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黒缶のモンスター

息子が一階から、黒い缶を持ってきた。

モンスターというエナジードリンクだ。

私は同シリーズのみかん味がするドリンクを、時々飲んでいた。それを知っていた息子が、わざわざ一階から持ってきてくれたのだ。

一階には、父と母がいる。テニスやゴルフが好きな父と、ミスタードーナツで友人とわいわいやるのが好きだった母が、黄金色の大きな犬と暮らしているのだ。

エナジードリンクはゴルフ好きな父が孫に渡したものだった。そのことを娘にいうと

「きっとお母さんにくれたんだよ」

という。

多分ちがう。父は私がモンスターを飲んでいることを知らない。知らないから、モンスターは私宛てのプレゼントではないはずだ。孫への贈り物。父は孫に弱いので、いろいろ買ってくれるのだ。ふだんから。

だから機会をみて「モンスターなんて子どもにあげないで」と注意しなきゃ、と思った。だってモンスターを飲むと眠気がおさまるから、小学生の息子には強すぎる。

同時に、腹筋が割れていた若かったころの父を思い出し、せつなくなった。

すっかり白髪頭となった父。目が悪いから普通のジュースとエナジードリンクの差も分からなくなってしまったのかしら、と。心のなかでつぶやき、打ち消す。

年齢は、どうしたって追ってくる。いくら走っても、それは多分だれにも訪れることで、しあわせの象徴でもあるんだ。

だって訪れないならば、死ぬしかないのだから。今の科学では。

父がしたことは、些細なことで、大した問題ではない。

その日、私はテレビを観ていた。インフルエンザが流行っているので、予防対策を啓発する番組だ。その中で、食事からインフルエンザ予防ができるという話題に突入していて、色のついた画面が出ては消えて目まぐるしく画面が切り替わり、情報が流れていった。

ある情報が耳に引っ掛かった。「インフル予防にいい食材は、高麗人参と……」

私は、黒い缶のあるキッチンに走った。

エナジードリンクにはしっかりと「高麗人参」と記されている。

父は目が悪いわけではなかった。ちゃんと見えていたし、孫がインフルにかかっては大変だと心配して、わざわざ買ってきてくれていたのだ。高麗人参の入ったエナジードリンクを。そうだ確かに「これを飲むと風邪をひかないんだって」と息子が言っていたっけ。

正直、モンスターは仕事で飲む以外、そんなに興味をひく飲み物ではなかった。でも「高麗人参」と書かれた黒い缶を眺めていると、なんとなくやさしい気持ちになれる。

あんた、やるじゃんモンスター。

黒い缶にほほえんだ。



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