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遠野ローカルベンチャー事業活動報告会【第1回】

振り返れば、我々はいつも何かに縛られて生きている。
それは血縁だったり、地縁だったり、常識という目に見えない鎖だったり。だが、もはやこれまでの仕組みでは解決できない問題が、今の社会には溢れ出している。人口減少、少子高齢化、過労死、格差問題…。そんな悩み多き時代に新たな答えを模索する試みにチャレンジしているのが、「Next Commons Lab」(以下NCL)である。

2016年、岩手県遠野市で「遠野ローカルベンチャー事業」がスタートした。
これは、全国から起業家を迎え入れ、遠野の資源を活用して新たな事業を起こすプロジェクト。採用された起業家たちは、既存の地域おこし協力隊制度を活用し、所得補償を受けながら起業を目指すというものだ。しかしこれは、いわゆる移住・定住や地域活性化がゴールではない。起業を通じて自ら人生を切り拓いていく場を地方に作り、従来の枠にとらわれない新たなコミュニティの形成によって、様々な地域課題を解決していくことをゴールに据えている。つまり、地方から「新しい社会の仕組み」を作っていこうという実験なのだ。
このプロジェクトの中心を担うのが、NCLというプラットフォームだ。NCLは遠野市と連携して立ち上げた「遠野ローカルベンチャー事業」を推進する事務局として、様々なプロジェクトのコーディネートや起業家メンバーのサポート、地域との関係づくりなどを行ってきた。
そして、2019年夏。事業の開始から3年を迎える節目に、NCLや起業家メンバーたちの遠野での活動や成果を発表する報告会が開催された。[第1回]では、NCLに焦点を当て、この3年間の活動を振り返ってみたい。

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NCLの機能は、大きく3つに分けられる。
1つ目は、インフラの整備である。現在NCLの拠点は全国に広がっているが、それらを自由に行き来しながら、各地で仕事を生み出せるような環境を整えるという目的がある。NCLが遠野で最初に行ったのは、移住してきたメンバーを支援する拠点を作ること。市内の空き家をシェアハウスにし、引越しや新たな人間関係の構築など、移住で多くの変化に直面するメンバーが安心して暮らしをスタートでき、メンバー同士でコミュニケーションをはかれる住居を用意した。

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そして、一日市商店街の空き物件をリノベーションして作った「Commons Space」は、メンバーの作業や会議、イベントの開催場所として活用しているほか、ローカルベンチャー事業の情報発信や視察者を受け入れる窓口としても機能している。
加えて、次世代公民館という位置付けで「小上がりと裏庭と道具U」を作ったことも、大きな成果と言えるだろう。この場所ができたことで、遠野市内の小・中学生や高校生、子育て世代が集うようになり、地域との新たな関わりを育むことができたという。

2つ目は、起業家育成を行うインキュベーションだ。この先、働き方がもっと自由になっていくことが予想されるが、重要になるのが個人の能力を開発して新たな価値や仕事を生み出していくことができる環境づくり。NCLは、ローカルベンチャー事業に参画する人材募集はもちろんのこと、起業を目指すメンバーの能力開発や事業創出のきっかけを作るため、月1、2回の定例ミーティングや外部講師による起業研修、遠野市内の事業を学ぶ事業者訪問など、多彩な研修プログラムを実施している。

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一方で、ビジネス以外のサポートを行うのも、NCLの大事な役割だ。移住によって生じる精神面や生活面での影響についても、きめ細かにフォロー。メンバーと定期面談を行い、プロジェクトの進捗状況の確認をはじめ、生活の変化によって困っていることや心理的なストレスに対しても丁寧なケアを行っている。
そのほかにも、低コスト住宅「バンパコ」の制作や小友ようかんの試作の手伝い、ブルワリーの店舗の運営補助など、メンバーの活動における人的なバックアップや、地域おこし協力隊制度の活用に伴う事務処理などを全般にわたってサポートを行った。

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3つ目は、人と人とのマッチングを促すコミュニケーション機能。メンバー同士が交流する機会を定期的にセッティングし、お互いのプロジェクトの情報交換や連携を促した。メンバー間だけでなく、地域の人々との交流にも及び、NCLが中心となって、遠野市内の様々な地区の人々を、メンバーに紹介。例えばリンゴ農家を紹介することで、遠野醸造が遠野産リンゴのシードルを開発するなど、地域と人、人と人を繋ぐ役割を果たしている。プロジェクト以外でも、NCLに関心を持ちインターンシップを希望する県外学生をメンバーに紹介したり、メンバーが地域行事や伝統芸能に参加して地域の人々と交流するなど、新たな繋がりも生まれている。
また、遠野を皮切りに全国に広がったNCL拠点のコーディネーター同士がノウハウを共有したり、各拠点のメンバーが集い、互いに学び合うカンファレンスを開催するなど、拡大するネットワークを活用できることも重要な機能である。

写真_20180830_NCL NET_NCL NET_加賀カンファレンス集合写真

このように様々な活動を通して、起業家育成や地域コミュニティの醸成を行ってきたNCLだが、全て順調に運んできたわけではない。そもそも、見知らぬ土地で生業を作るというのは、人生の大きな転機。仕事、住まい、人間関係、生活環境、気候など、メンバーたちは多くの変化に直面しなければならないのだ。
まず、課題となったのが住まいである。空き家はあっても住める状態にないことが多く、生活インフラを整えるためには改修に多大な費用がかかるという問題があった。
また、このプロジェクトには期限があるため、メンバーの前には「3年」というプレッシャーが大きく立ちはだかる。遠野での暮らしに馴染み、地域の人々との信頼関係を構築するまで時間がかかる上に、3年で成果を出さなければならない重圧や焦りに、精神的に追い詰められることも少なくない。そして、常に周りから見られていること、注目されていることのプレッシャーもあった。遠野に縁もゆかりもないメンバーが10数名もやってきたのだから無理もないのだが、当初は彼らの活動が理解できない人もいただろうし、打ち解けるまでの紆余曲折もあったに違いない。
そんな中で、互いに歩み寄り、理解しようとすることは、とても大切だ。新しいことにチャレンジするのだから、もちろん失敗もするし、うまく物事を運べないことも多い。じれったいと思いつつも、長い目で見守り、応援するという姿勢が、受け入れる側にも必要ではないだろうか。それはNCLのメンバーに限らず、どんな移住者でも同じであるし、地域の人自身にも言えることだから。

3年前、遠野で始まったNCLの活動は、現在、奈良県の奥大和地域、石川県の加賀市、宮城県の南三陸町など、全国12拠点に広がっている。遠野には遠野のNCLがあるように、その地域独自のNCLが各地に生まれ、新たなネットワークが生まれつつある。
しかし一方で、人口は減り続け、山積みされた社会課題は、賑わいの創出や地域活性化の施策だけでは解決することはできない。だからこそ、「地方から新たな社会の仕組みをつくる」というNCLの挑戦は、ますます現実味を帯びてきている。

これから、NCLが取り組んでいくのは、一人ひとりが「自分ごと」として主体的に地域づくりに関わり、世代や地縁・血縁、個人の背景を超えて、相互に支え合うことのできるコミュニティをつくっていくことだ。
一つには、ローカルベンチャー事業で実践してきた「起業家的な生き方」の支援を続けていくことである。「起業家的な生き方」とは、正解のない世界で自分なりの答えを探し続ける姿勢であり、人生を自由に選択し、失敗を恐れずに挑戦する生き方のこと。その入り口として、遠野の誰もが未来を自分で切り拓いていける力を身につけるために「つくる大学」を開講し、様々な知識や技術を学び、挑戦できる機会を提供している。また、子どもからお年寄りまで、多様な人々が集える居場所「次世代公民館U」を作ることで、コミュニティの輪を広げ、それぞれの生き方をサポートしていくことに取り組んでいる。

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もう一つは、関係人口を増やすことで、地域に必要な役割の担い手を増やしていくこと。12拠点あるNCLのネットワークを活用して、遠野のプロダクトを別の拠点で展開するなど、地域をまたいで新たなプロジェクトを生み出したり、拠点同士の連携を広げるなど、それぞれの地域に関わる人を相互に増やしていくことが、後々定住につながっていくこともあり得るだろう。拠点を自由に行き来できるようになれば、働き方や暮らし方はもっと自由になり、ビジネスチャンスもさらに広げることができるのだ。

そしてもう一つは、行政と連携した新たな自治コミュニティを作ること。かつての地縁・血縁でも行政サービスでも解決できなくなっている困りごとを、マイクロワークという小さな仕事のやり取りを通じ、住民同士が相互に助け合って解決していく仕組みを作っていく。そのために自分たちで出資・参画する協同組合を設立し、自分たちの意思で方向性や手段を決め、自分たちで運営する新たな自治コミュニティのあり方を模索していこうと考えているのだ。

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NCLが目指す未来は、誰もが自由に生き方や働き方を選択でき、誰もが自分らしく活躍できる社会。場所に縛られず、関係性に縛られず、固定概念に縛られず。新たな選択肢を持つことで、我々は自分自身を解放し、もっと生きやすい世の中を作っていくことができるのかもしれない。

→第2回に続く
https://www.facebook.com/ncltono/


Text by

 Richiko  Sato



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