記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

(連載)『ドードーをめぐる堂々めぐり』を読んでドードーを描く③(終)

前回までの記事

今回は、ドードーの絵を描きあげるまでの話がメインです。

コラム:ドードーについて今分かっていること

第1章の終わりに、出版年の2021年時点でのドードー情報がまとめられていた。

ざっくり言うと、わからないことだらけらしい。

科学的な研究がなされる前に絶滅してしまったため、現存する標本も少なく、知名度の割にはわかっていることが驚く程に少ない。

言われてみれば、そりゃそうだ。
モーリシャス島に遺るドードーの生きた証は日に日に風化していく。
島のリゾート開発等で、亜化石の発掘地も減っていく。
時が経つほどに、ドードーの実在は遠くなっていく。
剥製のひとつやふたつくらい残っていると思っていたが、300年という時の長さはそう甘いものではなかった。

あるのは、曖昧な証言の記録、伝聞をもとに描かれた想像図、複数個体の骨の組合せでかろうじて作られた骨格標本…
あまりの情報の少なさに、「絶滅してしまっている」という現実の重さを実感した。

世界各国の博物館で展示されている模型や剥製も、絵画を参考に他の鳥の羽等でそれらしくしつらえたもの。
本書を読む前にこれらの写真を見て、ホンモノだと思っていたので、ちょっとショックだった。しかしどれもよく考えられて作られたものなので、ドードーの大きさや雰囲気を知るのに大変ありがたい展示であることには変わりない。

オクスフォード大学博物館に展示されている骨格標本と模型

いいニュースもないわけではない。

時と共に証拠が減っていく一方で、様々な努力と技術の進歩により、わかってきたことも増えつつあるらしい。

遺伝子工学・データサイエンス的な努力により、ドードーの全ゲノムが解読された。
分子系統学的な努力により、鳩の仲間であることが分かった。現生の生き物では、美しい羽をもつカラフルな鳩、ミノバトが最も近縁であることがわかった。
骨組織学的な努力から、1年の生活サイクルが明らかになった。
骨の放射性同位体解析から、主に植物食であることがわかった。
博物館等の徹底した管理により、300年前の標本が数々の災害を乗り越えて現代まで残された。
資料保存的な努力により、些細なメモ書きすら世紀を跨いで保存された。
それらが歴史学的な努力によって発見され、出島にドードーが来ていた事がわかった。

さらには、著者の飽くなき知的好奇心と地道な努力で、ドードーに関する膨大な情報が日本語でまとめられ、国内各所の書店に並んだ。

そして僕のところにやってきた。
僕は本を読んですっかり感化され、ドードーの絵を描くことができた。

奇跡のようなめぐり合わせだ。
言ってしまえば全ての事象において歴史は存在するので、いちいち取り上げて感動することでもなかったかもしれない。

しかし、「そんくらいのこと」の積み重ねで、いち絶滅動物にまつわる魅力あふれる物語が生じ、僕の人生と交差したことが、とても嬉しかった。

いざドードーを描く

本書はこの後も第2章、3章と続き、たいへんなスペクタクルを楽しませてくれるのだが、この記事内で取り上げるのは第1章までにしておく。

ここから面白くなるところだが、長くなりすぎるのも良くないし、あまりネタバレしすぎて本書を読む機会が減ることは避けたい。

僕の書いた感想文は本書の魅力のほんの一部であるので、この記事を読んで興味を持った方はぜひ、書店やネットで本書を探して読んでみてください。

さて、ようやく本記事の本題に入ろう。

本書を読み始めたのは、ドードーの復元画を描くためだった。
途中、脱線して「物語の中のドードー」を描いたが、あれは偏見だらけのキャラクターだった。

今度は「野生動物としてのドードー」を描いてみたい。
本書を読んで、ドードーの様々な側面を知ることができたため、せっかくならいろんなシーンを1枚に描いてみようと思った。

すっくと立ち上がり、遠くを見据えるドードー。
地面の果実をついばむドードー。
激しく暴れ逃げ惑うドードー。
子育てをするドードー。
木陰で休むドードー。

本書を読み終えて、僕の頭の中では「野生動物としてのドードー」が生き生きと動き回っていた。

そのどれもが、これまでのマヌケで太ったイメージとはかけ離れており、したたかに、美しく生きていた。

この感動を、なんとか絵にできないか。

鉛筆1本でザクザク描く

まずは、ドードーの太っていて滑稽なイメージを払拭するべく、全身のプロポーションがわかりやすい立ち絵を用意することにした。

そして空いたスペースに、活動的なシーン、新旧ドードー復元の比較等の補足情報を足していく。

水彩紙(ホルベイン製のアヴァロンという紙)に、鉛筆1本でざっくり描いてみた。
スケッチ風に仕上げにしようと思い、線の荒さは気にせずどんどん加筆していった。

←ノーチのしっぽ研究所のドードー
Roelandt Saveryのドードー→

いちばん大きなドードーは、最近の解釈で組み上げられた骨格標本を参考にした復元図。
有名な「Roelandt Saveryのドードー」と比較して、縮こまっていた首と脚を伸ばし、体の位置を高くスマートにした。

よちよち歩きというよりは、しっかりと地面を蹴って走ることもあったと推測し、がっしりした脚にした。
大腿筋の隆起を強調したので、かなりキック力がありそうな見た目になったと思う。本書の言葉を借りるなら、「マッチョ・ドードー」だ。
大型ハトのカンムリバトの脚をベースに、エミュー、キーウィ、クイナ等地面で生活する鳥の脚を参考にした。

その他の変更点には、「フードを被っているような」という証言を重視して、頭の羽毛と皮膚の露出部の段差を大きくしたこと、背骨の湾曲を小さくしたことなどがある。

僕の復元ではかなり首を太めにしてあるが、これはハトの仲間なのでハトムネだろうと思い、首周りの羽毛をマシマシのボフボフにしたから。
(後でやりすぎたと思って少し細くした)

自分で描いたものを見てまず浮かんだのは、恐竜っぽくてかっこいいな、という感想だった。
飛べない大型の鳥は、恐竜や恐鳥を思わせるフォルムの種が多い。
ドードーも体高65cm前後、体重20kg近くあったそうなので、目の当たりにしたらかなり迫力があったと思う。


上:逃げ惑うドードー
下:地面の果実をついばむドードー

こちらは動きのあるドードーのパート。

動きのあるドードーといえば、オランダの艦隊に乗船していた画家が1601年に描いたスケッチが最も信頼のおける参考資料だ。
生きているドードーを見ながらスケッチしたものなので、やはりリアリティが違う。

by Joris Joostensz Laerle ,1601

画像右のドードーの絵は特に詳細に描き込まれており「ランニング・ドードー」と呼ばれているらしい(実際は横たえたドードーをスケッチしたもの?)。
右側の頭部はペン入れもされているため、腰を据えて時間をかけて描いたものと推測されるが、その左の体と脚は、急いでメモした様な印象を受ける。
慌ただしい冒険の最中、他の業務の合間をぬってササッと目に付いた部分を描いた感じだ。
僕も動物園でスケッチすると、動く動物、他の来園者の目、一緒に行った友人を待たせているプレッシャーなどの要因で慌ただしくなり、だいたい似たような描き方になる。
このスケッチからも、なんとなく現場のせわしない感じが想像できて、クスッと笑ってしまった(観察の時間が足りなかったのは本当に悔やまれる…)。

話を戻そう。
この「ランニング・ドードー」は実際にはランニング中ではなかったようだが、走る姿を想像するのにかなり大きな助けとなった。

また、どこかの俗説で「ドードーは天敵がいない楽園で暮らしていたため、警戒心が薄く、太っていてのろまで、簡単に素手で捕まえられた」と聞いたことがあったが、本書で次のような記録に触れられており、そのイメージは覆された。

(前略)ドードーは手で捕らえられたが、巨大なクチバシで激しく噛み付いて身を守るので、非常に慎重に捕らえる必要があったという。
(中略)小さな翼を持っていたが、速く走ることができた。

川端裕人『ドードーをめぐる堂々めぐり』p.108

この記録からは、生きる力に溢れたドードー像がまざまざと感じられるが、残念ながらそのイメージは現代には定着していない。
それどころかデブでマヌケ呼ばわりで、まるで生き抜く力がなかったから絶滅したような言い方をされている。
あまりにも不憫ではないか。

そこで、写真上の「逃げ惑うドードー」を描いてみるに至った。
艦隊員達が棍棒片手に食料調達のために追いかけ回した際、バタバタと小さな翼を振り乱して、地面を力強く蹴って逃げ回ったかもしれない…
きっと、鳴き声もギャーギャーとけたたましかっただろう…
その迫力は、世界を勇ましく旅した艦隊員たちでさえ、少し怯むほどだったかもしれない…

僕がもし当時の艦隊員だったらきっとこう描くだろうなという妄想を膨らませて描いてみた。


これはリチャード・オーウェンによる1866年と1872年の復元の比較パート。

ロンドン自然史博物館の初代館長だったリチャード・オーウェンは、1866年に世界で初めてドードーの全身骨格を組み上げたが、太ったドードー画を参考に復元してしまうというミスを犯した。
1872年に自ら修正した論文を発表したが、最初の発表のイメージが世の中に定着してしまい、のちの「物語の中のドードー」に大きく影響した。

この一連の流れは、ドードーを理解するにあたり必須だと思ったので、絵に盛り込んだ。


顔のドアップ

これは顔のドアップ。
顔の見た目は、現存している標本の中で唯一皮膚が残っているオクスフォード標本を参考にした。

標本は数あるドードー画よりもクチバシが長く、直線的に見えたので、その印象を絵にも反映させた。

オクスフォード大学自然史博物館ホームページより

大きな種子のようなものをくわえさせて描いたのは、クチバシの大きさと迫力を感じ取れるようにしたかったから。

科学的な裏付けは無いそうだが、胃の中にこぶし大の石を持っていたという証言が複数記録されているため、砂嚢で硬い果実も平気ですり潰して食べていたと推測される。

多くの鳥がそうだが、歯がないので食べ物は基本丸呑みして、砂嚢で細かくするという戦略を取る。
ドードーも、大口を開けて巨大なくちばしで木の実を器用に拾い上げ、勢いよく喉に投げ込むようにして丸呑みしたかもしれない。
あるいは、果実を足で踏んづけながら、インコのように丈夫なくちばしで殻を半分に割るくらいはできたかも…

なんて考えながら描くのが楽しく、本当に生きたドードーを見たことがあるようか気さえしてきた。

ドードーの色は?

続いて色を塗る。

確実に生きたドードーを観察して描いたとされる絵は白黒のものばかりだし、動く見て描いた彩色画があったとしても、17世紀当時の環境で最適な絵の具を用意できたとも限らない。
顔料はとても高価だったはずだ。

科学的観察がなされる前の時代に絶滅してしまった以上、本当のところ、何色だったかは不明だ。

しかし、ドードーの羽毛の色については、「褐色または灰色」という安定した証言があり、ドードー画のほとんどがブラウン系〜明るいグレー系で描かれている。
傷んだ剥製を見て描かれた絵画は実際より黒ずんでいたり退色していただろうし、個体差もそれなりにあったかもしれないが、これは概ね信用できる情報だろう。

一方、皮膚やクチバシ、脚、瞳の色については、具体的に描写した記録は見つかっていないようだが、派手ではなかったと推測される。
もしヘビクイワシのように鮮やかなオレンジの顔だったり、ヒクイドリのように青い肌に赤い肉垂があったりしたら、船乗りたちがそこを強調するに決まっている。
そういった記録がないということは、特段色は目立っていなかったと思う。

今回は、本書の表紙にもなっているリア・ウィンターズ(画家であり歴史家であり図書館員であり、出島ドードーの論文執筆者でもある!)のドードー画リスペクトで、背側グレー腹側ブラウンの配色にしてみた。
ほとんどのドードー画はグレー1色で描かれているが、背側と腹側で色が違うことは生き物ではよくあることなので、個人的にはグレー〜ブラウンのグラデーションも十分に有り得る配色だと思う。

水中を泳ぐ生き物なら、背側が暗く腹側が白いことでカウンターシェーディングの効果があったり、地上の生き物なら体温調節やカモフラージュ効果があったりと、この配色は生存に有利な場合が多い。

それに、発生生物学上の都合的にも、この2色パターンは自然なはずだ。

ひとつの受精卵が分裂していって最初に色素細胞が作られる時、背中側を走る1本の神経管近くの、神経堤細胞から分化し、全身に行き渡る。

簡潔に言えば、脊椎動物は背中側から色付くわけだ。色素細胞の移動や分裂の仕方によって、全身の体の色と模様が決まる。
このドードーの場合、まず全身に茶色が行き渡り、遅れて背中側だけに濃いグレーの細胞が留まると考えれば自然だ。

画材の話もしておく。
着彩に使ったのは透明水彩だ。
「透明水彩」とは、一般的な水彩絵の具のうち、下に塗った色が透けるタイプ。滲みなどの表現がしやすいのが特徴だ。
いつも使っている絵の具はホルベイン製のHWCと、ターレンス製のレンブラントというもの。レンブラントは高級だが発色が鮮やかなので、ここぞという差し色に使っている。
ちなみに、ポスターカラーのように不透明で下に塗った色が隠れるタイプは「不透明水彩」と呼ばれる。

ざっと全体を塗った。
レイアウトも少し変えている。骨格の姿勢の違いを比較しやすいよう横並びにし、「物語の中のドードー」は版権もあるのでオリジナルキャラのみを採用した。

色鉛筆でディティールを描く

最初はスケッチ風のラフな仕上がりにしようと思っていたのに、がっつり色を塗ってしまった。
ここまでくると、最初に鉛筆で描きこんだ細かい部分が絵の具の色で目立たなくなってしまい、全体的にぼやっとしてみえる。
細かいところは色鉛筆で描きこんでいくことにした。

よく削った色鉛筆で、羽根の間の影を線描していき、立体感を強調した。

鳥を観察していると、羽根の重なりや構造色、微妙な反射によって、時々カラフルな差し色が見える時がある。
ドードーもハトの仲間なのでもしかしたらと思い、羽根の間に赤や紫、緑など、鮮やかな色を忍ばせてみた。

鉛筆でごちゃごちゃ書いてあるのは、せっかくなら展示した際に見てくれた人もお勉強になる絵にしようと思い、説明書きを加えたもの。汚い字で恐縮だが、それも冒険家のスケッチっぽくてなんかいいよね。

クチバシの細かな傷や剥がれた感じを表現したり、皮膚の皺を描き込むのにも、色鉛筆は重宝する。
水彩絵の具と違って勝手に滲んでいかないので、制御しやすいのも良い。
ただし、水彩紙の上だとかなりザラザラしたテクスチャになってしまう。滑らかに見せたい部分は手を入れないように注意した。

愛用している色鉛筆は、サンフォード社のカリスマカラーと、カランダッシュ社のルミナンス。どちらも芯が柔らかい系の色鉛筆で、油絵のようなニュアンスの混色がしやすいので気に入っている。

そんなこんなでちまちまと描き進めていき…

そして遂に完成。

全貌をお披露目する。

新旧ドードーの比較 by ノーチのしっぽ研究所, 2023



(ジャーン!!)
(ファンファーレ)
(めでたい効果音)

自分で言うのもなんだが、思っていた以上にドードーという生き物をカッコよく描くことができたと思う。

細かいところの説明書きは、ぜひ拡大してよくご覧いただきたい。

この絵を鑑賞することでドードーのいろんな側面を知り、思いを巡らせる助けになれば嬉しい。
そしてあなたも一緒に、ドードーめぐりをしませんか…(本書の受け売り)


ようやく絵が描き上がった。
思ったより長くなってしまったが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

原画を生でご覧いただきたい方には絶好の機会があるので、最後に宣伝で恐縮だが、展示会のお知らせをもって締めくくりたい。


一般社団法人 日本理科美術協会 主催
『理科美展2023』

期間:4/22(土)〜5/5(金)
時間:10〜20時(最終日は17時まで)
会場:新宿世界堂本店ビル6F ギャラリーフォンテーヌ

※本展示では¥0suke名義(記載場所によっては本名の石毛洋輔名義)で出展しています。

キャプションには
ノーチのしっぽ研究所
¥0suke(石毛洋輔)

と描いてあるので、おそらく見つけやすいかと。
名前がいっぱいあってすみません…

本記事のドードーの絵の他、大小15点程の原画を出展しております。
画集・ポストカード・原画の販売もあります。

※ドードーの絵のみ非売品なので注意です!!※

ゴールデンウィーク中ずっと会場していますので、お時間があったらぜひお立ち寄りください!

おしまい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?