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ブラッドリー・ビールのトレードについて

「彼はトレードされたくないし、私たちも彼をトレードしたくない。特に現代のNBAにおいて、私たちがそのような忠誠心を持っていることは、彼の心と魂が忠誠の重要性、そして彼自身の居場所を知ることに対して献身的であることを示しているのだと思う。」

これは去年ウィザーズがブラッドリー・ビールにノートレード条項(以下NTC)つきのマックス契約延長を与えた時に、オーナーのテッド・レオンシスがビールについて話した内容です。

そしてそれから1年も経たずにレオンシスはビールのトレードにゴーサインを出します。

この急な方向転換はどうして起きたのでしょうか?

今回はウィザーズの組織変更と、そこから派生したウィザーズの未来とサンズへの影響を深掘りして行こうと思います。

ウィザーズの組織変更

ウィザーズの昨シーズンの成績は35勝47敗でリーグで24位。

でもウィザーズがロスターに使った金額は$152Mでリーグ11位。タックスギリギリまで攻めていました。ファイナルズに進んだヒートや、プレーオフに進んだキャブスやシクサーズ、ニックスよりも高い金額です。それ程金をかけても優勝争いに参加できるどころか、プレーオフにも進出できませんでした。しかもこのところはプレーイン進出争いをしている状況で、「万年平凡チーム」だと言われています。

大きな理由はレオンシスのこだわりで、タンクしての再建やリツールを拒否し、あくまでも優勝は望めないロスターで勝ち続けようとしていました。しかし、その結果は、2017-18シーズンからのプレーオフ進出はたったの2回。プレーオフへ行ったとしてもファーストラウンドを突破できていません。しかも2017から勝ち越したシーズンは2017-18シーズンの43勝39敗のみです。もう根本的な変革がなければこの先も同じ状況にハマり続けるでしょう。

そのため、レオンシスはGMのトミー・シェパードを解雇して、クリッパーズでGMをしていたマイケル・ウィンガーを引き抜き、ウィザーズとWNBAのミスティークを所有するモニュメンタル・スポーツのトップに起用する事にします。実質バスケトボール・オペレーションのプレジデントとして考えていいでしょう。ウィザーズは同時に、組織改革にも着手します。これまではGM、アスリートケア&パフォーマンス、それにモニュメンタル・バスケットボールのオペレーションが別々にレオンシスに報告するというユニークな体制で、レオンシスはそれを「競争し勝利するためにはあらゆる戦略的な優位性が求められる。私たちは『新しいNBA』に適応するため、先験的な組織体制を持つ新しいリーダーシップチームを形成した」と言っていましたが、その組織体制は機能しなかったようです。今回は別々に動いていたオペレーションをウィンガー1本にまとめました。

また、ウィンガーは自分の望むようにチームづくりができる事をレオンシスから約束されているようで、それにはレオンシスが長年拒否していた「再建」も入ります。おそらくこれがウィンガーがで高級取りだったクリッパーズでのキャリアを捨ててウィザーズに来る条件のひとつだったと思われます。

(マイケル・ウィンガーとテッド・レオンシス)

そして、ウィンガーはさっそくチームのいちばんの問題に着手します。

それがビールの契約のトレードです。

ブラッドリー・ビールのNTC

ビールの契約がやっかいなのは、この後4年で$207.72M(残りサラリーはヨキッチに次いでリーグ2位)も残っているだけではなく、その費用対効果とNTCです。

ビールの生産性はその巨額なサラリーに見合ったものになっていません。ビールの昨シーズンのサラリーは$43.2M(リーグ4位)でしたが、アドバンススタッツのPERはリーグ44位の19.95で、EPMはリーグ40位の+2.9です。RAPTORでは86位の+1.2。一昨年のサラリーは$33.7M(リーグ18位)でしたが、PERは86位の17.58、RAPTORは80位の+1.7。その前の2020-21シーズンのサラリーは$28.7M(リーグ31位)でオールNBAサードチームに選出されていますが、PERは21位、RAPTORは33位の+3.3となっています。

そしてビールはこの2シーズン、スタープレーヤーとしてチームをプレーオフに導く事ができませんでした。これについてはチームメイトでマックス契約のクリスタプス・ポージンギスもいたので、チームづくりに失敗した理由も大きいと思いますが、やはりスーパーマックスにNTCがついている選手としては物足りないものがあります。また、ビールはケガもしがちで、最近ではスリーとFTのアテンプトも減り、ディフェンスも良い訳でもありません。

そしてその契約よりもやっかいなのがNTCです。NTCがあるため、ビールはどのようなトレードにも拒否ができ、再建をしようにもそれができなくなる、またはその速度がスローダウンしてしまいます。もちろんウィザーズがリーグ最下位のような状況になれば流石にビールもトレードにOKを出すでしょうが、NTCがある場合、そのトレード内容が問題になってきます。例えばビールが優勝候補に行きたがっている場合、移籍先のチームの戦力が落ちないようなトレード・パッケージでなければ、ビールもトレードにOKを出さないかもしれません。そうなると再建に必要なドラフト・アセットや有望な若手を思ったように獲得できない可能性も出てきます。実質的にウィザーズに決定権はなく、ビールがやりたいようにできてしまう…それがNTCの威力です。

ウィンガーが真っ先にビールに手をつけたのもわかる気がします。

ブラッドリー・ビールのトレード

ビールのトレードの噂はウィンガーがウィザーズのトップになった5/25から流れはじめ、その2週間後には具体的にヒートやニックスやサンズの噂が立ちはじめました。そして、その1ヶ月後にはサンズとのトレードがまとまりました。

以下、ビールのトレードの詳細です。

ウィザーズ獲得

  • クリス・ポール(来シーズン契約無保証)

  • ランドリー・シャメット(来シーズンの契約無保証)

  • 2巡目指名権:2024/2025/2027/2028/2030

  • 1巡目指名権スワップ:2024/2026/2028/2030

サンズ獲得

  • ブラッドリー・ビール

  • ジョーダン・グッドウィン

  • アイザィア・トッド

ウィザーズがポールのトレード先の3チーム目を探すためにトレード成立に時間がかかりましたが、3チーム目のウォリアーズのトレードパッケージにポイズンピルが入っていたため、結局ビールのトレードはウィザーズとサンズだけの直接トレードになりました。ウォリアーズとのトレードも時間があれば取り上げてみたいと思います。

当初ビールにオファーしていたチームはサンズ、ヒート、バックス、キングスと言われていて、マイアミを気に入っているビールはヒートが最有力だったという情報も出ていました。

ヒートのオファーは以下のようなものだったとレポートされています。
・カイル・ラウリー(契約は来シーズンまで)
・ダンカン・ロビンソン(契約は2025-26シーズンまで)
・1巡目指名権(複数可能)

ここでのポイントは、受け取る契約の長さです。再建のためにキャップシートをクリーンにしたいウィザーズにとって、チーム再建の中心選手になれないロビンソンのような選手の長期契約を引き受けるのは避けたいところです。もうひとつのポイントは再建に必要な1巡目指名権の有無です。ヒートは今年のドラフト指名選手を含めると、実質3つの1巡目指名権がありました。実際にヒートがいくつの指名権をオファーしたのかはわかりませんが、サンズの1巡目指名権のスワップよりも良かったはずです。それともヒートの1巡目ひとつよりもサンズの5つの2巡目指名権の方が良かったのでしょうか。

これについてはアリゾナ・スポーツのガンボさんが「私はマイアミはブラッドリー・ビールにそれほど興味がなかったと信じている…もしマイアミが本当にこれに関わって、ビールがそこに行く興味があったら、マイアミがフェニックスよりの良いオファーができるのは間違いない。私は聞いた事を信じる。マイアミはビールにそんなに興味はなかった」と話していました。

ヒートはチームによりフィットするデミアン・リラードの方に興味を持っているとも言われているので、万が一のリラードのトレードに備えてトレードアセットを残しておきたかったのかもしれません。

次に考えられる理由は、ビールがヒートよりもサンズを選んだというものです。

KDやブッカーがビールをリクルートしていたそうです。彼らからスーパーチームをつくろうと言われたビールが、サンズに限ってNTCを無効にする事に合意をした可能性も考えられます。

また、ビールのエージェントのマーク・バーテルスタインはかなり優秀なエージェントらしいので、ビールは行きたいところに行けるとも言われていました。もしヒートに行きたかったらヒートに行けるように動いただろうとの事。ちなみに、サンズの新しく就任したCEOのジョッシュ・バーテルスタインはマークの息子なので、そのコネもサンズに有利に働いたとも言われていました。ただ、サンズが手放した指名権の数を見ると、そこまで深くはお互いに干渉していなかったと思います。

他には、再建を検討しているウィザーズがドラフト資産よりもキャップルームの確保を優先したとも考えられます。ウィンガーはサンダーでサム・プレスティの元でアシスタントGMとして働いていたので、プレスティの再建方法を手本にしているという見方もできます。キャップスペースを使って悪い契約を引き受ける代わりに指名権をもらう事を狙っているのかもしれません。そして、そのスピードをあげるために、まずは一番大きな契約のビールから手をつけたのかもしれません。

現実にはいろいろな理由が複合的に絡み合っているのかもしれませんが、このトレードのポイントは他にあります。

それは、スーパーマックスのビールで1巡目指名権がひとつも取れなかった事です。そして、そのトレードで得た38歳のクリス・ポールで1巡目指名権をひとつ獲得できている事です。(とは言っても2030年のトップ20のプロテクションがかかっていますが…)

この事実はいかにNTCがやっかいなものなのかを良く示していると思います。もしNTCがなければ、ビールでルーディー・ゴベアーやドノヴァン・ミッチェルのような史上最大級のリターンとまではいかずとも、もっと多くの指名権が取れるトレードを見つけられたかもしれません。少なくともポールのリターンよりも多かったでしょう。これはこの先、NTCの良いケーススタディーになると思います。

フェニックス・サンズ

これでサンズはマックス選手がなんと4人揃いました。
・KD:$47.6M
・ブッカー:$36M
・エイトン:$32.4M
・ビール:$46.7M

この4人のサラリーは$162.7Mになり、タックスラインの$165Mとほぼ同じ金額です。規模感で言うと、12人で$71.9Mのロケッツの2倍以上になるので、これがどれだけ非現実的な数字なのかわかってもらえると思います。*6/27時点

このままロスターを埋めるとセカンド・エプロンの$182.5M超えは確実です。

なぜサンズはセカンド・エプロン回避のためにクリス・ポールをウェーブしようとしていたにも関わらず、今になってセカンド・エプロン超えが確実になるビールのトレードに踏み切ったのでしょうか。しかもビールのNTCはトレード後も残ります。サンズは身を以て、NTC付きの契約を動かす事がむずかしいかわかっているはずです。

考えられる理由は以下になります。

  1. 実質クリス・ポールをブラッドリー・ビールに変えただけ。
    クリス・ポールをウェイブしたところで使えるのはMLEかミニMLEだけなので、そのレベルの選手はビールには到底及ばない。だったらポールをビールに変えてしまった方が戦力アップになる。

  2. チャンスは今しかない。
    7/1になったら新CBAが施行され、その後はクリス・ポールだけでビールのサラリーにマッチができない。

  3. 今回はトレード・エクセプションがある。
    セカンド・エプロンを超えるので、ミニMLEは使えなくなるが、サリッチのトレードでつくった$5MのTEが使える。これはミニMLEと同額なので、まだ優勝狙いのベテランをゲットできるチャンスがある。

  4. 新CBAでセカンド・エプロンを5年で3回超えると指名権は30位になるが、ネッツに行くので関係ない。
    この「5年で3回セカンドエプロンを超えると指名権が最下位になってしまう」条項は私もまだよく理解していないのですが、仮にサンズが3年連続でセカンド・エプロンを超えてしまい、指名権が自動的に30位になったとしても、その時の2027年の指名権は結局ネッツに行く事になっている。もしそれが5年後に指名権が30位になったとしても、その時の2029年の指名権はネッツに行くので、セカンド・エプロン超えによる指名権順位最下位下落の罰則を心配する必要はない。これは新CBAの穴なので、これから正式に発表される新CBAの中で修正が入るかもしれない。

  5. 今の内にサラリーをできるだけ増やしておく。
    新CBAでは、セカンド・エプロンを超えたチームはトレードで出す選手のサラリーより大きなサラリーを受け取る事ができなくなる。それが可能な内に戦力強化をしてサラリーを溜め込んでおく。

  6. ビールのNTCは問題にならない。
    頼めば今回のように無効にしてくれると考えている。

このあたりのセカンド・エプロンの制約を見ると、セカンド・エプロンはスーパーチームを否定するために設定されているように思えてきます。サンズはその新CBAが導入される前に、このビールのトレードでスーパーチームをつくっておいて、他チームに対して優位に立つ事を選択したと見ていいでしょう。

しかも、サンズは持っている全ての指名権のコントロールを失ってでも競争力強化を選びました。これはKDとエイトンの契約が切れる2026年の更にその先です。いちばん長いブッカーの契約が切れるのも2028年です。もし何かあれば、KDやビールのトレードで指名権を取り戻そうとしているのでしょうか?これが長期的にどのような影響をサンズにもたらす事になるのか注視して行こうと思います。

もちろんサンズにはまだエイトンをトレードしたりして、ウィングやシューティングを強化する道も残されています。マーク・スタインによると、ドラフト直前までサンズはエイトンのトレード先を探していたそうで、マブスとは結構交渉が進んでいたそうです。そのトレードでは、サンズはティム・ハーダウェイ、リショーン・ホームズ、ジャヴェール・マギーをオファーされましたが、マギーに難色を示したため、トレードは成立しなかったようです。

しかし、Wojによると、リーグ内でのエイトンへの興味は極めて少ないそうで、エイトンのトレード相手を見つけるのもむずかしそうです。また、B/Sのクリス・ヘインズによると、サンズはこのマックスの4人組がどうプレーするか見たいとの事なので、サンズはこのままエイトンをキープしそうです。

このように、セカンド・エプロン超えのサンズは、ほぼ残りのロスターをミニマム選手で揃えなければいけません。渡邊雄太さんがもし他で良い契約をとれなければ、サンズへ行って再びKDと共に優勝を狙っても良さそうです。


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