無口な店員とジャズと秋葉原

あちらこちらに、過度な装飾を施された看板たちが気だるそうに仕事を続ける中、僕は一人区画整備されているようで整備されていない、発展しているようで過去の風情を消しきれない街を、雪の上を歩くような歩調でカフェに向かっていた。

ビルの1階、2階はアニメフィギュアの専門店。その3階にこのカフェはある。カフェに続く階段には、各国から来た観光客の言語が響き渡り、踊り場には大量のアニメポスター。

僕には何のアニメのどんなキャラクターかはわからないけれど、世界中からこうも多国籍な人たちがこの地に来るというのは「クールジャパン」とか言っているものに含まれるのだろうか、東京五輪の開会式はアニメ一色で良いのではないか。なんてことを考えては、階段を数十段あがったところでその妄想は雪のように溶け去る。

入り口は黒塗りの重い鉄扉。扉を開けると奥に向けて細長いカウンターと、窓際にソファー席。LEDに対抗するかのような裸電球。フィラメントが暖かい光を灯している。

天井から流れるのはコントラバス・ピアノ・エレキギターで演奏される名も知らないジャズ。ここだけ時間が足踏みしている。

喫煙OKなだけで好きになってしまうのに、この空間には心をほぐす作用があるようだ。

店主が目も合わせず指だけで僕の座る位置を指定し、文句もなくそこに腰を掛ける。3代目となるiQOSをテーブルに出し、僕がこの空間に馴染んだ頃、無言で2冊のメニューを差し出す。その後、店主はカウンター奥の折りたたみの椅子へ腰掛け、一つ嘆息する。

いつだって注文するのはアイスコーヒー。ここに来るまで何杯も飲んだじゃないか、という日だってアイスコーヒーだった。それなのに、今日はじっくりとメニューを眺め、アイスティを注文した。

流石に今日はカフェインを摂取しすぎたのでは、と細やかな自分への気遣いだった。

しかし、いつまで待っても肝心の「アイスティ」が出てこない。まあ、このカフェの時間はゆっくりだから、別に良いや。と思ったものの流石に遅い。どうなっているのか?

さり気なく目を店主に移すと、茶葉から紅茶を抽出していた。真剣な表情で、丁寧に、じっくりと。そうだ、この店主はたとえコーヒーだろうがアイスティだろうが「手を抜かないのだ」。

そして僕の目の前にはようやくアイスティが届いた。

そして店主はまたカウンター奥の折りたたみの椅子に腰掛けた。とても気だるそうに、一言も発せず、しかし「自分の仕事はしっかりとやった」というちょっとの達成感を纏って。

そのアイスティを飲みながら、僕は窓から見えるこの街の景色と、ジャズの音色に身を委ねる。僕も今日を生きるという大きな仕事を遣り終えようとしていたから。


サポート頂いたお金は、書籍購入代などにあてさせていただきます(`・ω・´)ゞ