【言葉遊び空論13】創作四字熟語

 熟語とは

 『二つ以上の単語または二字以上の漢字が結合してできた語』(広辞苑)とある

 世に 二字の熟語は 多かれど 二字を越える熟語となると 四字熟語は 他を圧倒する 数に上る

 「三字熟語」(瀬戸際・白眼視・朴念仁など)や 「五字熟語」(井戸端会議・手持無沙汰・白髪三千丈など)は あるにはあるが 四字熟語の軍勢には 到底 到底 嗚呼 到底 及ばない

 ここでまず 四字熟語とは という事を 最低限の意味で 説明するとすれば それは 四字の漢字で構成された言葉である と言えるだろうか

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(電光石火:極めて短い時間・行動などが非常に迅速なさま)



 しかし 「漢字四字で構成されていればそれは四字熟語である」は 果たして 理に適う命題か

 次の 定番の噺を 見てみる

 ある試験で 「囗肉囗食」 という穴埋めが 出題されたが 本来は 「弱肉強食」 が正答であるのに 「焼肉定食」 と回答されてしまった

 この 「焼肉定食」小噺 とでも言えるネタが いつ頃から 噴き上がったかは 定かではない

 「千差万別」を「千円税別」 「品行方正」を「品川方面」 と記すが如き 回答だ

 それはそうと 「弱肉強食」は さておき もう一方の 「焼肉定食」という語も 先の説明では 漢字四字で 構成されている事には 違いない

 しかし 「焼肉定食は 四字熟語と呼べるのか?」 という疑問が 噴煙を上げ 一定敷地内に 程よく 充満する

 そこで問題となるのは 「熟語とは何か」であり 今一度 立ち返る必要がある

 『二つ以上の単語または二字以上の漢字が結合してできた語』(広辞苑)という風に 冒頭では引用したが 実の所 もう一つの意味を 有する

 『一定の言いまわしで特有な意味を表す成句』(同)

 これは 途轍もなく 重大な意味 むしろ指摘と 言っても良い

 明智君 や IQ100億 共々は 果たして 理解出来ようか

 例えば 二字熟語「毒舌」

 「毒」と「舌」は それぞれ 「害する」と「しゃべる」を意味する

 しかし だからといって 相互に結合した所で 「害あるものを喋ること」で 留まっては 青色に輝く マルタタイガーも 黙ってはいない

 それを超克し 『極めて辛辣な皮肉や批判のことば』(同)と かなり 深みを持たせている事が お解りだろうか

 よく毒舌を 「ただの悪口」や「正論でなければならない」などの 意見を目にするが 筆者としては 「毒舌とは 一貫した価値観を基軸として 相手の言動に優劣を断ずる 一種の芸である」 とでも 解したいところだが それはまた 別の話なので 八つ墓村の鍾乳洞にでも しまい込んでおく

 要するに 熟語とは 字や語の結合によって 本来その字や語には 含まれない もしくは そこからより深掘りした 意味を創生した語 といえる

 この事情は 四字熟語であろうとも 変わらない

 「焼肉定食」命題に 戻る

 これは 「焼肉」と「定食」の 合成である

 然るに 「焼肉の定食」 である事以上の 意味は 一般的には 確認出来ず 熟語 の域に達してはいない と言わざるを得ない

 「焼肉定食」は 四字熟語に非ず

 いやいや それなら 「東西南北」や「春夏秋冬」は どうなのだ

 なるほど 一見すると 四種の要素を 寄せ集めただけに 過ぎないように 見える

 しかし辛うじて 「東西南北」は「全ての方角」 「春夏秋冬」は「一年中・暑い日も寒い日も」 といった いわば(連想された)新意を 見出している

 四字熟語としての 体は為しているのである

 という事は?

 もう お気付きだろう

 つまり 極端に言えば 「焼肉定食」であっても それに対し 「定番(お約束)の話題である」「例えが有り触れて新鮮味がない」といった 意味を作り上げてしまえば 見事に 全日本四字熟語協会の 会員と 相成る

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(明鏡止水:邪念が無く静かに澄んだ心境)



 四字熟語の多くは 古くから伝わる言であるものが 非常に多い

 そんな中で 四字熟語の性質に基づき 新たな四字熟語を 創生せんとする はたらき(遊戯)が 存在している

 それらを指し 創作四字熟語 と称する

 改めて言えば 創作四字熟語は 既存の四字熟語の 性質を利用した パロディ的な四字の熟語 である

 性質とは?

 以下に 実例を 見ていこう

 その年を象徴する漢字一字を 公募によって決定する 『今年の漢字』に並ぶ 年の瀬の風物詩

 住友生命が主催する その年の世相を示す 漢字四字(稀に例外あり)を 公募する 『創作四字熟語』

 過去の作品の一部を ご覧頂こう

1990 『異旗統合(いきとうごう)』 東西ドイツ統合のこと
1995 『震傷膨大(しんしょうぼうだい)』 阪神・淡路大震災
2000 『圏外孤独(けんがいこどく)』 携帯電話の普及
2005 『後禍石綿(こうかせきめん)』 アスベスト問題
2010 『全人見塔(ぜんじんみとう)』 スカイツリー
2015 『責任十代(せきにんじゅうだい)』 選挙権年齢改正

 住友生命主催の 創作四字熟語は 国内外問わず その年に 話題となった 出来事を 既存の四字熟語や言葉にあやかり 四字(主に漢字)に集約して表す という特徴がある

 いわば ダジャレ と言っても良い

 上記の例も それぞれ 『意気投合』『針小棒大』『天涯孤独』『効果覿面』『前人未踏』『責任重大』を 模した作品だ

 ”四字(主に漢字)”と わざわざ記したのは 過去に

1991 『紙面ソ禍(しめんそか)』 ソ連解体
2013 『似せ海老(にせえび)』 食材偽造問題
2016 『GO夢中(ごーむちゅう)』 ポケモンGO
※四面楚歌・伊勢海老・五里霧中から

 といった ひらがな カタカナ あるいは アルファベットを 利用したトリッキーな 作例が 存在しているからである

 漢字以外の挿入も 四字に収まっていれば 許容であるようだ

 住友生命の創作四字熟語では 元となった言葉や四字熟語と 創作四字熟語作品との間で 意味の繋がりは 基本的に ほぼ消失している

 つまり 音のみを拝借している というパターンが主流なのだ

1992 『地金投土(ちきんなげっと)』 バブル崩壊
1997 『大汚危身(だいおきしん)』 ダイオキシン問題
2007 『耐無麻疹(たいむむましん)』 はしか流行
2008 『暗増景気(くらさますけいき)』 リーマンショック
※チキンナゲット・ダイオキシン・タイムマシン・クリスマスケーキ

 『大汚危身』のように 元となった言葉と 連関が近接している という例も 無い訳ではないが 音の拝借という側面により こうして カタカナ語すら 漢字に変換し収める 大変ユニークな 作品が 相次いでいる

 特に

2004 『様様様様(よんさま)』 ヨン様

 は 字謎技法を 用いた 快作である

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(有財餓鬼:金銭を持ちながら欲の深い人・守銭奴)



 タレント:所ジョージの著作 『四字列語』(1999)では 著者による 数多の創作四字熟語が ふんだんに紹介されている

 前述の 住友生命の創作四字熟語に見られる 「既存の四字熟語や言葉をもじった」形式も 然る事乍ら 新たな形式も 埋蔵されている事は 注目に値する

重物潜水(じゅうぶつせんすい)
 重い物は沈むのが当たり前なのに、あえて潜水と伝えるような、恩きせがましい様子を指す。誰にでもできる事や自分とは関係ない出来事に便乗して、自分の手柄のように伝える事。

排便立腹(はいべんりっぷく)
 自分が利用したり、世話になったりした事を忘れて、逆恨みする様子を指す。
 コンセントからの電力を使ったマイクで、発電所に向かって文句を言うような態度。

牧場牧場(ぼくじょうまきば)
 間違いではないが、言い方一つで伝わるものが違うという事。牧場(ぼくじょう)と言えば牛や馬がいて広そうであるのに対して、牧場(まきば)と言うと小さなイメージになる。

神奈川県(しんなせんけん)
 埼玉や千葉と同じように、東京都に隣接しているのだが、少しだけ他県よりあかぬけていると見られる事から、同列に並んでいても必ずしも同じではない事。どんぐりの背くらべの中、多少の違いで一歩前に出た時に使う語。

金玉人間(きんたまにんげん)
 人間は一枚の皮でおおわれているので全身、金玉だと思えば金玉なのです。つまり、飾りたてたとしても、相手がどう見ているかは、わからないという事。常に最悪の事まで考えて行動しよう、という意味。

 特筆すべきは 元となる 既存の四字熟語の ”音”に依存していない 新規の四字熟語を 創作している点である

 既に述べた 「焼肉定食」の 四字熟語化の例えのように 「結合した言葉から新たな意味を生成させる」という 手法が ここでは 大いに活用されているのだ

 らしさを演出する為に 『神奈川県』を 「シンナセンケン」と音読みした手腕は 流石見事である

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(ない)


 「結合した言葉から新たな意味を生成させる」という 熟語の性質を 極めて遵守した 創作四字熟語を 開拓したのは お笑いタレント:又吉直樹の著作 『新・四字熟語』(2015)であろう

 本著では 本来の四字熟語に備わっている 多種に渡る型が 用いられている事が 解る

 以下に 『新・四字熟語』に 収録されている 創作四字熟語から 四字熟語の型を 抽出しておこう

 存在しない三毛猫を 撫でながら 目を通して欲しい


 四字熟語「囗囗囗囗」が 前後の二字「囗囗━囗囗」で 区切られる場合 以下の型に 分けられる

1⃣並列型(異なる語を並べる)
 例:馬面猫舌 平凡普通 便所便覧

2⃣修飾型(一方の語がもう一方の語の性質を表す)
 例:怪談謙虚 軽薄連打 東京魍魎

3⃣目的型(一方の語がもう一方の語に影響する)
 例:布団反復 芸術逃亡 突撃哲学

4⃣主述型(主語述語の関係にある)
 例:祖母咆哮 神様嘔吐 偽名有名

5⃣程度型(一方の語がもう一方の語の程度を表す)
 例:自家楽園 大方地獄 素人八段

6⃣因果型(前語と後語が因果関係にある)
 例:放屁和解 微熱逆風 先頭孤立

 本著にはこの他 「肉村八分」や「副担任顔」といった 「囗━囗囗囗」「囗囗囗━囗」の 変則的な分かれ方のものもあるが いずれも 上記の区分から 逸脱している訳ではない(「肉村八分」は主述型・「副担任顔」は修飾型であろう)

 「既存の四字熟語や言葉にあやか」った型の 創作四字熟語は 本著では ほぼ お目に掛からない

 それでいて これほど 多種に及ぶ性質の 四字熟語を 取り揃えているのは 画期的と 言わざるを得ない

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(笹原宏之『当て字・当て読み漢字表現辞典』より)


 『新・四字熟語』は 創作四字熟語としては 非常に 水準が高い

 が しかし

 四字熟語における型は 上記6種に 留まらない

 そこは最早 既存の四字熟語から 採掘する必要がある為 以下に 補足しておく

7⃣強調型(「囗々囗々」)
 前後の語を 一字の繰り返しによって 拡大・強調を表す
 例:明明白白 奇奇怪怪 正正堂堂

8⃣之代型(「囗囗之囗」)
 漢籍由来に多く 「~の~」が 「~之~」と 置き換えられる 
 例:草莽之臣 晏子之御 三顧之礼

9⃣蒐集型(「囗━囗━囗━囗」)
 4種類の 性質のものの 寄せ集めとなっている
 例:冠婚葬祭 花鳥風月 生老病死
 ※「枝葉末節」は「囗━囗━囗囗」で 変則的な蒐集型である

🔟抽出型
 ①例:公序良俗
 「公共秩序」の公と序 「良風美俗」の良と俗を 抽出した語で 日本における 合併した際の 名付けでは よくありがちな 手法ではある
 ②例:心頭滅却
 「心頭を滅却すれば火もまた涼し」から 「心頭を滅却」という 因のみを抽出し 肝腎の果を そぎ落とした語

 現在までに 確認し得る型を 列挙した

 因みに 上記いずれかの型には 含まれるものの 四字全ての部首が同一である「魑魅魍魎」 状態をオノマトペ的に表わした「悠悠自適」や「余裕綽綽」など 字形や音に 特異性の目立つ四字熟語も 存在している

 余談だが 読みの音数が 最も多い四字熟語は 「情状酌量(じょうじょうしゃくりょう:12字)」であると 思われる

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(説明不要)



 現時点まで 創作四字熟語を 一瞥すると ある事に 気付く

 語の意味からの発展 という点については その実 豊富な作例の数々であった事には 違いはない

 だが それ以外

 即ち 字謎であるものや 字形を主体としたものが あまりにも 過少であり かつ 寡少であった

 思い返す

 「様様様様」のような字謎的手法 「魑魅魍魎」のような字形的手法(この場合は部首統一)という例は 先に上げた通りである

 創作四字熟語が 字義の生長を 肥やしてきた 見直しとして 今少し この字謎・字形領域に 踏み込んでみるべきでは ないだろうか

 気が触れた? いえいえ元から

 置く

 そこで試験的に 先人もすなる 字謎的・字形的な 創作四字熟語といふものを 筆者も してみんとてするなり

 以下に 7つ挙げるが これは 単なる 整地の如き作業に過ぎない

 数多読者は これを網膜に発火させ 是非 創作に着手して 頂きたい

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 余談だが 「唯一無二」は 引き算のように 見える 「唯-無=」

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(空前絶後:これまでになく今後も絶対出現しないほどのこと)

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