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お仕事メイキング「マンガでわかるシスチノーシス」

ノーチのしっぽ研究所の¥0sukeです。
お久しぶりの更新となってしまいました。

今回は、マンガを描くお仕事の制作過程を綴った記事です。


経緯

某日。
国立国際医療研究センター研究所のO先生より、一通のメールをいただきました。

(件名)希少疾患のシスチノーシスの解説マンガ制作の件

近年、患者さん自身がその病気を理解して一緒に治療方法を考えていく「インフォームド・コンセント」が一般的になっており、昔のように、医者の言ったことは絶対、という時代ではなくなりました。

希少疾患のシスチノーシスについても同様で、診療ガイドラインを作っているのですが、一般の方に読んでもらっても理解が難しい内容になっています。

病気や治療方法について、患者さんやご家族の理解を手助けする方法として、マンガが使えるのではないかと考えました。

O先生からのメール文概要(抜粋・改変済)

以前、Twitter(現X)経由で獣医師の先生にご依頼いただき、実験動物について4ページの解説マンガを制作しました。

その獣医師の先生から学会を通じてO先生にご紹介いただき、今回のご依頼に繋がったという経緯でした。

(実験動物の解説マンガは以下の記事からお読みいただけます)

国立機関監修のもと、サイエンスコミュニケーションのためのマンガを制作させていただけるなんて、本当に光栄なご機会です。

つくづく、たくさんの方のご縁のありがたさを感じます…

情報整理

「シスチノーシス」という病名は、ご依頼頂いた時点では全くの初耳でした。

知識ゼロの状態からスタートして、果たしてみんなにわかりやすい解説マンガを描き上げられるんだろうか…。

一抹の不安がよぎりましたが、知識不足はこれから勉強してカバーするしかありません。
O先生に様々な参考資料を共有していただき、シスチノーシスのおぼろげな輪郭が掴めてきました。

  • 現在(2023年時点)国内で十数例しか報告がない希少疾患

  • 遺伝病で難病に指定されている

  • 細胞内のライソゾームにシスチンという物質が溜まることが原因で、全身の様々な器官で症状が出る

  • 代表的な症状は、羞明(まぶしさ)や腎臓の機能低下など

  • 内服薬と点眼薬による治療が行われる

参考資料:

幸い大学の授業でライソゾーム病(リソソーム病ともいう)については聞いたことがあったので、なんとなくこの病気のことが想像できました。しかし、それは僕が偶然、細胞生物学を通ってきた人間だったからこそ。

そもそも国内の症例が少ないため一般認知度はほぼゼロで、さらに病気の原因が細胞レベル。患者さんに理解してもらうのが難しいわけです。

これは手強そうだ…。

何度かのやり取りのあと、O先生とオンライン会議でお話する機会をいただけることになりました。

初回打合せでは、O先生にスライドを画面共有しながらお話いただき、病気について改めてご説明いただきました。

スライドは、実際の現場で患者さんに説明する際に使うもので、すでに十分に咀嚼されている内容でした。
しかし先生曰く、患者の皆さんはピンときていないご様子とのこと。
大学の講義のように一方的に情報を与えられても、患者さんにとっては自分事して実感がわかないのが原因なのでは、と推測されていました。

打合せメモの一部

お話を伺いながら僕からもいろいろ質問していき、マンガに盛り込みたい情報を整理していきました。

【扱う主テーマ】
・病気の原因と治療についての概要説明
・点眼薬の使用方法

【構成】
医師が患者に解説するストーリー仕立て。
患者さんからいただいたエピソードを盛り込み、できるだけやさしい内容にしたい。
有志の方が運用されているホームページ「シスチノーシス患者と家族の会」のロゴをマスコットキャラを出演させたい。

【マンガの使用目的】
・冊子として印刷し、患者さんと家族への説明用に配布
・周知を目的としたWEB上での無料公開

これらの打合せ結果を持ち帰って、早速真っ白なキャンバスとにらめっこです。

印刷仕様

今回のマンガ制作では、印刷して冊子の形でも納品する予定なので、あらかじめデータの作り方やページ数も考慮します。

理想の状態で印刷するためには、いくつか気をつけなければいけない点があります。

まず、部数とページ数。
製本方法によってもまちまちですが、大抵の冊子は冊子は紙を折って綴じ込むため、総ページ数は4か8の倍数にするのが一般的です。
発行部数が少なければオンデマンド印刷、多ければオフセット印刷になり、データの作り方が変わります。

次に、塗り足しとトンボ。
印刷機は紙のキワキワまで印刷できないため、大きめの紙に印刷してから裁断する必要があります。
裁断位置のガイドとなるトリムマーク(=トンボ)を入れたデータを作ります。

この他にも、いわゆる”完全データ”を作るためには、解像度や書き出し形式等、数え切れない程の関門があります。

今回の場合、情報のボリュームと発行部数的に、オンデマンド印刷の中綴じ製本(※1)になるかな〜、作画コスト的に基本モノクロになるけどオンデマンドならカラーページ入ってても刷れるな〜(※2)、中綴じならページ数は4の倍数じゃないといけない(※3)から、1話10ページ+表紙4ページで計24ページかな〜、という感じで、データの作り方を先に決めておきました。

(※1)中綴じ製本:用紙を二つ折りにして重ね、折り線部分でホチキスどめするタイプの簡易的な製本方法

(※2)版画のように版を作ってから大量に刷るオフセット印刷に対し、オンデマンド印刷はプリンターのようにデジタルデータから直で出す印刷で、小ロッド数に適す。カラーで版を作るとCMYKの4色分お金がかかるが、オンデマンドならその心配がない。

(※3)中綴じ製本だと1枚の紙で4ページできるので、データを4の倍数にしないと余計な白ページが入ってしまう。

プロット・設定

キャラクターや舞台設定を決め、載せたい情報を取捨選択し、順番を入れ替えたり組み合わせたりしてストーリーを成立させます。

マンガで扱いたいテーマは①病気の説明、②目薬の点眼方法の2つ。
それぞれ独立したお話として読めるように2話構成にします。

続いて登場人物。
「患者と家族の会」のライオンのマスコットキャラを登場させたいとのご要望があったので、登場人物は①シスチノーシス患者、②患者の家族、③担当医師、④案内役キャラの4人をベースに考えます。

キャラ設定のアイディアスケッチ

患者と家族の会のマスコットキャラは、シスチノーシスの原因遺伝子が17番染色体にあり、「NO.17」の天地をひっくり返すと「LI.ON」になることから、ライオンの姿にデザインされたそうです。
名前がなかったので、ライオンと17(いな)の語呂合わせで「らいなおん」と名付けたところ、そのまま採用となりました。

同様に、他のキャラの名前も単純な語呂合わせで付けています。
医師の名前は「シスチノーシス」から取って「すちの」先生、患者の名前は治療薬の有効物質「システアミン」から取って「あみ」です。

キャラクターのデザインは数パターン考え、後にできたストーリー展開に合う見た目のものを採用しています。

らいなおんは、患者と家族の会のマスコットをベースにブラッシュアップ。ゲームでいうチュートリアルキャラのように、ふわふわと浮かびながら主人公に気まぐれでアドバイスしてくれるイメージで作りました。

すちの先生は「優しいけれど言っていることが説明的でわからない先生」というイメージで、温和な表情や困り顔が似合うキャラクターになりました。

一方であみちゃんは、患者さんの気持ちを臆せず代弁してくれるキャラクターを目指して、病気に戸惑いながらも強がってしまう思春期の女の子というイメージにしています。
そんな娘を気にかけるあみちゃんの母親は、本人の辛さを完全に理解してあげられないもどかしさを感じつつも、理解しようと積極的に行動する優しさをみせる家族の象徴として登場させることにしました。

ネーム

ネームとはマンガの下書きみたいなものです。

ここからはiPadを使って作業していきます。
アプリはProcreateです。
先程決めたプロットに沿って、ページ単位でストーリーの初めと終わりコマ割りとページ割りを決めていきます。

第1話のネーム1,2ページ

思いついた順にどんどん描いていきたいので、セリフもコマも手書きです。
いちいちテキストや図形を書くためのツールを起動していると、もたついているうちにアイディアが死んでいくのが恐ろしいので、書き殴ったものをツギハギして作る形式を取っています。

解説マンガ全般に言えることですが、語り手の説明+スライドを貼り付けただけのような、単調なシーンが続かないように気をつけます。

一方的な解説を並べるだけなら、マンガにする意味がありません。

冒頭の3コマは、あえて説明的な進行にしています。
いくらマンガと言えど、ずっとこんな調子では頭に入ってきませんよね…

読者の沸き起こる疑問をキャラクターに代弁させたり、少し飲み込みにくい部分は噛み砕いて説明し直したりと、テンポの良い会話劇で展開し、読みやすくできるのがマンガの強みの1つです。

読者の疑問をキャラが代弁
直感的に理解が難しい部分は説明し直す

他にも、コマ割りやページ展開、絵の粗密などを駆使して、読みにくい内容を少しでも読みやすくできるよう、工夫を凝らします。

こういうギャグの緩急も鉄板だけど効果的

ネームチェック

ネームができあがったら、早速先方にチェックしていただきます。
今回はO先生をはじめとする国際医療研究センター研究所の先生の他に、臨床経験豊富な病院の先生にもご監修いただき、患者さんのご意見も織り交ぜながらの制作となりました。

なんて贅沢な監修体制!

病気や点眼薬の使用方法の説明は適切か、誤解を招く表現はないか、患者さん達の実感とかけ離れていないか。
眼科医、腎臓内科医、研究者など、様々な専門分野からの視点でチェックいただき、ブラッシュアップしていきました。

清書

赤字で修正指示をいただき、修正後のOKが出たら、いよいよ清書です。

清書作業もiPadで行います。

マンガ制作はCLIP STUDIO PAINTなどの専門ソフトを使う方も多いですが、手に馴染んでいるお絵描き用ソフトのProcreateを使用しました。

iPadなら移動時間や待ち時間にもサッと取り出してペン入れできるので、大抵お仕事の絵はiPadでほぼ完結させています。

お絵描きソフトよりもデザインソフト(Adobe Illustrator)の方が小回りがきくので、文字入れ作業はノートパソコンでやっています。

B5とA4サイズで印刷すること前提で作成したのですが、スマホサイズの画像になると文字が小さいですね…

ページ数の制約もあるので難しい問題ですが、解説マンガはどうしても1ページあたりの文字量が多くなりがちなので、コマ割りにもっと余裕を持たせたかったなと反省です…。

(マンガのジャンルにもよりますが)一般的なコミック本は大体、A5サイズ1ページに5コマくらいで、吹き出しの中に入るテキストも2,3行以内のものが多いです。
それよりコマ数や文字が増えると、活字に慣れていない方は結構読むのに疲れると思います。

字体はよくマンガで使われるフリーフォント「新コミック体」を使用しています。
仮名が明朝系、漢字がゴシック系になっていて、比較的文字が小さくても可読性が高いです。
コミック体は使うだけで一気にマンガらしさが出るフォントですが、シスチノーシスの患者さんは視力が落ちている方もいらっしゃるようなので、UD(ユニバーサルフォント)や教科書体にした方がよかったかな…とも思っています。
この反省は次回以降に活かします。

本文ページの中で、このコマだけカラー印刷にしています。
写真を使って羞明の見え方を説明するコマなので、モノクロだと伝わりづらくなると考えたからです。

写真加工にはAdobe Photoshopを使いました。
写真自体は秋葉原駅前を撮影したフリー写真ですが、ビル壁の広告は著作物なのでぼかしを入れています。

シスチノーシスによる羞明は、角膜に溜まった結晶が光を乱反射して眩しく感じるものです。

単に視界全体が明るくなるだけでなく、視界を覆うスクリーン自体が発光しているようなイメージで補正しています。

実際の患者さんの視界を体験することはできないので、患者さんや先生方のご意見を伺いながら、非当事者にも伝わるような画像になるよう調整を重ねました。

データ完成、印刷

何度かの校正を経て、いよいよ完成です。

その後も著作権関連の表示を入れたり、印刷用データを作って印刷所に入稿したりと細かな作業が続きますが、ここでは割愛。

刷り上がりはこんな感じです。
簡易製本の小冊子ですが、表紙は厚手の紙にしたので、手に取ると「本」だぁ〜となりました。

写真右がA5サイズ、左がB5サイズ

毎度のことですが、刷り上がった冊子を手にしてようやく、これを本当に自分が全て作ったのか…と達成感が湧いてきます。
作っている時はがむしゃらなので何とも思いませんが、努力が実態化すると、仕事をした実感が遅れてやってくるようです。

出来栄えはぜひ完成した漫画をチェックしていただきたいので、この記事はお気に入りのコマだけ貼って終えるとします。
あみちゃん可愛く描けました。

マンガ全文は以下の記事でお読みいただけます。
周知を目的としたマンガなので、積極的にシェアしていただけると嬉しいです。

それではまた!

(2023.10.14追記)
「シスチノーシス患者と家族の会」ホームページにて、漫画の全文を公開していただきました。

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