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随筆なり

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裸と装飾

裸と装飾

先日、ツタンカーメン展に足を運ぶため、久しぶりにポートランドに向かった。
その際にダウンタウンに寄ったのだけど、ダウンタウンに来たのは、多分言語学校時代の友人と来たのが最後だと思うから、かれこれ1年くらい前の話だ。

ツタンカーメン展を見終わって、お昼ご飯を食べて、時間があったので街中を歩いていた。

街には、たくさんの思い出があった。

あのスターバックスで、朝早く他の店が開くのを待っていたなぁ

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正解がある正解のないもの

正解がある正解のないもの

高校の国語の教科書に載っていたある文章を、今でもよく覚えている。

「美しさ」は、草花や山といった対象にあるのではなく、それを「美しい」と感じる人間の心の方にあると言わなければならないのではないだろうか。

これは、高階秀爾の『美しさの発見』という評論に書かれていたことだが、つまり、"美"とはものの状態ではなくて私たちの心の中に存在するものだということだ。

私はこの文章を読んで感銘を覚えた。

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散り際の恋

散り際の恋

人が死ぬ時、私は一瞬、その人に恋をする。
どきりと胸が音を立て、まだ何者にもなれない感情の蠢きが顔全体を襲い、痒さを覚えた私は少しだけ、眉をひそめてしまう。

何か大切なものに触れたようなトキメキと、名状し難い喪失を同時に味わう。

名前すら知らなかったはずなのに、私の胸はなぜか、この人が愛おしいと叫ぶ。

そのような顔が、人の死にはある。

私に資料を置かせ、論文を放り出させ、読んでいた本も閉じ

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初めて同性の子にキスしたいと思った話

初めて同性の子にキスしたいと思った話

 

 ほぼ初めての飛行機を降りた時、私の心臓は胸を突き破りそうなほど激しく動いていた。途中でよった仁川空港での5時間も、一人だけの旅路も、何もかもが初めてで、私はとにかく誰とも関わらないように空港の片隅で次の飛行機を待った。

 十時間にもわたる長期フライト。窓際の席で外の様子を眺めながら、何度も何度も席を立った。4本の映画を見て、二時間の睡眠をとった。飛行機を降りた時、私は何もわからないのに全

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イケメンはエンタメ

イケメンはエンタメ

ただしイケメンに限る、と言葉がある。
もうミーム化している言葉で、何かクサい言動、少女漫画で描かれるような行動に対して付け加えられる事が多い、蔓延なる卑屈に因んだ言葉だ。

「ただしイケメンに限る」という言葉を聞いていると、イケメンとはエンタメなんだなとしんみりと思う。

イケメンにだって色々いるし、私なんかはイケメンであろうが好きでもない人にそんな事やられたら鳥肌ものだと思うのだけど、「イケメン

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人間らしさ

人間らしさ

人間らしさって何だろうと考えることがある。
人間らしさ。人道的だとかいう言葉があるけれど、そもそも人の道ってなんだ。

人間の尊厳を踏み潰したアメリカの奴隷制度やアメリカ原住民差別の資料なんかを読んでいると、ふと考えてしまう。

蟻は、ずっと働いているけれど、その事を苦痛に思っているだろうか。
私たちはどうして、一生働く事を苦痛だと思うのか。

それは、公平性だと思う。
チンパンジーにも見られる公

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死んだ金魚を埋める夜

死んだ金魚を埋める夜

幼少期の記憶で、特に映えもしないのに、なぜか印象に残っているシーンってあると思います。
私の場合は、死んでしまった金魚を庭の土に埋めているシーンです。

そのシーンをなぜかずっと覚えていて、ふとした時に思い出すんです。如何してかわからないけど。

何故かわからないなりに、無理やり理由を探るとすると、恐らく"命が失われる瞬間"というものを初めて実感した時だったのではないかと思います。

もう正確に時

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冬の朝

冬の朝

冬の朝、冷たく静かな空間に響く車の音が好きで、普段はイヤホンをつけながら行く道を、何も聞かずに行く時がある。
辺りはまだ暗く、革命前夜という言葉さえ浮かんでくるような、朝。薄明前線。

街の音を聞いていたいと思う。
意図もせず生み出された微かな音たちが、私の心情を大きく揺さぶる時がある。
私は、いつも聞いている音楽では勿体無いと思ってしまうほど、その音たちを求めている。

大切な音。人が生きている

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眼鏡がない

眼鏡がない

眼鏡がない。それだけで世界がぼやけて見える。
これだけぼやけた視界で過ごすのは、いつぶりだろうか。小学校2年生の頃には眼鏡を持っていた気がするので、ざっと10年ぶりくらいだろう。

最近は、シャワーの中でも、寝ている時でさえも、眼鏡をかけていた。

今日も、朝からイタリアの文明の発展と戦争について考えていたら、ついつい力加減を誤ってしまって、手元でレンズを拭いていた眼鏡を壊してしまった。

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言葉を編む

言葉を編む

辞書を読むのが好きな子供だった。
小さい頃、家には幾つかの種類の辞書があって(漢和辞典、国語辞典、古語辞典、英語辞典など)、年季の入った辞書達がいつからあるのか、どこから来たのかわからなかったけれど、普段読んでいる本とは質の違う重厚感に浮き足立って、時間が空いた時は何気なく辞書を繰っていた。

知らない言葉が未だ世界に沢山存在していて、その一部に触れる時、私の世界まで一回り大きくなったような感覚が

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すきなもの

すきなもの

雪が好きだ。

シアトルに来たばかりの最初の冬、私は雪ではしゃぐ友人たちを見ながら、どこか安心したような心持ちでいた。「ああ、ここにも雪が降るんだ」と。

南アメリカから来た、雪を初めて見る彼らとは違って、私の地元は毎年たくさんの雪が降る。
彼らの興奮に煽られながら、私が最初に雪を見た時はどんなだったのだろうと思い出そうとする。だけど、きっともう、記憶がない頃から見慣れたものだったので、興奮はなか

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愛してるから、全ては言わない

愛してるから、全ては言わない

「愛してるから、全ては言わない」
そう言った彼女の声が、嫌に耳に残った。

アメリカの多様性の授業の時だった。
やることは全て終わり、授業終わりの雑談に移行した時だった。

彼女は彼女の父親の話をした。

彼女は多様性の講師なんかをやってるくらいだから、年功序列や男尊女卑、人種差別などの観念には否定立場を示すことが多い。
しかし、アメリカの田舎出身の彼女の父親は、そうではない。

彼は年を重ねて、

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耽読

耽読

最近、空きの時間は粛々と本を読んでいることが多くなった。
夏に帰国する際、文学旅なるものを敢行しようと思っているので、その下準備のためだ。

幼少期に本をよく読み、中学に上がる頃には読む書籍が科学のものに変わったため、児童書はよく知っているものの、大人が読むような本には少し疎い。
それでも有名な人の本などはそれなりに読んでいるつもりである。

読み返す本もあり、新しく読む本もあり、こうやって本を読

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私の一部

私の一部

水曜日、大学が休みの日。

出不精な私は、何も予定がないと全く家から出ないのだけど、今日はいろいろ細々と用事があって、家を出た。

所在ない気持ちが朝から絶えなかった。
ふわふわとした気持ちをなんとか宥めながら家を出、バスに乗る。

女性ホルモン周期の影響か、この頃は特に精神状態が悪いのだけど、学期末、様々な事務的なやり取りや期限をクリアしているうちに、精神がさらに摩滅している。
加え

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