見出し画像

最果ての星

ゆっくり用事を済ませるはずが、思いのほか早くに終わってしまった。
仕事は午後からにしたのでまだ時間がある。
さて、どうしようか。


あてもなくリサイクルショップに立ち寄ってみる。
ふと目に入ったのはポラロイドカメラ。プラスチックタイプ。まさかここで出会うとは。
見た感じ状態は良さげ。しかし動作未確認。長いこと動かしてないらしい。生きてるかジャンクかの二者択一。ちなみにフィルムは2700円也。
以前にカメラ屋さんの店員に言われた

「このポラロイドカメラを分解することは、完成したガンプラをばらすことと一緒」

という一言が脳裏を幾度となく過ぎる。手に取っては戻し、腕を組み唸る。
20分ほど悩みに悩んだ末、来週も残ってたら買うことに決めた。残ってなかったら最初からそういう縁だったと、そう決めて店を出た。
また会えたなら、その時はよろしく。


まだ微妙に時間が余っている。
図書館に行こうと思い立った時には既に足は向かっていた。
仕事が休みか終わってからでないと行けない図書館。
太陽が真上にあるこの時間に行くのはなんだか少し背徳的に思えた。学校を休んで昼間からテレビを見てるあの感覚。

図書館は山の上にある。ひたすら坂を登り続ける。
ポケットの中のiPodからはっぴいえんどの『風来坊』。

ふらり ふら ふら 風来坊 風来坊

歌になぞらえて道を歩く。冷たい風が鼻先を冷やす。
気づけば街はやや眼下に広がっていた。

図書館の一番奥の薄暗い書架。
じっくりと吟味して本を選ぶ。
好きな作家の本、SNSで知って気になってた本、友達がオススメしてた本。
知らず知らずのうちに片腕がずっしり重くなるほど抱えていた。
来週の終わりには寒波がやって来るらしい、とニュースで言っていた。街は雪に閉ざされてしまうかもしれない。
その間にこれらを穴が開くほど読んで新しい年の始まりを静かに待つことにしよう。


図書館にいると時間という存在を忘れる。
気にかけてはいたけど、夢中になりすぎて出勤時間まで結構ギリギリのところまで来てしまっていた。
思いつきで行ったから袋にも何にも入れてない本を何冊も抱えながら、早足で坂を下る。
あれ、今のこの姿、なんだかこの間読んだ小説の描写に出てきそう。絵になりそう。
側から見ればそんな妄想は痛いかもしれないが、なんせわたしだけの世界。
これからしゃがみ込みたくなる現実を生きる代わりに少しくらい好きにさせて。
そこに飛び込むまで、あと15分。


外はすっかり真っ暗になっていた。
電車に乗り込むと学生の姿がまばらなことに気づく。
あぁ、もう終業式なのか。
ドアが開いて部活帰りと思わしき、わたしの母校の制服を着た生徒が電車に乗り込んでくる。
授業が終わり飛び出すように学校を出て、ギターを背負って電車に揺られるあの頃の自分はもう遠くに行ってしまったのだとちょっと切なくなった。

子供ではないけれど、大人になりきれていない。
お酒は飲めるけれど、美味しいとはあまり思えない。
せいぜい最近ブラックコーヒーが美味しいと思えるようになったくらい。
自分の現在地はGPSでは確認できない。
きっと無地のマップの中心で、一定のリズムで光っているだけの、そんな今の現在地。


太陽系の最果ての星が発見されたらしい。
なんでも、太陽からの距離は地球と太陽の距離間の100倍以上で、太陽の周りを1000年以上かけて公転するという。
もちろんここからじゃ肉眼では見えない。
すなわちその星からしたら地球だって肉眼で見えないし、最果ての星だろうと思った。
光を投げたら、届くのにどれくらいかかるだろう。届く前に消えてしまうのだろうか。
放ったら最後、その行き先を見届けることしかできない。けれど届けずにはいられない。


誰に届くかもわからない、誰にも届かないかもしれないこの文を、最果ての星の小さな部屋で今日も綴っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?