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社長の悲哀

僕が30年勤めていた会社は、とある大手メーカーの数百人規模の子会社だった。子会社だから、社長は親会社からくる。数年で変わるのが当たり前だった。いい社長、そうでもない社長と何人も見てきたことになる。

僕が退職する数年前に来た社長の言ったことが印象的だった。

二十年以上も同じ会社にいたわけだから、経営幹部と話さなければならないことは結構あった。僕は会社に愛着がなかったこともあって上司にもその上司にももちろん社長にもさほど敬意を払ってはいなかった。だからあまり構えずに言いたいことを言うことにしていた。

それはざっくばらんに話すということにもつながっていて、たまに本音を聞くことにもなったのである。

こんなふうに言うと斜に構えたできる社員のようだけど、斜に構えたのは本当でもできる社員ではなかった。主流のお金を持ってこられる仕事には技術的な観点から興味がなく(そういう仕事は古い技術を使うのが当たり前だった)、自分の興味のある技術だけを追いかけて細々としか受注できなかった。しかもそれ以前の無理な仕事(最近のブラックという言葉をケッと言いたくなるくらいの長時間労働だった)が原因でメンタルを壊していたし、やたらと知識だけはあるので面白そうだと思った仕事はやたらと簡単に終わらせたりするのでまあ腫れ物扱いだった。

そんなふうだったから、人事評価は悪く、年功序列で管理職になってしまったこともあって社長に直々に呼ばれてお説教的なこともあったのだが、僕にはそんなことはどうでも良かったからたいてい雑談に持ち込んでいた。

で、とある社長の話に戻る。

その社長は定年退職の時期に来ていて、僕のいた会社で社長をやってめでたく退任ということになっていた。

僕はその社長と話した時に、話の流れで退任のことが話題になり、ずけずけと退任後はどうするのかきいた。

すると、社長はこんなことを言った。

「社長なんて経歴がついてしまうと雇ってくれる会社なんかないからな。自分でなにかやらないとだめだろうな。」

「ああ、そんなもんでしょうねえ」と僕が言ってその話題は終わりになったが、社長なんて言ったところで親会社に戻ればせいぜい事業部レベルの部下なし役職のサラリーマンである。ではあっても、社長やった人なんか煙たくて雇う会社はないだろうなあとちょっと同情したものであった。

一生懸命サラリーマンをやって、子会社の社長になったのだからまずまずの出世であろう。それでも退職したらなにもないのである。大半の大過なく過ごしてせいぜい部長あたりで退職を迎える人もさして変わるまい。

そこそこネームバリューのある冠のついた会社だから、部長をやっていましたと言ったらそれなりの仕事につけるかと言ったらそんなことはほとんどない。なぜなら大企業ほど出世するのはゼネラリストであって専門性をほとんどもたない人だからである。

今はそういう人を狙った詐欺まがいの求人がちょこちょこ出ている。引っかからないためには自分が持っているスキルをきっちり棚卸ししておいたほうがいいし、できれば在職中にスペシャリストとしてのスキルを磨いておいたほうがいい。

やたらと転職を繰り返すのはどうかと思うけれど、あまり長いことひとつの会社にいることもリスクとなる。そういう時代である。会社は退職後の面倒などみてくれないのだ。

大手と言われる会社で「偉くなる」と新しいことを学ぶ暇がなくなる。それはあとの自分を苦しめる。苦い薬だがそういうものである。

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