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僕の世界とあちらがわの世界 "自閉症だった私へ" を読んでみて

昨晩、この本を読み終えた。自閉症当事者であるドナ・ウィリアムズが自分の体験や思考を鮮明に記述した手記だ。

この本の中では、3歳から現在に至るまでを、時間軸に沿って、出来事や感情、思考を豊富な「あちら側」の世界の言葉によって描かれている。

生まれてから、ドナは「あちら側の世界」と「私の世界」に大きな隔たりがあり、周囲の人たちは上手に「あちら側の世界」に適応することができるのに、私は、「私の世界」と「あちら側の世界」を上手く接続出来ず、多くの困難を抱える。

扱う言葉も違う、感情の抱え方も発露の仕方も違う、身体コミュニケーションも違う。「ごはん」という「あちら側」の言葉が、ドナの「私の世界」では「んはご」とあべこべになったり、はたまた聞こえなかったりと、ドナからすれば「あちら側」の世界はガラス一枚で隔てられていながら、どうやっても近づきがたい世界だったようだ。

ドナはそんな世界と近づくために、自分の中に「社交的なキャロル」と「分析的で客観的なウィリー」というキャラクターを生み出し、その2人と3人6脚で人生を切り拓いていく。

ただ、その2人であちら側世界と接する時間が増えれば増えるほど、ドナ本人の情緒は彩りを失い、ドナは本当の自分を喪失することに恐怖し、怒り狂ったり、逃げ出したりしては、自分の居場所を探し続けるのだ。

邦題は上記にあるとおりだが、原題は「NOBODY NOWHERE」である。つまり、どこにもいない幻の人間、という意味だと思う。

「あちら側」の世界に所属したいけれど、どうやっても自分の居場所はみつからない。「あちら側」の世界には存在しない人間である。という、ドナの絶望感や羨望など、割り切ることの出来ない多様な感情が込められたタイトルだ。

僕は健常者として生を受け、幼少期から「あちら側」の世界に所属することが出来き、特段、周囲との違いを感じることはなくこれまで過ごせてきた。

しかし、うつ病になってからというもの、「あちら側」の世界には居場所がないのでは。という疎外感や不安に苛まれる日々が続いている。

人は大なり小なり「所属」や「属性」によって世界を切り取る。そして、知らぬ間に誰かをそこに所属させ、「あちら側」と「こちら側」という世界に分類してしまいがちだ。

それで、全然問題ない。我々は生きやすい。そういう人もいるだろう。しかし、不本意な側に所属させられた人は、とても辛いのではないか。

私だって、僕だって、もっと心地よく生きたい、友達だって欲しい、人との繋がりだって欲しい。しかし、それはガラス1枚で強固に遮断されてしまうのだ。

著書の中で、私はあちら側を理解しようと努力したが、あちら側の人は、私を自分たちのルールや言語に合わせよう、手伝ってやろうとするだけで、私の世界を理解しようとか教えを乞うことは無かった。

と言っている。あちら側、つまりマジョリティ側がいつだって、マイノリティ側を劣っている、変わっている、社会に不適応的であると評価しては、見えない壁を作るのだ。と。

生を受けた瞬間から、健常者/障害者、と分類され、時間が経過すれば「普通にコミュニケーションできる人/できない人」「ルールに従える人/従えない人」「8時間働ける人/4時間しか働けない人」などなど、様々な分類がされ、勝手にどちらかに振り分けられ、可哀想、大変そう、つらそう、といった目を向けられるのだ。

こちらは、まったくそんなことを自分で思っていないにも関わらず、周囲からのそういった目が、心を傷つけ、侵食し、自分は可哀想な人なんだ、ダメな人間なんだ、と内面化させてしまう。

本来必要なのは、あちら側とこちら側には隔たりはなく、フェアな視点で相手を視て、両者に配慮したコミュニケーションであろう。自分が「相手にとって嬉しいだろうな」と思った行為が、相手にとって「不快である」可能性だってある。

しかし、そこは自分と他人。傷つけられ、傷つける。そして、互いを学んでいくものなのだと思う。

昨今では、あまりに人を傷つけ、傷つけられることを恐れるあまり、親密性の低い人間関係が増えてきているように思うが、そればかりでは人は一層孤独感を抱えることになるだろう。

僕だってそうだ。年々あちら側の世界への恐怖心や羨望が薄れ、ようやく互いに上手くやっていけそうだったのに、またガラスの壁が出来てしまった。そして、また孤独感が増し、日々、僕の中のドナが「早くここから出して」と叫ぶのだ。

ドナは、流れ流れて、最終的には自分の居場所を見つけた。闘って、逃げては、また闘って、時には泣いて。僕もドナの勇気と気高い精神を受け取って、闘い、逃げ、泣き、生き抜けるように、今日という日を大切にしようと、この本を心に刻む。

僕もそろそろ、流れる時期なのかもしれない。

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