【作品紹介】肖像画の記憶
――遠い時代の遠い国、とある司令官は綴る。
yyyy年mm月dd日、遠洋調査チームから報告があった。
¥¥¥洋の###海域で、未発見の“うずまき状”諸島を確認したという。
###海域と言えば、特殊な海底地形と海流により、近付く帆船は軒並み沈没船と化すことで悪名高い。
ひとたび海域に入れば、どんなに頑丈な船も、コルク栓の抜けたワイン樽内に浮かぶ虫の如く、なすすべもなく吸い込まれるとの噂である。
¥¥¥洋を渡る新米の船乗りたちは、はじめに「コルクには触るな」という心得を教わるらしい。これは新米が許可なくワインを口にするなという意味の他に、###海域に近づくことの危険さも説いた言葉でもある。
###海域の中心は、陸地から最も遠く、海流も予測不能であるため、「地球上で最も人間がいない場所」のひとつとされる。
(訳者注: 似たような場所だと南半球の到達不能極「ポイント・ネモ」が有名だが、###海域が現代における地球上のどこにあたるのかは不明)
気流も不安定であり上空からの調査も困難を極め、長らく人類文明のブラックボックスであった。
そんな前人未踏の海域の中心に、“うずまき状の”諸島があった。
最西端の島に上陸した調査チームは、巨大な帆船らしき建造物を発見した。しかも内部は大掛かりな改築が施されていた。
何者かが、それもかなりの数の者が生活していた痕跡だっだ。中には実験室や書庫らしき部屋もあり、何らかの研究施設であったことが伺えた。
発見した調査員たちは、まず世紀の大発見に舞い上がり、次に落胆したという。
人類未踏の地を初めて踏んだ英雄になるぞと胸を高鳴らせていたが、待ち受けていたのは明らかな生活の痕跡だった。
我々が知らなかっただけで、随分昔から、ここは何の変哲も無い有人島だったのか。
しかし近づいてみると、違和感に気がついた。
生活の痕跡が、小さいのだ。
机、椅子、書棚、ドア…大抵の家具が、通常サイズの半分くらいしかない。
(訳者注: この後建造物内についての描写が30ページ程続くが、本筋と無関係のため割愛する)
不可解な点は枚挙に暇がないが、一際目を引く物が発見されたので、ここに紹介しよう。
調査チームが帆船型建造物の一室に入ると、壁に大きな額らしきものが掛けられていた。布で覆われ、大切に保護されているようだった。
それは肖像画だった。
服を着た動物が3枚、人間の男性が1枚。
男性の肖像画はほか3枚に比べて古い時代に描かれたことがわかっている。
それぞれについて詳しく見ていく。
見よ、探検家は還った
キャプションには、肖像画の裏に刻まれていた文章の一部が引用されている。
描かれているのは南米のジャングルに生息する鳥、ヒムネオオハシ。刻まれた文が描かれている内容と対応していると仮定すると、「1羽の探検家」「彼女」とあることから、「トロポコ」はメスのヒムネオオハシ自身を指す名と推測される。
トロポコという名のメスのヒムネオオハシが、世界を旅することを夢見ていた。おとぎ話の類か何かだろうか。
いや、人類に踏み荒らされていないはずの島で、高度な文明の痕跡が見つかったこと自体、おとぎ話そのものだ。
もしかしたら、本当にこの島に「トロポコ」という夢見る鳥の女の子が暮らしていたのかもしれぬ。この絵を描いた画家も動物だったかもしれぬ。
そんな馬鹿げた想像を巡らせてしまう魔力が、この島にはある。
しがない研究者は語る
2枚目の肖像画には、白衣を着たナマケモノが描かれていた。顔の模様や前脚等の特徴から察するに、ミユビナマケモノの一種であろう。本を片手に標本を作り、不思議な笑みを浮かべている。
私は、この微笑みに見覚えがある。
幼い頃、父が生き物の名前を教えてくれた時の笑顔だ。父は博物学者だった。
無邪気な子供らしさと、真理を見抜く鋭さが共存した眼差し。
同じ微笑みを湛えるこのナマケモノも、生粋の学者だった。裏に刻まれた文章も、優しく説き聞かせるような口調だ。
彼が携える本の表紙には『on the origin of species』の公用語表記。
発見場所の帆船型建造物にあった書庫にも、同タイトルの書物が見つかったという。
蔵書の中には多様な言語や文字で書かれた物も含まれていた。この島の住民は、ほぼ間違いなく我々の世界の公用語を理解し、場合によっては複数使い分け、独自の文字を有する高度な知恵を持っていた。
カワイイの求道者は猫を被る
こちらは野生動物と言うよりは、飼い慣らされた猫という印象の肖像画だ。
馴染みある猫種で言うと、ノルウェージャンフォレストキャットによく似ている。
絵のタイトルの「wears cats」という部分は誤訳であり、本来は「本性を隠しておとなしそうな振りをする」という意味を表す。遠い時代、遠い国の成句だ。
「proud」と「dust-hating」の部分も、その言語の同音異義語【Hokori】に掛けた表現であると推測される。
孤独な肖像画の記憶
最後の1枚は最も不可解だ。
人間が描かれているのだ。
この事実は、この島の”人類未踏神話”を根底から覆しかねない、動かぬ証拠が出たことを示唆する。
(尤も、文明の痕跡が見つかった時点で何者かが既に生活していたことが明らかだが、その”何者”は人間以外の可能性も捨てきれないのだ。そして私は何故か、そちら可能性に大いに期待している。)
記述文も他3枚の肖像画と異なる。
明らかに客観的な記録文だからだ。
「かつてこの船の書斎だったと思われる部屋に遺されていた」ということは、記述者より前にも、この建造物に誰かがいたことになる。
他3枚と比べて古い時代に描かれたらしいという鑑定結果とも一致する。
今回記した内容は、あくまで私個人が感じた印象と憶測の域を出ないため、記述内容の取扱には充分注意されたい。
しかし、4枚の肖像画の学術的価値は計り知れないことは自明であり、今回の発見は一連の調査継続の必要性をより強固にした。
この高揚を語り尽くすには、紙面がいくらあっても足りぬ。
いよいよ面白くなってきたではないか。
W. Randlov, Research records for the SPIRAL Wonder Islands "Nautilus". The journal of Nautilus Islands, vol.178, 135-190, yyyy.
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