暮らし方のこと

昨日。

おしゃれな服屋さんのインスタグラムを見ていて、ほーっ、おしゃれやなー、とため息。それで、隣にいたゆうちゃんに、「ねえねえ、この家であたし達がおしゃれに暮らすために今できることってなんだろう」と聞いたら、ゆうちゃんはわりと即答で、「掃除だと思う」と言った。「家の中を掃除して、庭の草むしりをして、傷んだところに手を入れて。それだけでいいと思う。あとは着たいものを着て食べたいもの食べたらいいと思うよ」と言うのを聞いて、やっぱりこの人のものの考え方が好きだなと思った。

つい3日前、友達が届け物にうちに寄ってくれたのを、わたしはそそくさと受け取って、慌てて相手の顔の前でピシャリと戸を閉めるようにして引っ込んでしまった。あとから、あまりに失礼だったと、「ごめんね。あんまりだらしない格好だったから恥ずかしくて慌てちゃったよ」とラインで謝った。でもそのあと、違う、恥ずかしかったのは服装じゃない、玄関だ、玄関を見られたくなかったんだ、と気づいて、それは本当によくないことだと思った。まったく、おしゃれ以前の話だ。そのおしゃれな服屋さんも、毎日開店前にそれはそれは丁寧に掃除をするのだと、スタッフの方から聞いたことがある。

掃除は本当に苦手だけど、やはり毎日コツコツやるしかないと思う。草ぼうぼうでカオスの庭も、やはりコツコツ向き合わないといけない。わたしの将来の夢は、機嫌がよく始末のいい、自立したおばあさんになることなんだから。

築90年の我が家は、冬は寒くて夏は虫が多い。普通に虫と同居してる。ことしの夏前に実家がリフォームを終え、行ってみるととても快適。いつどこからムカデが出てくるかわからないという緊張感もないし、ちょっとの風で窓ガラスがガタガタいうこともない。台所はサッと拭けばサッときれいになるし、お風呂も明るくてきれい。

母の家で過ごしていてすぐに気づいた。普段、自分の家で常に無意識に持ち続けているある種の警戒心、緊張感はすぐになくなるけれど、それってわたしが求めている快適さとは違うな、ということ。センサーがオフになるのは、閉じていたものがオープンになるのではなく、むしろ鈍くなって感覚が閉じられる感じがして、このセンサーを閉じてしまうことは、在りたい自分の在り方とは違うな、と思った。

そりゃムカデや手のひらサイズのクモに遭遇するのは嫌だし、すぐに雨が吹き込むガタガタのガラス戸に残念な気持ちになることもある。もともと家事なんか嫌いで、何もしないで1日寝て暮らしたいと思ってきたわたしには手に余る家だ。でも、本当に望む生活はこっちだった、とわかってしまったら、もうこっちしかない。そうじゃないとウソになる。ときどき実家で「あー、あったかい家のあったかいお風呂はいいなー」と極楽を味わったり、冬のすき間風に耐えきれずにスタバに避難したり、ぜんぶ嫌になって布団をひっかぶって1日寝てる日があったり、そんなことで調整したり休憩したりできればいい。今のうちは。

そんなわけで、掃除です。下手くそないい加減掃除だけど、やっていくうちにちょっとは上達するでしょう。焦らずコツコツやろう。

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村椿菜文

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