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中華そば、単品ライス

あ、やってる。
ドキドキしながら見上げた看板、オレンジ色の灯りが営業中だと知らせている。

いくらでもウェブで下調べができる時代、営業日も調べずに足を運んだのかと呆れられそうだが、しかしここは油断できない店なのだ。臨時休業がとても多い。
店の前に張り紙があればいいほうで、たいてい無言でシャッターが下りている。さりとてラーメン屋に予約もできず、電話で確認するのも気が引けて、毎度こうして気を揉んでいる。

からら、と引き戸を開けると先客はいなかった。まっすぐ券売機に向かい、おめあては中華そば、そしてライス。
食券をカウンターにお願いすると、即座に麺を茹でるタイマー音。卓上のセルフのお冷で喉を潤すうちに、手際よく並べられたお盆の小皿に生卵。
サービスだから文句もないけど、たまにお願いしないとつけてくれない時がある。でも、なくっちゃ始まらない大事な大事なアイテムだ。

お先です、と登場したどんぶりを、慌てて立ち上がってお盆ごと手前に下ろす。
相変わらず、驚くほど茶色い。中華そば、と名乗っているものの、いわゆる澄んだ醤油スープの中華そばとは似てもつかぬ徳島ラーメン。見た目通り茶系と言うらしい。どろっと濃厚なスープ、チャーシューではなく甘辛く煮付けた豚バラスライスがこんもり盛られ、メンマ、ネギ、もやしはスタンダードかな。白いご飯もすぐ渡されて、さあこれで役者が勢揃い。

まず、スープから。どろりとした重たいスープは細かい粒子が浮いて、沈めたレンゲで白い対流が沸き起こる。ず、と啜るとあ、味が濃い……!!しょっぱい、とはまた違う。塩分濃度に負けないくらい、うま味濃度が押し寄せる。家系に引けを劣らぬ主張の強さ、でもどこか懐かしい味わい。ほとんど湯気の上がらないのは乳化したスープがたっぷり熱を蓄え閉じ込めるから。茹でもやしをかき分けて、ついでにちょっとスープに沈め、奥から麺を引っ張り出す。中細麺の黄色いストレート麺、まとわりついたスープごと、ずばばっ。

パツンと歯切れのいい麺はやや硬め。印象は博多ラーメンの麺に似ているが、濃厚なスープに負けない強さは徳島ラーメンならではだろう。ぐいぐい噛んで、追いかけてスープをずるり。ねとっと唇が貼りつく感触、ついぺろりと舌なめずり。
口の中いっぱいの濃厚な味に負けないように、白いご飯をわしっと頬張る。とたん鼻を抜ける豚骨の香り、はっと平静を取り戻す。これだけガツンと豚骨なのに、臭みはほとんど感じない。いままでいかにどっぷり濃い味に使っていたかを思い知り、そしてしみじみうまさが際立つ。

お次は豚バラスライスをそのまま。ショウガが効いて、これは間違いなく麺よりご飯、と白いご飯がわしわし進む。ラーメンにはちょっと、と最初食べたとき思ったが、これをつなぐのが生卵。
コンコン、カウンターの縁に打ち付けて、ご飯のくぼみに割り入れる。ラーメンに入れたこともあったけど、スープがぬるくなってしまって好みじゃなかった。それに、徳島ラーメンでの本領発揮は卵かけご飯だと信じている。ざっくり、あくまでざっくり荒く混ぜ、白いご飯も残した黄金比に整えて、満を持して豚バラスライスをトッピング。一度スープを絡ませさらにパワーを増して、牛しぐれくらい濃い味付けだが、まろやかな卵は愛想良く優しく受け止める。あぁ、どことなくすき焼っぽい。肉にスープに卵が絡む。とろとろ、ぎゅぎゅっ。これだけでどんぶりいっぱい食べられる。

しかし悠長にもしていられない。灼熱を秘めたスープによって麺は着々と伸びていく。かくなる上は、右手で麺をたぐって啜り上げ、すかさず左手のご飯を口に含む。ずるるるっ、はむっ、…もくもく。食欲全開、食べ盛りのようなやんちゃスタイルがここでの正しい作法だろう。パツン、プツンと麺の硬質な歯応え、もっちりふわりとご飯の舌触り。
はぁっ、しかしこのお店は白いご飯がちゃんと美味しいところもポイントが高い。ラーメン屋のライスはぱさぱさなことが多いから余計に嬉しい。店としても飯のおかず需要を踏まえている。

かっ。麺をすっかり食べ終えて、数㎝だけ残ったスープ。空腹はすっかり落ち着いて、心地良い充実感と満腹感があるばかり。しかし舌に残る濃厚さに、残してしまうのも名残惜しく、ふと卓上の調味入れに目を向けた。ほんのひと欠片、生ニンニクを溶いてみる。
くぅ。啜った瞬間パンチのある香りと辛み。ジャンクさが増し後引く味覚、お試しで一口、と思ったのに気づけばごくりと干していた。ざらりとどんぶりに残るうま味の余韻。

にんにく効果かぽかぽか汗ばむ体、冷えた水が染み渡る。
はぁあ、美味しかったご馳走さまでした。また、この一杯のために来よう。