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作品紹介『となりのセカイ』

研究所のメンバーが筏で航海に出かけたときに、海の中で見た景色を描いた作品です。


『となりのセカイ』

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研究所の書斎にて。──スロリ先生

「……いずれにせよ、このノーチラス諸島には、我々の想像を遥かに超える謎が数多く潜んでいるということだ。

引き続き調査を行うこととしよう。

調査地:ノーチラス諸島デボニアン島西側沿岸(xx° xx’ xx”N, xx° xx’ xx”E)
記述日時:xxxx年xx月xx日 午後10時43分
記録者:スロリ」


──ペンを置くと、あんなに騒がしかったドアの向こうが、いつの間にか静まり返っているのに気がついた。


探索から帰り研究所に到着するや否や、トロポコ君とウォンバ君は興奮冷めやらぬ様子で、それぞれが拾ってきた収集物を自慢しあっていた。

私は、話し込む二人を玄関ホールに残して隣の書斎にこもり、調査結果を記録し始めたのだった。


「ずいぶん遅くなってしまったな」

時計を見ると、机に向かい始めてから1時間近く経過していた。

しかし、先程と変わらず、ドアの隙間からは暖かい光が漏れている。

不思議に思い耳をすませたが、やはり話し声は聞こえてこない。

二人はもう寝室に行ってしまったのだろう。

「まったく、明かりはちゃんと消しなさいとあれほど…」

凝り固まった腰を伸ばしながら椅子から立ち上がり、ドアノブに爪をかけたとき、今度は耳に入ってくる音があった。


窓の外から聞こえる虫の音に混じった、かすかな呼吸音。


ドアを開け玄関ホールに入ると、トロポコ君とウォンバ君の影が、折り重なるように寄り添っているのが見えた。

近寄ってみると、小さな二人は、自慢の収集品に囲まれながら、幸せそうに寝息を立てている。

今日の思い出を語り合っているうちに、眠ってしまったのだろう。
無理もない。

今日の調査は、長年研究を続けている私にとっても、大冒険だった。

若い二人にとっては、私よりもずっと、驚きと感動の連続だったに違いない。

きっと彼らはこの先の人生で、今日の冒険を、何度も夢に見ることになるのだろう。


二人に掛けてやろうと毛布を取りに行って戻ったとき、トロポコ君の手元に、小さな一冊のノートが転がっているのを見つけた。

彼女がいつも大切にカバンに入れて持ち歩き、何かを発見すると仰々しく取り出して、熱心にメモしているノートだ。

彼女に悪いとは思ったが、毛布をかけながら開かれているページを何気なく覗いてみた。


玄関ホールにて。──トロポコの日記

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「xx月xx日、晴れ


今日はトクベツな日だ。


さいしょにイカダをつくりはじめた日から、20回くらい太ようがのぼってしずんだ。

みんなで力を合わせて、のこぎりで木を切って、草をより合わせてなわを作って、大きな帆をチクチクぬって…

そして今日、トロポコたちのイカダが、ついに完成したのだ!!

名前はもう決めてあった。

いだいなる海の探検家、キャプテン・クックにちなんで、クック号だ。


トロポコ探検隊クック号は、早速大海原へ出発した。

天気が良くて海もおだやかだったから、トロポコが「とおくの島まで行ってみたい!」って言ったら、「それならノーチラスしょ島のいちばん北にある島の近くまで行ってみようか」ってスロリ先生も許してくれて、デボニアン島という島に行くことになった。


島に近づくと、急に風のにおいがかわった。

海のようすもどこかちがっていて、まるでトロポコたちが住む島とはちがう時間がながれているみたいだった。

空がいつもより青いような気がして、クック号のはしっこに立って足元をのぞいてみたら、クック号のうら側にも、いつもより青いセカイがあった。


しばらくそうしてクック号のうら側のセカイをのぞいていたら、なんと!
とんでもなくでっかい魚が、怖いかおをして何かを追いかけているのを発見したのだ!!!

追いかけられていたのはサソリみたいな形をしていたんだけど、そのあたまらへんに、ハブラシをもった魚が2ひきいた。

気のせいかなと思ってよく見たけど、たしかにハブラシをもっていた。
あの魚たちはお掃除屋さんなのかな?

すぐにスロリ先生に聞いてみると、ダンクル…ナントカとか、プテリゴ…ナントカとか言っていたけど、ハブラシのお掃除屋さんのことはわからないと言っていた。


スロリ先生でもわからないだなんて、トロポコはとんでもない大発見をしたのだ!!

ここには、わからないことがたくさんある!!

わからないことを調べることは、なんて楽しいことなんだろう!!

トロポコはわくわくがとまらないのである!!」


玄関ホールにて。──スロリ先生


──手記はここで終わっている。

ついこの間文字の書き方を教えたばかりなのに、彼女は立派に調査記録をまとめてあげている。


そして彼女の隣で眠るウォンバ君も、手には何かが描かれた紙を大切そうに握りしめている。

サメのような生き物が、大きな口を開けて、エビのような生き物を追いかけている絵だ。

今日見た光景を必死に思い出しながら、絵にして記録したのだろう。


トロポコ君の今日の手記は、彼女がこれから経験するであろう数々の冒険の記録とともに、世界中の人々に語り継がれ、愛される冒険物語となるかもしれない。

きっとその本の挿絵を描けるのは、ウォンバ君しかいないだろう。


「ふたりとも、いつの間にか頼もしくなったな」


小さな二人の冒険家は、自慢の収集品に囲まれながら、幸せそうに寝息を立てていた。

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今回のお話はこれで終わりです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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