見出し画像

「安心立命」という悟り

レイキの創設者の臼井氏は、「安心立命」という悟りの境地を得るために修業を重ねてきました。
しかし、それでも得ることができず、禅の師匠から「死んでみなさい」と言われるがままに、鞍馬山で無期限の断食修業に入ったとされています。
そしてその悟りを得た時、ある意味で偶発的に得たのがレイキでした。

これまで、その経緯から、レイキを普及されようとした理由まで、私なりに推し量りながら書いてきました。
最後に、臼井氏が当初、どうしても得たいと思われていた「安心立命」の境地について考えてみたいと思います。

画像1

安心立命とは

辞書でこの意味や成り立ちを調べてみると、微妙に違いがありました。少し、引用してみましょう。

まずはブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説で、「あんじんりゅうみょう」が正しい読み方だとしています。

「あんしんりつめい」とも読む。安心は仏教用語,立命は儒教の用語。すべてを絶対のものにまかせて,心が動揺しないこと。

次は大辞林 第三版の解説です。主な読み方は「あんじんりゅうみょう」としていますが、「あんじんりつめい」 「あんしんりつめい」 「あんじんりゅうめい」とも読むとあります。

信仰によって心を安らかに保ち、どんなことにも心を乱されないこと。初め儒学の語であったが、のちに主として禅宗の語として使われ、その後、広く使われるようになった。

最後は日本大百科全書(ニッポニカ)の解説で、読み方は「あんしんりつめい」です。

安心は仏教語で、安らぎを得、落ち着いた穏やかな心に達した究極の境地をいい、ニルバーナnirvana(涅槃(ねはん))と称した。立命は、儒教の『孟子(もうし)』のことばの転用で、天命による本性をまっとうすること。人力を尽くして仏道を実践し、わが身を仏法にゆだね、なにものにも心を揺るがされない安定した心のあり方をいう。「あんじんりゅうみょう」とも読み、安身立命とも書く。[石川力山]

読み方はいろいろありますが、元々は儒教の立命という言葉があり、そこに仏教の安心という言葉をつけ加えて作られた、という成り立ちのようですね。

意味はいずれも、天命を受け入れ、そのように生きようとすることで、揺らがない心でいる、ということのようです。

天命を知る

儒教では、天命を知るということが言われています。
これは年齢を表す言葉にもなっていますが、孔子の「吾、十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る・・・」という言葉です。
「知命(ちめい)」とも言いますが、50歳のことを表します。

画像2

これは、孔子が自分はこうだったという話の中で出てくるのですが、これをもとに、50歳になったら自分の使命が明確になっているようでなければ一人前ではない、というような意味で使われるようになっています。
そういうこともあって、「使命を知ることが重要だ」という考え方が広まっていて、「使命探し」とか「自分探し」みたいなことが行われているようです。

たしかに、「自分の生き方はこれだ!」という明確なものがあれば、何があってもブレることなく生きられるでしょう。
野球のイチロー氏やサッカーの本田圭佑氏などは、子どものころからすでに自分の生き方を明確にしていて、ブレずに大人になったような人だと思います。

私も、そういう人たちのことを羨ましいと思いました。
自分には何が向いているのか、どういう生き方をすればいいのか、悩んだ時期があるからです。

自分の使命がわからないため、ただブラブラと無為に人生を送ってしまうことがあります。
本当に自分が打ち込めるものとまだ出会えていないから、本気が出せないのだと感じるのです。

しかし、白駒妃登美さんは、それは本来の日本人の生き方ではないと言います。
本来の日本人は、目の前のことを一所懸命に行うことで、天命に導かれるような生き方をすると言うのです。
白駒さんの「幸せの神様に愛される生き方」から少し引用しましょう。

「日本人が歴史に刻んできたのは、「天命追求型」の生き方と言えるのではないでしょうか。
 「今、ここ」に全力投球をして最善を尽くした時に、道が開ける。こうして天命に運ばれていく生き方が、日本人の生き方の一つの特徴だと思います。」(p.29)

最初から天命がわかっていて、そこに没頭する生き方ではなく、天命がよくわからないけど、目の前のことに全力を尽くす生き方です。
そして、つい「自分探し」に時間を使ってしまう若者に対して、次のように語っています。

「若者たちは、よく「自分探し」と称して、海外を放浪したり、アルバイトや仕事を転々と変えたりするけど、「君たちに必要なのは「自分探し」ではなくて「お手本探し」だよ。自分というのは、「今、ここ」にしか存在しないのだから、旅に出たり、仕事や環境を変えたところで、自分が見つかるわけではないよ。それよりも、こうなりたいと思えるようなお手本を持てれば、目標とするその人が、人生の岐路に立たされた時に、あなたを導いてくれるよ」と。」(p.208 - 209)

「自分探し」や「使命探し」をしてしまうのは、「不安」が根底にあるからです。
意味のないことに力を注いでも、それではダメなんじゃないかと思っている。だから不安で、力を注げないのです。

白駒さんは、この本の中で、手本となる身近な存在としてバリ島の大富豪、兄貴こと丸尾敏孝さんを紹介しています。

「兄貴のもとを訪れる日本人に、私は声を大にして伝えたいです。「みんな兄貴にやり方を訊きに来るけれど、大切なのは、”やり方”よりも”あり方”。私たちは、兄貴の真心をこそ見習うべきです」と。」(p.181)

ただ、もしそういう生き方をしている人物が身近にいなければ、歴史の中に求めよとも言われています。
そして、自らがそういう生き方を示して、後の若者たちの手本となれと言われるのです。

画像3

臼井氏が「安心立命」の悟りを得たかったのも、「自分探し」をする若者と同じようなことではないかと思います。

ただ、その求め方は尋常ではありませんでした。
求めてそれを得なければ生きている意味がない。そこまでの固い決意を持っておられたのです。

臼井氏の悟りのことを、現代レイキの土井氏は、「癒しの現代霊気法」の中で次のように説明しています。

「そして、いろいろと研鑽を重ねられた結果、「人生の究極の目的は、安心立命を得ることにある」という結論に到達されました。安心立命は辞書に「天命を知って心を安んじ、物ごとにこだわらないこと」とあり、天命とは「人の力ではどうにもならない運命」と解説してあります。すなわち、「人間として精一杯努力することは必要であるけれども、その後の、人の力でどうにもならないことについては天に任せて、一切思い煩うことのない安らかな心境を獲得する」ということで、これが臼井先生の第一の悟り(最初の悟り)といわれているものです。」(p.44)

幸せの青い鳥

メーテルリンクの童話劇「青い鳥」があります。
チルチルとミチルという兄妹が、幸せの青い鳥を探して、あちこちをさまよう物語です。
結論はご存知だと思いますが、やっとのことで家にたどり着いたら、そこに青い鳥がいたというものです。

画像4

この物語は、とても重要なことを示唆しています。
つまり、自分の外に何かを求めている限り、それは得られないということです。
なぜなら、その求めるものは最初から自分の内にあるからです。

「神との対話」でも、私たちはすでに知っていると言っていましたね。
なぜなら、私たちの本質は全知全能の神ですからね。
ただ、そのことを忘れて、この相対的な世界に来ています。
ですから、答えは自分の内側にあるのです。それを思い出しさえすればよいのです。

では、自分にとって重要なことを「思いだす」には、どうすればよいのでしょうか?
「神との対話」ではこう言っています。

「まず、静かにすることだ。外の世界を静かにさせて、内側の世界が見えてくるようにしなさい。この内側を見る力、洞察力こそあなたが求めるものだが、外部の現実に心をわずらわせていては決して得られない。」(p.65)

座禅もそうですが、瞑想もそうなのでしょう。内観も良さそうです。
あるいは、ただぼーっとしているのもいいかもしれません。それは、上手にレイキができている状態です。

臼井氏は、鞍馬山で断食をしながら、おそらく座禅を組んでいたと思われます。
その中で、内なる智恵と出合ったのではないでしょうか。

安心していればいい

私は2007年に、不思議な体験をしました。
いつものように早朝に出勤しました。
社員がまだほとんど出社していないオフィスにいたら、ふと、「安心していればいいのだ」という思いが全身を包んだのです。

以前から、理屈の上ではわかっていることでした。
なぜなら、私たちの本質が神であるなら、何もまずいことにはなり得ないからです。
しかし、そうはわかっていても、信じきれていなかったのです。

画像5

しかしその時、突然、それが腑に落ちたような気がしました。
「なんだ、そうじゃないか。何も心配要らないんだ。」
そう思えた時、なぜか涙があふれてきました。

「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり」という言葉があります。
まさに、そういう心境でした。

これが、臼井氏が得た悟りと同じだなんて偉そうなことは言いません。
事実それ以降、そんな体験の感覚を忘れ、不安になることが多々ありますから。
けれども、けっきょくそこへ行き着くのではないか、という確信は持てるようになりました。

今の私が思うには、「安心立命」の境地とは、何があろうとも導かれているから大丈夫だと知って、いま、ここにおいて、自分らしく生きようとすることです。
ただ安心していればいい。その状態で、自分の内から湧き上がってくるやりたいことを、楽しんでやればいいのだと思うのです。


すべて無料で公開しています。多くの人にレイキのことを知っていただき、役立てていただきたいからです。 もし内容を気に入られて、本1冊分以上の価値があると思われましたら、ぜひサポートしてくださいね。よろしくお願いします! 心を込めて書いていますので、とても励みになります。