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今、大事だと思うこと

 ちょっと思うところあるので書き残しておきます。

 不安になりたくない人は一層不安になる可能性があるから、読み進めるかどうかは自分でちゃんと判断してね。

 今回のこの状況は、長期になると思います。短期決戦と思うと判断間違えやすくなると思います。長期戦だと思って臨むと、突発で無理をしなくなるし冷静に状況を判断しようという気持ちが働くから精神力が持続します。短期決戦で考えると多少の無理を通しても強引にゴールするイメージに近くなるので時間が経つほど疲弊し、通常やらなければいけないことにプラスして前回やったことの矛盾の回収を並行して行わなければいけなくなります。
短期決戦の感覚で対峙している方が多いように私は感じますが、今回は短期と読んでかかる人が多いほど長期になります。そこを見越して長期戦だと思ってください。判断すべき時に判断できる自己の状態は、それである程度保てます。

 個々の判断力が問われます。誰かは他者を守るためにいるわけではない、という意識でいてください。その意識を持つことで自分の判断力が発動します。

 その意識下で自分の感覚としておくことは「人の言っていること、誰かのやることを煩わしく感じるのは自分のキャパシティが狭いせい」「人の言い方が恐怖を煽っているように感じるなら、自身の冷静さと分析力が事象に追いついていない状態なのでその情報を精査することにまず尽力する」。そうすることで情報と自分自身の間に適度な距離ができて客観的な判断をしやすくなります。

 通常時ではそういった意識と感覚が既にある方が注意喚起として「あやふやな情報を出さないように」とか「そのやり方では効果が薄い」などの発言をすることもあるでしょうが、今はそのためにエネルギーを割いていると自分自身が早く疲弊します。そういった情報を発信することも、意見を発信するための裏付け情報を探すことも、です。

 自分が疲弊せず長期戦に耐えられるようにする、という観点では、「今日と明日以降では常識が変わる可能性がある」現在に於いて正しさを論じることに時間を使うのではなく「やるべき方向に自分をスムーズに合わせていく」ことが必要になるからです。

 その点では、「政府の措置はあくまでも暫定的」と解釈することは有効です。今後状況次第で変わっていく可能性があるという見方で間違いないと思っていますし、変えさせるとすれば我々が個人の暮らしを自分自身で守る気があるところをどう示すか、で、施策内容が変わると見ています。示せなければ施策が手薄、という感覚です。ロジックは飛ばすけれども、これが本来当然の形なのでそこに落ち着くでしょう。

 「自分を守ることで他者を守れる」を実行するには、自分の未来を他人の判断のせいにしていては成立しません。いつでも「自分の発信に対してレスポンスがある」という形式であることを忘れてはいけません。かなり俯瞰でみるとそういった概念が現在は過去よりも通りやすくなっている、という状況なのでそのことを念頭において動くのが良いです。

 今回は少し通常と違う書き方をしています。これはストレートに言うと「なんのことかなんとなくわかる」人向けに書いていますので、不安を煽っていると感じやすい心理状態の方に向けた文章ではありません。「自己のやることをやる」を個々それぞれが遂行することで未来が見える、という現況ですから、自分のやること、をやっている、ということです。

 願わくば、ここに書いていることが「考えすぎで必要なかった」と笑って言える日々が来てほしいです。

 

誰かの心の平穏やきらきらを取り戻すお手伝いがしてみたい。