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病院船 北極域研究船の兼用案

出ては消えるのが病院船構想です。専用病院船の新造導入は政府の検討で2度にわたって否定されました。コスト、平時運用、運航人員、病院要員など課題解決が困難なことは明らかです。そもそも船はカネと手間がかかるものです。
現在は専用病院船ではなく、自衛艦や巡視船に病院船機能を付与することに落ち着いています。しかし、その機能が使用された事例はないとされます。東日本大震災においてもです。
そもそも自衛隊や海上保安庁には本来任務があり、平時においてすら余剰能力はない状態です。災害などの有事にはそれら本来任務の業務量が増大するのですから、おまけ的に付与された病院船機能をメインとして提供することは矛盾に満ちています。そのため、使用事例がないのは当然だと感じます。

昨年、武漢肺炎(COVID-19)に際して日本では病院船導入の世論が急に盛り上がりました。理由はよくわかりません。本来、船は感染症に対して極めて脆弱なのですが・・・。そしてそれに船についての理解度が深いとは思えないロビイスト達と政治家達が乗っかりました。結果として今年、専用病院船新造導入に関しての2度目の政府検討結果が公表され、再度の否定結果となりました。しかし、その代わりに民間船の活用を企図する「災害時等船舶活用医療提供体制整備推進法」が成立しました。私としてはこの法律への評価は今後の法律運用を見てから・・・と思います。

阪神淡路大震災にしても東日本大震災にしても、港湾機能はマヒし、岸壁崩壊や係船設備の強度保証問題、航路再啓開の必要など、港湾運用再開までには長い時間を要しました。では病院船を錨地や沖合漂泊で運用するとなると船陸間の患者輸送だけでも大騒動です。交通艇では船酔いや便数の問題が、ヘリコプター空輸では、海陸上空での捜索救難や報道その他の混雑の中で病院船用の空域管制や便数の問題がおそらく解決困難と思われます。また当たり前ですが気象海象次第で船は揺れますし、荒天になると病院船は退避してしまいます。法的にも、船上病院を認めるか否かの問題(このあたりはいろいろと先行研究がありますが、大きなハードルとされています)が立ちはだかります。緊急時だからといって超法規的措置を速やかに令して受け入れるほど、日本の戦後政治は成熟していないと思います。揚げ足取りと神学論争しかしないままこれまで来ましたので、今後も変わり映えしないでしょう。

民間船舶にも本来業務はあります。有事だからといって本来の航路を離れてよいのかどうか。被災地を支えるべき非被災地の物流や人流を休止することに等しいわけです。さらに、医療支援やその他の被災地支援に従事させるための艤装を施す必要があり、また乗組員も慣れない業務を実施する必要が出ます。私は病院船(災害時医療支援船)に民間船(特にフェリー)を予約用船することには積極的な賛成をしません。
では、災害時の医療支援船とはどういったものが良いのか。私の考える条件は次のようなものです。
・平時の運航(本来業務)に困らないこと。
・導入コストが安いこと。
・有事には本来業務を離脱して被災地の医療支援業務に専属できること。
・有事の本来業務離脱による国民生活へのマイナス影響は少ないほどよい。
・できれば公的な性格を持つ船であることが望ましい。
・船としては医療支援を担うことなく、医療コンテナユニットを運送して被災地に陸上展開する能力を有すること。つまり、コンテナなどの荷役(船への積み降ろし)設備(クレーンなど)を装備し、コンテナ積載能力も大きいこと。
・医療行為は陸上で行う。つまり、医療支援船は医療コンテナユニットや医薬品、燃料、発電機、車両などの輸送を担うものであって、DMATや現地の被災医療機関の医療従事者などに医療の場や設備道具を提供する存在。
・港内航路の啓開作業に手間を要しないこと。浅喫水船であることが望ましい。また、岸壁係船設備を使用せずとも着岸状態を維持できる能力(DPその他によって実現可能)を持っていること。
・乗組員に必要な技能は、プロ船員として通常習得している貨物輸送技能を最大限発揮できるものとする。

最近、こういったあたりまで考えをまとめてきていたのですが、今日、私が思いつかなかった「灯台下暗し」なニュースに遅まきながら気が付きました。


【独自】北極域研究船、災害時には「動く病院」に…26年度完成へ
  読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210804-OYT1T50295/

フェリーなどの民間船、自衛艦、巡視船、いずれも災害時の医療支援船(病院船)にはフィットしないと思っていたのですが、JAMSTECなどの海洋調査船や研究船に兼任させることは灯台下暗しでした。
1990年代後半に霞が関の本省で若手キャリア官僚達と仕事をした際に、その激務っぷりと能力の高さを目の当たりにして以来、キャリア官僚には一目置いてきたのですが、変動していく社会情勢の中で正直、クソバカと思うときもあれば、クッソカシコイ!!とホントにリスペクト~と思うときがあります。これは明らかに後者ですね。
たしかに、海自や海保よりJAMSTECやJOGMECの調査船などに病院船機能を持たせるのは最良の案と思います。平時の運用にも困りませんし、有事には本来業務を中断させても国民生活や社会経済には直接的な影響はないというのが正直なところです。そしてこれらは公的な性格を持つといって良い船です。
上述の私の考える条件の多くにも当てはまります。
今回は新造時に機能を付与してしまうわけですから、導入コストも最小化できます。

流石の日本国官僚です。
私も負けないように、温めている別のアイデアをもう少し深めてから世に出してみるつもりです。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。