有給天国へと漕ぎ着けた。
梅澤:今から……天国!
今からやる事を想像すると、私の顔は自然とニヤケ始めていた。
梅澤:溜まったドラマにアニメ、映画。あ、あのゲームと漫画も買っただけでプレイしてないし読んでない!
梅澤:そういや!あのラーメン屋も行ってない!
梅澤:すること大量にあるじゃん笑
梅澤:でも、その前にしなきゃいけない事があるよね…
そう言って、私は使い古した部屋着を脱ぎ、外行用の服を纏い、とある封筒を持ち、目的地へと向かう。
……
梅澤:懐かしいな……この部屋も……
夜中の2時、私は1年目の時、初めて担当をした患者さんが使っていた病室に訪れた。
明日、ここに新たな患者さんが来る。
だから私は、ベッドとその横にある椅子を開け、2人を正面から見れる場所に椅子を置き、腰を下ろす。
梅澤:2人とも遅くなってごめんね、読ませてもらうね
梅澤:〇〇くん、さくらちゃん…
さくら:あ〜…読まれちゃうんだ!恥ずかし!
ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた少女は、恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら言った。
〇〇:書いたのさくらだけど、なんか俺も緊張する!!
ベッドに座った少年もそう言って笑う。
私の目の前にいる、淡く、消えかかりそうな私の幻想…いや私の大好きな2人は笑った。
美波:あっはは、きっと2人は、どこかで今もこうしてるんだろうね…
開いた窓から靡く風が夜の桜を揺らし、月夜が私達のいる病室を照らす。
そして封筒の中の本を取り出し、最初のページを捲る。
美波:君達らしいタイトルだね…
『小説オタクは、死神と出会う』
…fin
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