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葬像緑(MindStory編)

息を吸い込んで、目を開いた
そこは、荒廃した校舎の前

さっき、夢に落ちる直前の景色を見てた覚えがある。

おそらくここは夢の中。
いつもの事だ

「ようこそ。」
「ここは、夢かい?」
いつものように、少女は背後から現れる
「もう少し深いところ。」

そんな深いところにたどり着いたのか。

随分、荒廃した場所だ。
「自分が誰だか分かる?」

蔦が伸びていく、校舎の壁を這い上がる。
「僕は小さい頃ここに通っていて…。
ここが廃校になったと聞いて戻ってきたんだ。自分の学び舎が消えてしまう前に。」

少女は怪訝な眼差しを少し向けた。
石段の隙間から雑草は伸びていき、
木々は日当たりを求め横へ横へと枝を伸ばす。
「その記憶は、あなたのものではないわ。」

「僕は誰なんだ?」
校舎の塗装が日に晒されて、色あせてゆく
土を含んだ雨の軌跡が付く
枯れた蔦が壁にまとわり付く
建物の自重で生まれた小さなヒビが走ってゆく。

「記憶があなたそのものだとするなら、
さっきまでのあなたはもうここにはいない。」
「死んだのか?もしかして、ここは死後の世界?」
「ここは、死後の人間も生きてる人間も、動物や植物、鉱物だって来れる場所。」

足元から流れ込む緑色の気流
教室に溢れる、僕の友達や
会話もしなかった学び舎の仲間たち
彼らの声が鮮明に幾重にも折り重なって聞こえる。
太陽がゆっくりと傾いていく
空の色が三時の色から四時の色へ、五時の色へ移り変わってゆく。

「もうそろそろ…だね。」
少女が指差す、水平線。
海が紅くなってゆく。
「あの紅って何の色?」
独り言にも問いかけにも聞こえる声色でつぶやく
少女はゆっくりと歩き出して続ける。

「昼は生命の時間。
夜は死の時間。
青は命を讃える色。
黒は死の色。あるいは再生の色。」

彼女の声と風の音が混ざる。
風が話しているような気がしてきた。
風の声を彼女が翻訳しているような。
「紅は生と死が切り替わる色。
血の色も同じ、生と死の間にいるわ。」

五時の色が六時の色へ
七時の色へ変わる前。
僕の感覚では太陽が沈む時の色は六時半の色。
場所によって時間の色は違うけど。

夕陽の空と青空のせめぎ合いが
わずかに緑色になっている。
「気づいた?」

駆け巡る記憶。
蔦が校舎の壁を覆う、
パイプが朽ちて、千切れる。

「生の色は燃えて死の色に変わる、生命の色が燃える直前に、生と死が融合した色が生まれる。」
時間は止まっている。
僕にこの緑色の空を見せるために。

「植物は緑色。
生と死が溶けて繋がっている。
あなたも夢の底へ深く潜れば
溶けて繋がっていられるわ。」

僕の足は、幹になり、蔦が絡まり
自然に飲み込まれてゆく。
血脈と葉緑素がぶつかって、木の肌になる。

体に流れるエンドルフィン。
恐怖に数滴垂れて、混ざって、恍惚に変わる。
深呼吸で体に酸素が巡る。
えも言われぬ心地よさのなか。
意識が緑色に溶けていく。

「大丈夫?このままだと、あなたは木になるよ。」
「すごく心地がいいんだ。死ぬに近いことかもしれないけど。」
校舎へ繋がる唯一の道を木々が塞ぐ。
あの場所へはもう戻れない。
だけど、僕も森もあの校舎も溶けて繋がってゆく。

彼女がポケットからルーペを取り出して
太陽の光を集めた。

「いい?ここで見たこと聞いたことはあなたの宝物。時が来たらいつでも木になれるから。今日は帰りなさい。」

僕から、僕のちょうど両目の間から
溢れ出す記憶。
今日ここに来てからの景色や感情。
詳細に書き込まれた新聞紙が溢れ出す
彼女は優しく、僕の頰をなで
光の点を作って、火を灯した。

緑色の炎に包まれていく

熱くはない。

不思議と心地のいい温もりが、身体中に流れ込む。

見えている景色が緑色に溶けてゆく

「廃墟へたどり着く最後の一枚が灰になった。もうそこへは戻れない。」

僕とこの世界を繋ぐよすがは
彼女の手によって燃やされた。
それは、僕がこの世界に飲み込まれてしまう前に。
道はすべて閉ざされたのだ。




僕が目を覚ましたのは、
小さな部屋。
本棚に飾られた廃墟の写真を見て
何か忘れた気がすると
思いを巡らせると、頭は重くなった。
後頭部が。特に。

きっと飯が足りてないのだろうと
どこかへ行こうとしたが、
この部屋には、扉などなかった。

音を立てて転がるペン。
机から滑り落ちるルーズリーフ

まだ、夢の中、か。


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