東大「転学部」体験記―進振りが最後のチャンスではない

はじめに

こんにちは。
私は202X年に東大を卒業し、現在民間企業で働いています。
年末年始に色々と自分の来し方を振り返って、ふと自分の大学時代のことを文字に残したい、と考えて執筆しています。

他の東大生同様、私も進路選択の際には強く頭を悩ませたのですが、マジョリティと異なるのは「転学部」なるものを経験していることです。
この制度については在学中や卒業後に東大生・東大出身者に話しても「そんなことできるの??」という反応が多く、意外と知られていないものなんだなと感じています。
何しろ東大というのは「進振り(今は進学選択)」という、3年生に進級する際に学部が決定する仕組みがクローズアップされがちなため、その後の進路変更である転学部は完全に影の存在になっているようです。

今回は実際にその転学部を経験した私の体験談を公開して、これがどんな制度なのか皆様にお伝えできたらと思います。
主な読者としては下記のような方々をターゲットとしています。

  • 進学選択で進んだ学部がイマイチ合わず、モヤモヤした日々を送っている

  • 進学選択前だが、一度学部を決めてしまうとその後の進路も決まってしまうような気がしており、シフトする方法があるのであれば知りたい

  • 東大受験生で、東大における進路選択・変更にはどのような制度があるのか知りたい

※この記事は201X年に転学部を経験した私の体験談に基づいています。現在は制度変更がなされている可能性もありますので、正確な内容を知りたい場合は大学当局にお問い合わせください。

筆者のプロフィール

進学選択前まで

201X年 法学部に進学 同年、転学部を決意
  翌年 文学部某学科へ転学部

簡単ですが私の転学部前後のプロフィールは上記のようなものになります。

高校生の頃から私は文学部の学問全般に興味があり、その中でも今回最終的に転学部を果たした学科の学問には特に関心を持っていました。

しかし東大入学後、改めて卒業後の進路等々について考えたとき、職業として最も興味が持てるのは官僚(国家公務員)である、と考えるようになりました。
一企業の利益に貢献することや、学問を追究することよりも、マクロな視点から国家のグランドデザインを描いていくことに魅力を感じたのです。

学問分野としての興味においては依然として文学部がトップではありましたが、趣味でも勉強できるし、(卒業後に就職することは決めていたので)約2年間の専攻よりもその後40年続く職業における関心の方を重要視しよう、と考えていました。

さらに下卑たことを書くと、私は入学前後から「ステータスと興味」という二軸で病的ともいえる葛藤を抱えており(このあたりは機会があれば別記事で書こうと思います)、文系において最も高いステータスを誇る「東大法学部」に魅力を感じていた、というのは全く否定できないところです。

上記のような経緯があり、進学選択時には何の迷いもなく、法学部を選択しました。
官僚になるにあたって司法試験に合格しておくと評価される、という話も聞いていたので、前期教養課程での2年生が始まる頃には某司法試験予備校に通いダブルスクールをしていました。完全に典型的な東大法学部生の生活です。

法学部進学後の挫折

希望する進路の実現に向け、意気揚々と乗り込んだ法学部でしたが、そこで私は人生初めてともいえる挫折を経験します。

とにかく法律に興味が持てない、理解もできないのです。
これは高校時代に直感で感じていたことの通りで、社会を規制・統制するルールについてひたすら学び続けることに対してどうしても関心を持つことができませんでした。
法の根底に流れる思想や、各条文の趣旨・解釈について様々な学説を学んでいくのですが、失礼ながら「で?」と思ってしまう、というのが本心でした。
また、興味が持てないだけならまだしも、理解もできないので全く身になりません。日常生活において使わないような用語・文法のオンパレードで、「あえて理解できないような言い回しをしているのか?」とイライラする気持ちも溜まっていきました。笑 理解ができないものを読み解き、苦労して概要を把握したとしても、上記の「で?」感が自分の中に充満して何のプラス感情も抱くことはできませんでした。

私は完全に骨抜きにされ、授業や教材の内容は頭がそれを受け入れることを拒むようになりました。(法律アレルギー)
授業に出ても105分間何も考えず座っているだけなので苦痛になり、キャンパスを夢遊病者のようにほっつき歩く日々が続きました。
前期課程では優と優上で埋め尽くされ、良を取ると悔しがりの対象になるような自分の成績表でしたが、後期課程では可で埋め尽くされました。

法学部には法律系のコース以外にも、政治コース(第3類)という道もあるのですが、やはり興味を持つことはできませんでした。
学問的に関心が無かったのもそうですが、もはやこの時には法学部という存在そのものにアレルギーを感じてしまっていたように思います。

その時私は、高校時代から興味を持っていた文学部に行くことを思いつきます。
そして過去何かを読んで(学部の便覧だったか、時代錯誤社の「恒河沙」だったかと思います)認知していた「転学部」という制度について思い至り、アクションを開始することになりました。

転学部のためのアクション

必要な要件

東京大学学部通則第10条に、転学部についての規則が設けられています。

第10条 次の各号の1に該当する者は、各学部規則に特別の定めがある場合に限り、選考のうえ、後期課程への入学又は転学部若しくは転学科若しくは転課程を認めることができる。
(中略)
(4) 本学後期課程の学生で、転学部、転学科又は転課程を志願するもの

東京大学学部通則

つまり、各学部の規則に「転学部を受け入れる」という記述がある場合において、全学としては転学部を認めている、ということです。

その上で必要な条件ですが、私の時は下記の4点だったと記憶しています。(学部規則に書かれているものといないものがあり、これが全てではない可能性があります。また、学部によって異なる可能性もあります)

  1. 転学部先の学部・学科に受け入れキャパシティがあること

  2. 在籍学部における在学年数が2年を超過していないこと。また、4年を超えて休学していないこと

  3. 前期教養課程での平均点が、転学部先の学部・学科の底点を上回っていること

  4. 転学部先の教員との面接を通過し、教授会にて承認されること

補足します。
1について、例えば少人数制の学部学科で、その年の定員が充足している時は、例え学部規則に転学部受け入れの旨が明記されていたとしても、断られてしまうことがあります。
2について、「今の学部で留年しちゃって卒業できる気がしない…転学部で楽な学部に移りたい」と思ったとしても、基本的には移ることが難しいということです。留年するほど追いつめられる前にアクションを取ることが重要です。
3について、「進学選択で点数が足りなかった第一志望に再チャレンジしたい」という場合も、残念ながら受け入れが難しい可能性が高いということです。あくまで、点数ではなく興味関心等の理由で進路変更を希望する学生に向けた制度といえるでしょう。

転学部までの流れ

1.転学部先の事務局(教務課)への問い合わせ
まずは転学部をそもそも受け入れているのか、受け入れている場合はどのような手続きを経る必要があるのかを確認するために事務局へ問い合わせを行いましょう。
私の場合は後期教養学部と文学部に関心があったので問い合わせを行い、前者についてはほぼ受け入れが難しいだろうという回答を得ました。後者については具体的な流れを親切に教えていただきました。

2.転学部先の主任教員への問い合わせ
これは必須ではないと思いますが、私は1と並行して行いました。
例えば後期教養学部の場合、最終的に転学部受け入れが可能かどうかは事務局ではなく教員のみが把握しているという感じだったので、主任教員にもメールで問い合わせを行いました。
その他、文学部の関心があるいくつかの学科の主任教員にも、念のため受け入れを行っているか確認をしました。

3.願書の作成など必要な手続き実施
問い合わせや内省を経て転学部先を決したら、いよいよ実際の手続きに入ります。
確か受験の時と似たような願書を作成して提出をした記憶があります。

4.転学部先の教員との面接
就職活動のように、面接によって転学部の思いを伝えます。
私の場合は、実は法学部時代から転学部先のゼミを取っており、主任教員と顔見知りになっていたので、面接というよりは和やかな面談の形で進行しました。
一応、志望動機や従事したい研究などの想定問答集を作って臨んだのですが、ほとんど使わなかった記憶があります。

5.在籍学部の教員との面接
これは実施する学部としない学部があるかもしれません。
私の場合は当時の法学部長と面接を実施しました。
事務局の人に「形式的なものなので…」と言われて安心しながら臨んだのですが、転学部先の面接より遥かに厳格な雰囲気で行われ、「あなたがやりたいことは法学部でも出来るよね?」と詰め口調で問われました。笑
民間企業の面接であれば、圧迫面接とは言わないまでもSNSに投稿されるネタになりそうなぐらいのレベルではあったように思います。
その当時から東大生の法学部離れが課題になっていたので、法学部長としても焦りを感じていたのかもしれません。
ただ、ほとんどの法学部生が顔を合わせることもない法学部長というお偉い存在と、唯一法学部を辞める人間がガッツリ面接で話すことができるというのも面白いなと思った記憶があります。

6.晴れて転学部
全ての手続きが終わり、転学部が認められたあなた。第二の進路の始まりです、おめでとうございます。
もちろん在籍学部にいながらも転学部先の講義を全振りで履修するということは可能だと思いますので、卒業を見据えて履修を組みましょう。
なお文学部の場合、原則は3年生からのスタートになるようですが、前の学部で取得した単位の状況によっては4年生からのスタートも可能です。
私は法学部在籍中から文学部の単位も多く取っていたので、4年生からスタートすることができました。
転学部を見据えて早めに動くことができれば、「進学選択・転学部とコロコロ進路を変えたが、4年間のストレートで卒業できた」という、他大学ではなかなか難しそうなことも十分実現可能です。

おわりに

以上、普通の学生生活を送っていたらなかなか触れることが無いであろう「転学部」について、一人の体験談を記載させていただきました。

他の方のnoteにも書かれていましたが、激しい競争を勝ち抜いてきた東大生は特に「優秀だと思われる進路を選ばなければならない」「点数が高いのにわざわざ最低点/底点が低い学部・科類に行くなんてもったいない」という意識に囚われがちだと思っています。
その意識が高い競争意欲を生み出し、圧倒的な成果につながるということもあると思うので、一概に悪いこととはいえないでしょう。

ただ月並みにはなりますが、興味や適性の無い勉強を続けることにはかなりの苦痛を伴います。
私は法学部で苦しんでいた時、「社会に殺される」という感覚を抱いていました(被害妄想的だと思われるかもしれませんが)。
社会が称賛してよしとする進路を選んでいったとしても、それが自分自身の興味適性にフィットしているかどうかは完全に別問題だと思います。
両者がミスマッチして自分自身が苦しむことになったとしても、称賛をしていた人たちが責任を取ってくれることは全くありません。良くも悪くも、自分自身で責任を取るしかありません。

転学部に向けて動いていた時、私は就職先としてまだ興味のあった官庁のインターンシップに参加し、率直に転学部を考えているということを職員さんにぶつけたところ、「官庁に来るなら、法学部に残った方が良いと思う」と助言をいただきました。また友人たちにも多く相談をしましたが、7,8割の人には法学部への残留を薦められました。
もちろん彼らには全く悪気などなく、私の立場になった時に彼らがするであろう行動を親身にアドバイスしてくれたのだと思います。むしろ感謝すべきことです。

しかし、バックグラウンドや価値観の全く異なる人たちや、彼らによって形成される社会が、自分自身の考えとマッチする保証はどこにも無いのです。
東大生の場合、多くの方はそれらがマッチしてきたために、初めてレールを外れるような時は強い恐怖心と不安感を伴うと思います。
その時に、やはり社会の目線を優先して選ぶのか、自分の価値観を優先して選ぶのか、どちらが正解かは誰にも断言できないと思います。(多くの場合は後者が正解だといわれますが)
ただ、「自分は自分自身と社会のどちらを優先する生き方がしたいのだろう」と問いかけることはできます。そして多くの場合、幸福度が高まるのは前者なのではないかと思います。

最後、抽象的で取り留めのない文章になってしまいましたが、進路に悩む皆様が悔いのない決断をされることを祈っています。
ご質問等があればいつでもコメントくださいませ。

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