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ショートショート『荒地の花壇』

 佐久に呼ばれて体育館裏手にある通称「荒地の花壇」にいったのは昼休みがはじまっての頃だった。

 荒地の花壇には黄色や赤の花々が咲いていたが、その周辺のレンガは歪み、地面が凸凹している。体育館の壁にはツタが絡まり、むき出しのコンクリートのうえを大きなクモがつかつか歩いていた。
「ごめん、待った」
 佐久がやってきた。彼は中学に入ってすぐに仲良くなった。その仲は三年の今でも続いている。足と手が長くてモデルのような体型をしている佐久は、学校中の女子から追い掛け回されている。

 人気者の彼といると私は少し鼻高々になる。だけどいっしょにいるところを見られると「あんたキモち悪いんだから彼と一緒にいないで」なんていわれるので学校で彼と話があるときは「荒地の花壇」で待ち合わせている。

「どうした」
 荒地の花壇に腰を掛けながら空を見上げた。ここは箱庭みたいにぽっかりと四角く空が切り取れる場所で、私はここから見る雲の流れが好きだ。
「好きな人ができたんだ」
「え?」
 彼の口から異性の話ができたのはこれがはじめてだった。
「だれだれ? 同じクラス?」
 彼が首を振る。
「違う学校の人。じゅ……塾で仲良くなってね。相手をデートに誘いたいんだけど。俺、そういうのはじめてで……どうしたらいいのかなと思ってさ」


 じゃあいっしょに考えよう! ということで週末、彼と横浜みなとみらいにいくことになった。横浜のデートスポットで写真を撮って、あとでデートプランを考えることになったのだ。でも事前準備ゼロの私たち。どこがデートスポットかさっぱり分からない。


 ぷらぷら歩いていたらスーパーオートバック前にきていた。
「おっ! かっこいい車がたくさん停まってる、都内ってさあ、こういう車あまりいないじゃん」
 車高が低い車、やけに出っ歯な車、頭に翼がついたような車。個性豊かな車のなかに、目を引く一団があった。十台ほどRX7が並んで停まっている。黄色とシルバーが人気のようだが、それぞれが個性的だった。
「かっこいいよなあ。この車に父さん乗ってたんだ。……でもこれが原因でうちの親、離婚した」
「車離婚?」
「そう……7(セブン)離婚」
 佐久の両親は去年、別々の人生を選択した。今は母親とふたりで小さなアパートで暮らしている。
「助手席に乗るの好きだったんだ。心臓持っていかれるみたいな加速するんだぞ! 峠をくいくい登ってって、タイヤ鳴らしながらまがっていくんだ。対向車がきたらアウト。俺、何度も死にそうになった」
と笑った。佐久の父親は暇を見つけては峠を攻めに出ていたらしく、その助手席に乗せてもらうのが大好きだったらしい。危険な行為だが、親子の絆のようなものを感じていたのかもしれない。だが金を自分の趣味にばかりつぎ込む父親にしびれを切らした母親は出ていくことを決意した。
「車のこと嫌いになりそうだけど、ならないんだ」
「7(セブン)に罪はないっしょ」
というと一台いちだい、車を見だした。
「こんなデートしたら、あなたのかわい子ちゃんに振られますよ」
 佐久はいっこうに車から離れようとはしないので、私は入り口に向かって歩いていく。すると中年の男たちがぞろぞろ出てきて、RX7に向かって歩きだした。


「ちょっと! 早くもどってきなよ!」
 佐久はかがんで足回りをみているようで、どこにいるかさえわからない。
 太っ腹男が佐久に気づき話しかけた。怒られるかと思ったが、男はそり気味で車自慢をはじめたようだ。
「佐久!」
 呼んだが佐久は気づかない。他の中年男たちは自分の車に戻っていった。だが一人だけ、車に戻ろうとしない男がいた。
「あ……」
 佐久の父親だ。
 逢ったことはないが、すぐにピンときた。佐久も男に気づき小さく頭をさげた。男は幽霊ではないか確かめるみたいに、佐久の肩をさわっていく。彼は照れたような顔を浮かべているが拒否することはなかった。
 すこしすると端に停めていた黄色のRX7から長髪の若造りな男が顔をだした。
「いきますよ!」
 佐久の父親が左手をあげる。佐久は「じゃあ」と言ったのか、足をこちらに向けた。佐久の父親が隣に停まっていたRX7に向けて、顎を動かした。
 イッショニイコウ。
 佐久は一瞬、私の方を振り返えり、そして拒否をした。男は私の存在に気づき、こちらに強い視線を向けた。だが私に向かって被っていた帽子をとり腰を折ったのだった。
 うちの息子をよろしくお願いします。というみたいに。
 私は驚いて何度もなんども頭をさげていた。
 気づくと目の前で佐久がわらっていた。
 乾いた空気の中、十台分の爆音があがった。一番奥の車に続き、次々とRX7がパーキングから出ていく。そのまま有料道路へむかうようだ。空気を砕くように鳴る爆音は、力強くそれでいてなんだかとてもエロティックだ。
「ついて行かなくてよかったの」
 佐久はうなずいた。
「賭けに勝ったんだ」
「は?」
「今日、もしここで父さんに逢えたらちゃんと言おうって決めてたんだ」
「どういうこと?」
 彼は歩きだした。私もそれに続く。
「父さんがよく見ていた車のサイトに、今日、ここで集まるって載ってたから……ここに来たんだ」
「はあ? じゃあデートプランってのは?」
「……ごめん」
 べつにいいけど。楽しかったし。と言いかけて慌ててたちどまる。前を歩いていた彼が急にとまったのだ。
「赤はとまるって幼稚園の時、言われなかったか」
「ごもっとも!」
 ふたりはわらった。
 すこしばかりこばわっていた彼の笑顔がほどけていくのが嬉しかった。
「もし父さんに逢えたら言おうって決めてたんだ」
「いえたの?」
 信号が青になった。でも彼は動こうとはしない。
「君が好きだ。付き合ってほしい。もしOKなら僕のほうに歩いてきて。もしダメなら反対に……」
 そういうと彼は青信号を渡ろうと走り出す。

「ちょっと待ってよ!」
彼の服をつかむ。
「置いてくのなしだよ、横浜なんて未知だし」
「じゃあ俺とつきあうか?」
 佐久が私の腕をつかんだ。
「でも塾でいっしょにかわい子ちゃんは」
「あれ嘘だし。そもそも塾なんて行ってねえし」
「でも私、佐久みたいにモテないし、みんなにキモチ悪いって言われてるし。私なんかと歩いてたら佐久もいじめられるよ」

 我ながら何を言っているのだろうと思ったけれど、次から次へとそんな言葉がふつふつと沸いてくる。なのに彼は笑っていた。
「いいんだよ。父さんだって気に入ってたじゃん」
 そういうと佐久は、私の頭をポンっと触った。
「で、答えは?」
 うれしさのあまり言葉が思うように生まれなくて、とっさに彼の服をぎゅっと、つかんだのだった。

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