史上最低のネカフェでバイトしていた話

インターネットカフェのバイトは楽だという噂をよく聞いていたため、実家から東京に出てきた後、駅前のインターネットカフェのオープニングスタッフに応募しました。

その店は設備も最低なら、オーナーも最低、客層も最低、そして私含めたスタッフの接客も最低という史上最低のネットカフェでした。

まずひと目見て最初に目につくのは店の汚さです。
店内全体が暗くて薄汚れているし、本のカバーも手垢やホコリまみれ。
店は新装開店したばかりだったはずなのですが、前に入っていた別のネカフェを居抜きでそのまま使ったらしく、既にブースの壁や机、PC本体も含めて店内のすべてが年季の入った汚さでした。
そういう汚い雰囲気があると入口近くに置いてある雑誌・新聞紙の扱いも自然と汚くなります。常に新しいものが置かれているコーナーですらそうなので、店内全てがあっという間に汚くなりました。
自分が客だったら絶対に入りたくないような場所です。
しかしそんな店でも立地は良いのでお客さんはまあまあ入っていました。価格もそのあたりでは最安値付近だったのでしょう。
つまり汚いけど安ければいいやという客が集まっていたのです。
ちなみに、働き始めてから知ったのですがその近辺は恐ろしく治安が悪いことで有名な地域らしく、明らかにカタギではない人間や、どうみても覚醒剤でラリっている人などもしばしば訪れていました。客層も最初から最低だったのです。

それに輪をかけて最低だったのがオーナーで、自分の店の客層を「労務者風情」と差別するような人物で、客を犯罪者予備軍だと思っているフシがありました。常連のお客さんが店内で財布の盗難にあった時「会計できないのなら無銭飲食で警察に突き出す」と言ったのを始めとして、様々な伝説があります。
私はあんなに人間性の破綻した人間には今まであったことがありません。
40代くらいの身なりの良い男性なのですが、やることなすことが全て小学生のような思いつきレベルで、その場しのぎで出来もしないことを適当に言うため発言内容がコロコロ変わり、そのことを追求されるとまたその場しのぎの言い逃れで非を認めないのです。
例をあげると、バイト面接のときも都合のいいことばかり言って応募してきた人間を全て採用するのですが、しかし約束したシフトは用意できず待遇もまるっきり話と違うため、新しく入ってきた人に会うとほぼ第一声で「あのオーナー頭やばくないですか?」と聞かれるのが定番でした。聞かれたスタッフも必ず「うん、あいつはやばいよ」と同意して、やばいエピソードの数々を教えてあげるため、結構な割合の新人が初日バックレを即断していました。
そんな店に残っているスタッフというのは「オーナーに話さえあわせとけば仕事がどれだけ適当でも怒られないので楽」という理由で残る人ばかり、つまりスタッフの質も最低というわけです。

私はこのオーナーを観察して面白い言動を引き出すのが好きだったので、たまに会うときはできるだけ世間話をするようにしてたのですが、本人が言うには元官僚だったそうです。オーナーの言うことは何一つ信用してはいけないというのが彼と付き合う上での鉄則でしたが、こればかりは本当かもしれないと思っています。
というのも、どうして彼のような人間が出来上がったかを考えるに、生まれてからずっと甘やかされ続けて、周りの人間が何でも思う通りにしてくれたからこそこれほど世の中を舐め腐っているのだと考えるとしっくりくるからです。
私のような人間からするとある意味では尊敬し、反面教師にもすべき存在と言っていいでしょう。
多分家が金持ちで、勉強はできたのでしょう。それでいい学校に入り、官僚になり、そしてまともな仕事ができない上にしょうもない言い逃れをして非を認めないので最終的にはツケが回って辞めることになり、奥さんとは離婚して娘の親権も取られ、退職金で不労所得を得て暮らそうと甘いことを考えて適当に投資先を選び、相手の言うことを疑いもせずに全て真に受けてカモにされ、今むしられ続けている最中。
それが私による彼の人生のプロファイリングでした。

ということで、最初は”お店屋さんごっこ”に夢を抱いていたオーナーでしたが、全く思う通りにいかないので段々と飽きてきて、次第に店には顔を見せなくなりました。私も深夜のワンオペ勤務だったので、シフト交代の時以外誰とも会うこともなく、開店から数ヶ月で急速に店の清掃レベルが下がっていくのを見続けました。前の人間がまともに掃除をしていないのを何回注意しても改まらないし、尻拭いをするのも嫌になったので私も手を抜き始めました。
負のスパイラルが店全体に蔓延し、全員が自分だけ楽をすることを考えはじめ、どこまで手を抜けるかのチキンレースが始まりました。
さながら歴史の授業で習った社会主義国家崩壊の再現でした。店の提供するクオリティはすべての面で最低を更新し続けました。
もはや、私のメンタリティは「仕事が増えるので客はできるだけ来ないで欲しい」と言うレベルにまで落ち込み、接客態度は限界まで塩対応、怒られるギリギリまでの超無愛想を攻めていました。
その甲斐あってお客さんの数は順調に減ることとなり、店は赤字を出し続けてオーナーは店を別人に売り渡すことになりました。そこに至って店の様子を視察に来た本部の社員は店のあまりの崩壊具合を目の当たりにして愕然としていました。
全てを一から刷新する通達がなされ、それまで働いていたバイト達は蜘蛛の子を散らすように辞めていきました。今までメチャクチャやっていたことがバレて何か言われるのが嫌だったのでしょう。私は面の皮がクッソ厚いので直接なにか言われるまでは残って「何が起きるのか」見届けるつもりでした。
本部の社員からすると、今までの店のことを把握している人間が居ないのもそれはそれで困ると考えたのか、過ぎたことを責めても仕方ないと思ったのか、私に対して直接なにか言うことはありませんでした。店に対しては「それにしてもこれは酷いな…何なんだよこれは一体…」と言う発言が頻発していましたが、私はヘラヘラ笑って聞き流しました。
しかし私以外にもう一人残留の意思を示していたスタッフ(一番まともだった人)は「自分に対する間接的叱責」と受け取ってしまったのか、新装開店のための研修(の予定だったがほぼ清掃にあてられた)期間に本部の人に突然食って掛かり、そのままバックレました。
結果、私は唯一店のことを把握している古参というポジションを手に入れ、その後も同じようにダラダラ働くことにしたのでした。

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