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スパゲッティナポリタン

食いしん坊の反射神経というものがある。

「大盛無料ですがどうしますか?200、300、400gまで選べます」
「300で」
小銭入れにお釣りを流し入れながら、気もそぞろにしっかり大盛を頼んでしまった。声を耳が拾ってからあっと思ったが後の祭り。店員さんがでっかく食券にメモするのをただ目で追った。むやみに大盛にする癖を直さねばと決意したばかりなのに。


13時を回った頃ようやく食べに行くことができ、さて何にするかとウキウキしながら駅前商店街に繰り出した。肉バルのプレートランチ、蕎麦、担々麺、中華、カレー、いっそ焼肉と奢ってしまおうか。すきっ腹にどれも魅力的だけど、体はガツンと炭水化物を欲していた。しかし照り付ける初夏の、いや真夏の日差しに体の芯が溶解していくようで、熱いものは敬遠したい。いや、いっそ激辛ラーメンで全身汗みずくと言う手もあるか。幸い、どこもピークは過ぎて待ち時間は少なさそうだ。


決めかねてT字路に突き当たり、右か左へ曲がろうとしたとき、ふと角の立て看板に目が吸い寄せられた。
“人気NO.1 オムハヤシ“
ふわふわ黄色いオムレツにとろっと茶色のデミグラスソース。洋食屋さんのソースってなんであんなに美味しいんだろう。じわ、とよだれも湧いてきて、よし、今日のランチは君に決めた。

からん、とドアを押せば間取りは狭く、目の前に二階へ続く急な階段。斜め右には厨房とぐるりカウンター。食券どうぞ、と促されて右手をむけば、写真付きのPOPが躍る白い食券機が唸っていた。
壁の黒板にも人気NO.1とあるオムハヤシ…いや待て、この合いがけってなんだ。ほうほう、カレーとハヤシソース?おっ期間限定でジェノベーゼ、いいねぇバジルはいかにも夏の爽やかさ。
オムハヤシに誘われたくせ、ぽちりとボタンを押したのはナポリタンorミートソース。オレンジがかった赤く甘いソースのイメージがしきりに誘惑してきたのに負けた。

二階席の窓際に席をとり、周囲の客を観察する。一階席はほぼ満席で、二階席も半分の入り。注文はオムハヤシとナポリタンを合わせて6割くらいじゃなかろうか。セルフの水は冷えて美味しく、喉の渇きを自覚した。きゅる、と腹の虫も主張する。

「どうぞ、セットのオニオンスープとナポリタンです」
水をお替りしてすぐくらい、待つともなく運ばれてきた銀色の皿。オニオンスープは嬉しい誤算だった。白い陶器に口をつけてまず一口。熱く香ばしい液体が食道を滑り落ちるにつれて、体が態勢を整えていくのがわかる。
赤いソースをしっかりまとい、オレンジ色に染めあがったナポリタンはかなりの太麺だ。斜め切りのウィンナーが結構ごろごろ入っていて、あとは角切りのトマトと細切りのピーマンが控えめに彩っている。300g、にしてはそこまで威圧的なビジュアルでもなく、400gでも良かったかも、と食べる前から欲張りな感想をいだくほど。
いただきます。そう独り言ちて、麺の裾野にそっとフォークを差し込んだ。

スパゲッティの醍醐味はくるくる巻き付ける仕草にあると思う。
くるくるくる。巻き残しが出ないよう、かつ一口サイズにおさまるよう。麺は太い分重たくて、一瞬スプーンの補助を検討したが、いやここはフォーク一本で頑張っていただこう。くるくるくる、ぐい、くるん。少し端が巻き付きそびれたけれど咎める人もいない。
あぐ。ソースの熱さが舌を焼き、あふ、と少し口をすぼめて空気を吸い込んだ。あふ、あふ。噛み締めた麺はもっちりと柔らかく、しかし伸びているというわけではなく弾力でもって歯を跳ね返す。もちもち、むちむち。口の中をみっしり埋め尽くすソースはケチャップとトマトの甘味、麺の柔らかさと相まってまったりした味わい。噛みながらもう次の一口を巻きつける。もみゅもむ、ぎゅむっ。ぐいと飲みこんで、すかさず、あぐり。麺に巻き付かれて連行されたウィンナーがプツンと皮を弾けさせた。肉汁の塩気とうまみで味がしまる。

そう言えば。きょろ、と卓上を見渡して、タバスコと粉チーズを聞くとこちらもセルフ、水のサーバーの上だった。立ち上がって掴みととり、たぷとぷとタバスコを振りかける。くるくるくる。だんだん一口分が大きくなっていく。こんもりと鞠のように大きな一口をどうにか押し込むと、ぴりっと辛みが変化をつけた。唇についたソースをナプキンで抑えつつ、もぐもぐ顎を動かしていく。もちっ、むちっ。不意にしゃき、と異なる食感、数ミリ程度のピーマンが意外な仕事を発揮する。しゃき、かりっ。苦味はほとんど全く感じられず、食感のアクセントを添えている。

ぱさぱさっ。お馴染みの緑の缶を慎重に振りかける。ときどき中で固まっていて、ばさっと降りかかった日にはその料理は大量の粉チーズによる粉チーズ味になる。白雪が舞うようなささやかな量に調整し、赤と白のコントラストに感心しながらまたフォークを回転させる。くるくる、かっ。山盛りだったスパゲッティは半分を切り皿の底が見え、フォークに巻きつけやすくなってきた。はぐり。強すぎない粉チーズはコクを与え、角切りトマトを一欠けら、掬い上げ口にぽいと放り込む。果実の爽やかさがチーズの重たいコクを軽やかに引き上げる。

くるくるくる。最後の一口を丁寧に丁寧に巻き取って、端がぴょんと飛び出ているところから迎え入れた。もむもむもむ、ごくん。胃袋はみっしりスパゲッティに満たされて、400gにしなくて良かった、と大きく息を吐きだした。カタンとフォークを皿に伏せ、半分残っていたオニオンスープのマグを持ち上げる。ぬるくなったスープをすっかり干すと、一層舌がピリピリすることを自覚した。タバスコに痺れているのだ。

あぁ、美味しかった。ご馳走さまでした。

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なつ

「おいしい、はたのしい」を発信するライター。

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