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多世代交流プロジェクト 及川敏恵インタビュー

こんにちは。NextCommonsLab(以下NCL)遠野の富川です。このブログでは、毎度NCL遠野の活動をレポートしています。
すこし間が空いてしまいましたがラボメンバーのインタビューのコーナーです。今回は「多世代交流プロジェクト」に参画している、及川敏恵さん(岩手出身)を紹介します。

高校卒業後に東京へ上京し、青年海外協力隊の活動を経て、かねてより希望していた故郷・岩手も戻ってきた及川さん。なぜNCLに応募したのか、これまでどんな取り組みをしてきたのか、お話を伺いました。


●NCLに参加する前は何をしていましたか?
東日本大震災の後に仙台で創業された、建設コンサルタントに勤務していました。職場では、調査や行政対応、また海外展開の為の資料作成など総務的な仕事をしていました。その前は、東京でJICAの青年海外協力隊事務局(以下JOCV事務局)に勤務していました。
ちなみに学生時代は報道写真を学んでいました。


●ご自身も青年海外協力隊として海外に行かれていたんですよね?
はい、中米のグアテマラで2年半、シャーガス病という風土病に関わる活動をしていました。派遣前もJOCV事務局にお世話になっていたのですが、働いている中で様々な経験を持つ方々と接する機会多く、自分も実際の現場に行きたいと感じ、グアテマラでの活動に参加しました。


●現地ではどんな活動をされていましたか?
グアテマラ人の同僚達と集落をまわり、調査やデータ整備、病気の予防啓発をしていました。対象集落は山間部にあり、車では行けない地域もあったので、目的地に辿り着くために山中を延々と歩くこともありました。体力的には大変でしたが、歩く中でその土地に暮らす人々や風土も知ることができたし、思いがけない美しい景色に出会えることもありました。異文化の中で生活することは、自分の価値観が根本的にひっくり返されることも多々ありましたが、その日々から様々な視点を得る事ができました。


●帰国してからは何をされていたのですか?
帰国後は再びJOCV事務局に勤務していました。いずれは故郷の東北へ戻ることを考えていたため、委嘱期間が終わるタイミングで長く暮らした東京から仙台へ居住を移しました。


●仙台の会社で働いているときにNCLを知ったと思うのですが、NCLに応募しようと思った理由は何ですか?
遠野には何度か訪れており、その過程で土地の文化や人に惹かれたというのが理由です。また、私の場合は地元の岩手県だったというのも大きいです。これまで外に向いていた視点を内に向けて、今一度自分の生まれた国や地域、ルーツを深く見つめたかったという個人的な思いもありました。とはいっても、環境が変わるわけなので、やはり応募に至るまではけっこう考えました。最終的に遠野へ来ることができたのは、考えを理解し背中を押してくださった方がいたことと、それから、ザシキワラシが縁を運んでくれたからですかね。


●2017年1月からNCLに参画されていますが、現在の活動内容を教えてください。
私のプロジェクトは限界集落がテーマで、遠野市内の米通(こめどおり)という7世帯19人の山間の集落を中心として活動しています。ここは以前から、地域の方達が様々な取り組みをされており、今はそれらの活動をサポートする形で入らせていただいています。具体的には、企業や公的機関の研修受入れ等、外部との窓口として対応しています。

また、もう一方の取り組みとして「記録」があります。年長者や高齢者の方々にお話を伺いながら、少しずつ聞き書きや撮影を始めているところです。米通の方々と話をしたり、一緒に作業をしていると、至る所でハッとさせられることがあります。例えば、自然の見方、山や天気の見方、作業の手つき、そういうものを見ていると、いかに私達が、自分の感覚を外側の便利なものに預けてしまっているかを感じます。もちろん、近代技術の進歩やテクノロジーの恩恵を全て否定するわけではありませんが。

また、一人一人が人生の物語を持っており、その言葉の中からとても深いものに触れられる瞬間があります。生きることの光も影も内包した豊かで深い人間らしい文化、人々築いてきた目に見えない資産というものをまざまざと見せられます。それは一見表に見えるものではないのですが、その個々の営みが地域というものをつくってきたことを感じています。

限界集落といわれる米通集落の様々な取り組みは、「生きた証を残す」という思いから始まったと聞いています。この活動がその思いの一助になれたらと思っています。また、私は民話にも関心を持っているのですが、その採訪活動もしていきたいと考えています。


そんなこともあり、同じくNCL遠野のメンバーとして活動している富川岳さんらが「To Know」(https://www.facebook.com/toknowtono/) というプロジェクトを始める際に、一緒にやろうと声を掛けてくれて、私もメンバーとして一緒に活動しています。今年度からの法人化を目指して、役割分担をしながら体制を整えているところです。


●そんな及川さんが印象に残っていることは?
昔話の語り手をしていた80代の女性から聞いたお話です。
この方は、小さい頃おばあちゃんから語ってもらった、たくさんの昔話を覚えているそうです。でも、あまりにたくさんあるものだから、久しぶりに語る話は思い出すのに時間がかかってしまう。「だけどね、そんな時になるとね、おばあちゃんが私のところへ来てね、ポンって背中を押してくれるような時があるんですよ。そうすると不思議なことにするするとお話がでてくるのよ。」と話をしてくれました。それを聞かせてもらったとき、口伝という物語る文化の中で、おばあちゃんがその方の中に生き続けているように感じました。形がなくなったとしても、その文化の種が誰かやどこかに宿ることができたら、それはずっと生き続けるのだと感じた経験でした。


●及川さんは、土地に続いてきたものを汲み取ったり、つないだりすることに関心があるのだろうと感じますが、それはどこから来ているのでしょうか?
私の場合は、要所要所で出会ってきた大先輩方が、そのような視点を持つことを教えてくださったからだと思います。学生時代の先生だったり、民話を教えてくださっている方々だったりします。

●NCL遠野で1年活動してみてどうですか?
実際に参画する前と後では、ギャップのようなものは少なからずありました。
でもそれはどんな場においてもある程度起こることで、むしろそういうギャップや葛藤があるからこそ、対話が生まれて新しいことに繋がったり、個々においては自分自身と向き合うことができる機会になると感じています。ひとつの答えが出た後は、また次の問いが生まれるわけですが、それを繰り返しながら物事はつくり上げられていくのでしょうね。でも、時には力をゆるめて、身を任せてみたりすることも大切だと思います。
「人生を行進しながら進むより、踊るほうがよいと思います」というオノ・ヨーコさんの言葉が好きなんですが、そういう軽やかな気持ちは常に心に持っていたいです。


●これからやりたいことはなんですか?
米通集落では今春から発酵プロジェクトと連携して、どぶろく用のお米をつくる予定ですので、引き続き米通の方々をサポートしていきたいです。
それから、色々な集落を訪れ、多くの物語を聞かせていただくことができたらと考えています。記録やアーカイブで終わるのではなく、それを形にし共有する場を持ちたいです。その場の中で、地域のこと、文化や歴史のこと、暮らしのこと、そして未来のことを様々な人と一緒に考えていけたらと思います。仙台市などでは、震災後からこのようなコミュニティーアーカイブの活動が自治体と市民や専門家、アーティストの方々が協働して取り組まれています。事例なども勉強させていただきながら、東北の横の繫がりもつくっていくことができたらと思っています。

●NCL遠野のメンバーとコラボレーションするメリットは?
活動の面でもメンバーの存在は大きいですが、プライベートでも、事務局スタッフの室井さんやレナータさんにはご家族も含めてお世話になっています。感覚的に、友達や同僚という関係ともちょっと違うんですけど、それぞれのお宅は、程よい距離感で心地よい場所です。そういうサードプレイス的な場所があることは「暮らす」という上でも支えになります。それは、メンバーに限らずいつもお世話になっている米通の方々、事業パートナーにもいえることです。


●NCLがもっとこうなったらいいと思うポイントは?
「馬鹿になることは力がいるのよ。賢くなるより力がいるのよ。」と、とある80代の方から名言をいただいたので、良い意味で、賢さを脱ぎ捨ててそれぞれらしくやっていけたらなと思います。

●NCL遠野は、地域おこし協力隊制度を活用してラボメンバーが着任しています。活動期間のひとつの目安として協力隊任期の3年が挙げられますが、その期間が終わった後の予定は考えていますか?
1年目は既存の活動をさせていただきながら、土地を知ること人の声を聞くことに注力した期間でした。限界集落という切り口の多いテーマの中、何が必要とされ、実際何ができるのかを理解する、土台を築く上でとても大切な期間でした。2年目は具体的な形にしていくことが求められますが、人との縁を大事にしながら地道に日々のことを積み重ねていくことが大切だと思っています。遠野を知るには3年では足りないと感じているので、長く関わりたいと思っています。


●最後にNCLを目指そうとする方にメッセージをお願いします。
NCLと一言にいっても、関わる人や、その地域によっても形は変化すると思います。言葉で定義することはとても大事ではありますが、こぼれ落ちていくものもあると思います。なので、関心のある方は現場に来て自分自身で感じていただくのがいいのではないでしょうか。いつでも遠野でお待ちしています。


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