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『贈られた言葉』でまた一歩踏み出す

休職期間というのは、とても孤独だ。3度目だし、休職については『ベテラン』だから上手く休める。というわけではない。

一気に社会から隔絶されたような感覚に陥り、思考も内向的になる。目に映る景色から彩りが失われ、耳が捉える音は自分を素通りし、身体はコンクリートのように重い。少しでも外に出なきゃ、という思いとは裏腹に、ソファから動ける気配もなく、碇のように家に引きこもる日々が続いた。『死にたい』なんて何度思ったか数えきれない。

そんな中で自分の器を再構築していく勇気をもらった言葉を今回は紹介したい。

【参考記事】僕の自己紹介インタビュー

【参考記事】以下はその時に記述したnote。興味がある方は一読ください。

そんな日々の中でも、食器洗いや洗濯、家族との交流を通して、徐々に自分の器の再構築に目処がたち、復職を決めた。

【参考】以下はその時に記述したnote。興味がある方は一読ください。

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僕は2ヶ月間、持病のうつ病が悪化した影響で休職をしていた。心の器が悲鳴を上げ、無残にも砕け散ってしまった。人生において会社を休職するのは3度目だ。(cotreeでは1度目)。

休職期間、語り尽くせないほど心が、怒り、憎しみ、嫉妬、後悔、不安、恐怖、自責で侵され、苦悩し続けた。流石に、3度目の休職となると『組織で働くことが向いてないんじゃないか』『いや、それ以前に働くことが無理なんじゃないか』。心そのものが持っている回復力に対して、自分自身は失望していたし、信じることが難しかった。

1.『あなたは善い人間だから、もっと自分も他人も信じてみたら良いんじゃない?』(妻より)

そんな時、GWに妻の実家へ向かう新幹線の中で妻からこんな一言をかけられた。詳細はこうだ。

あなははきっと相手の身になって、話を聞いて、人と誠実に向き合おうとする。私に対してもそう。その分、自分をないがしろにしてしまう傾向が強いから、傷つきやすく、疲れちゃうんだと思うの。でもね、貴方、インターンの子からお手紙貰ってたじゃない。あそこには『貴方と出会えてよかった。私の光になった(要約している)』と書かれていたわよね?それってとてもすごいことで、そんなこと思われたりする大人や同僚は、私の会社には居ないのよ。凄いことしているってちゃんと自覚している?それって人を目に見えづらいことかもしれないけど、人を育てたってことなの。自覚していないなら、それはもったいないんじゃないかな。
私が言うのもなんだけど、あなたは『善い人間』よ。ただ、幼少期の親子関係が心に大きな傷を残し過ぎているから、自分と他人を信じることに対して、人一倍『臆病で慎重』になりすぎているんだと思う。
でも、貴方から会社の話を聞く限り、もっと『信じて』みても良い人達だと思うの。貴方のことをみんな『信じて』いるんじゃないかな。

ここでいう『幼少期の親子関係』とは『条件づき愛情』のことだ。『親の好みに合わせて行動しないと、愛されない』という体験が、大人になった今でも周囲とのコミュニケーションを難しくしている。

それをしっかりと受け止めてくれたことも、自分の事のように考えて言葉にしてくれたことも嬉しかった。心がとても軽くなった。内向きだった心の目が、外に開けた瞬間だった。

2.『一緒に乗り越えたいと思っている』(同僚より)

復職前から、うつ病の調子が良くないな、というときは同僚の臨床心理士に相談していた。この話からはちょっと脱線するが、社内に『心の専門家』がいるのは僕にとって『心理的安全』に直結することで、仕事する上で欠かせない存在である。

相談すると、業務ではないのに、業務時間外であるのにいつも返事をくれていた。そんなやり取りの中で、言われた一言である。

『あなたと一緒に乗り越えていきたい』

これまで、自分の抱える問題はできる限り自分で解決しようとしてきた自分にとっては、目の覚めるような言葉だった。心に余裕が無いと、人は自分の事ばかり考えがちだ。一緒に闘おうとしてくれる人の存在を忘れがちである。この言葉が、一緒に戦ってくれる仲間が居ること、頼れる仲間が居ることを思い出させてくれた。

3.『あなたの辛さをわかりたいと思っている』(同僚より)

これも、同僚の臨床心理士(上記とは別の)から贈られた言葉だ。

あなたの辛さを分かりたいと思っているよ。

『共感』という言葉があるが、本当の意味で他人に共感することは無いと思っている。あくまで自分と他人は別の人間であり、心も身体も重なることは無い。

『共感されたい』『共感して欲しい』という言葉が飛び交うが、僕自身は『共感』ではなく『共鳴』や『共振』が『共感』の正体なのだと考えている。(これについては別途書く予定)

そんな中で『わかりたいと思っているよ(でも、貴方と私は別の人間だから難しいけど)』という言葉や態度に僕は同僚の『やさしさ』を感じたのだ。

わかりえないことを、わかろうとしている。そして、わからないことも含めて支えるよ。そんな気遣いが嬉しかったし、なんて誠実に人と向き合う人なのだと、感動した。

人はどこまで行ってもわかりあえないが、わかりあえなくても、相手の心を想像し、近づくことができる。共に支え/支えられながら歩むことができる。

だから、僕もまた自分の足を踏み出してみよう。そう思えた言葉だった。

4.『いつでも待っているから』(代表)

これは、もう限界だ、もうダメだ。とslackで自分の心境を吐露した時に貰った言葉だ。

仕事のことは良いから、ゆっくりやすんで。いつでも待っているから。

人は居場所を求める。自分らしくあれる場所、安心できる場所...etc。僕にとって会社は居場所の一つだ。当然会社に在籍している以上『する』ことで『成果』をあげ、それが『いる』ことを可能にする。至極当然のことだと思っている。

そんな中で、『する』ことが出来ず『ただ休む』『なにも生み出さない時間も在籍する』というのは、精神的に多くの葛藤を生み出す。

『する』ことが出来なければ、単に『コスト要因』じゃないか。さっさと辞めて他の人を採用したほうが全体最適なのではないだろうか。大手ならいざしらず、小さな会社にとって、それは致命的な負担になりうるのではないだろうか?今の会社を多くの人に届ける上で、負担かけてまで在籍するのではなく、外から応援するという関わり方もあるのでは無いだろうか。

そんな思考が僕を苦しめた。

一方で、例えば他の仲間が僕と同じように休職することになったら、なんて言葉をかけるのだろうか、と考えると、多分僕も『待っているよ』『しっかり休んで』と言うと思う。

その言葉は、じんわりと心に満ちてくるものだ。休んだ初期は、上記のような自責を繰り返す。これでもかと自分を責め立てる。そんな中、贈られた言葉に触れ、視界が拓けるのだ。

『待つ』という行為は、とても難しい。待っている側も相手の状態を心配し、不安を抱え、それでも相手を信じることが出来なければ、『待つ』なんて出来ない。そして、『待つ』ことしか出来ない。動き出すのは、いつだって『待ってもらっている側』なのだ。自分で決意を新たに、少しの勇気を持って、一歩を踏み出さなければならない。

『待つ』こと『動き出すこと』には忍耐と信頼が必要なのだ。

これらの言葉をかけられ、僕もしっかりと自分を建て直さなければと、決意を新たにしたのだ。

上記にあげた以外にも、多くの言葉を贈られた。(本当は全部紹介したい)それらは、僕の疲れ切った心、狭くなった視野をやさしく解きほぐしてくれた。だから、僕もそんな言葉を皆に贈りたいと思っている。

そして、言葉を贈ってくれた皆に、最大の感謝と御礼を。

ありがとう。

※写真はGW中に愛する家族と訪れた場所に咲いていた『水仙』の花

(ユーモアを出そうと、水仙の花言葉で締めようと検索したら、『ナルシズム』と表示されたので、割愛させていただきます。)

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このnoteは、cotree advent note 79日目です。




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30代中盤。デザイン勉強中。新卒後、ITベンチャー2社を経て、現在は4名ほどのスタートアップ企業にて、サービスのオペレーション管理、新規サービス開発などに悪戦苦闘中。関心事⇒ #デザイン #経営 #心理 #宇宙 #自然 #旅

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