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紫の火花

 そういえば、岡潔さんについてはもう一つ書いておきたいことがあったのだけど、忘れていた。岡さんが、彼の言う「無明」に対して示した態度についての話である。

 「無明」というのは、岡さんにとっては「自他弁別本能」のことである。自分を先にして他を後にし、とにかく生きようとする盲目的な意志のことだと言ってもよい。こういうものに対して岡さんは総じて否定的だし、とくに晩年の彼はますますその傾向を強めたように思われるが、その岡さんにしては珍しく、「無明」に対して一定の譲歩を示しているのが、『春風夏雨』(初公刊は1965年)に収録の「胃潰瘍」という文章である。

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