有料で学ぶ意義

私は幼い頃から人並みに習い事にはお金を費やしてきたと自負しているのですが、20歳になって有料で学ぶことの意義に気づかされたのでnoteにします。

これまで正直こんなに親にお金を払ってもらって習い事をしてきてよかったのか悩んだことが多く、例えばピアノは音大卒の親に教われば済んだのではないかとか、プロになる訳でもないのにあれほど極める必要があったのか、それほど経済的に余裕があるわけではないのに習い事多すぎたのではないかといった葛藤がありました。しかし、大学3年にもなって自分の英語のスピーキング能力のなさに失望し、単位取得を目的としない自身初めての履修動機となる英語プレゼンの授業を履修することに決めました。

だがこれがしかしモチベーションがみるみる落ちるばかり。理由は自分の内外にあるのだが、一要因はお金を払っていないことだと気づいた。これまで自分にとって苦手なことを達成できた経験を振り返ると、達成の先に何らかの目に見える明確な見返りがある、例えば資格取得証書や受賞トロフィーなど、あるいはそれに取り組むために何かを犠牲にしていることを常に実感出来る、周りに向上心を刺激してくれる友人や熱烈な応援者がいる、そのいずれがの要素がある場合ばかりでした。要するに今回の挑戦に関しては、英語力向上のために自学や有料の英会話教室に通うよりは追加的コストの不要な大学の授業をとろうという決断に至った訳だが、これには上記の要素が含まれていなかったのだ。

おかげでやる気が全く起こらず、まあしかし一度やると決めたことは覆さないのがポリシーなので学期末までなんとか頑張ります。その頃にこれを読み返して、ああやっぱりがんばって良かった、と自信を持って言えるようにゆるーくがんばろう、単位はいらないわけだし。よしよし。

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Nawadays

名古屋の大学3年。自分の思考の成長を振り返るための記録。
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