ウ・ジョーティカ師のこと

久しぶりに、ウ・ジョーティカ師にお会いする。『自由への旅』は瞑想者に大人気ですが、一般の人には『許すこと』などの短い説法も人気があって、よく読まれていますよ、と言ったら、「それはよかった。私たちが幸せに生きてゆくためには、他人を許せることが必要だし、そのためにはまず何よりも、自分自身を許せる必要がありますから」とのこと。

例えば彼の著作の『スノー・イン・ザ・サマー』などは、原英文を配布しているサイトがウェブ上にいくつもあるけれども、そのうちの一つのサイトだけでも、既に四百万ほどのダウンロードがあったのだという。

これほど読まれているのは、英文で書かれているがゆえに、世界中の人にアクセス可能であるということが大きいだろうが、また同時に、彼の言葉には世界の多くの人々に通じる普遍性があったということでもあるだろう。

『スノー・イン・ザ・サマー』は書簡集で、つまり元来は友人たちへの私信であったものを彼らの要望によって出版したものだから、もともとは公開する予定のなかったものである。

逆に言えば、だからこそ彼の真情がありのままに書かれている著作でもあって、ゆえに僧侶を聖なるものとして捉えるミャンマーでは刺激の強すぎる表現も多いから、ミャンマーの書籍版では、ウェブ版の文章からかなりカットされている部分もある。

ウ・ジョーティカ師はムスリムの家庭に生まれ、カトリックのミッション・スクールに通い、大学では電気工学を学んで、さらに結婚して二女を設け、それから出家して瞑想指導者になるという、複雑な経歴の持ち主である。

それだけの複雑な人生を歩んできた方だから、当然、家族や周囲の人々との関係にも、複雑なコンフリクトが色々とあった。彼の著作には、そのことが包み隠さず書かれていて、それが彼の実践している瞑想によってどのように変化していったかが、豊富な知識と経験の裏打ちによって、丁寧に描写されている。

世界の人々が、ウ・ジョーティカ師の著作を読んで感銘を受けるのは、彼が私たちと同様の日常的な問題に深く悩んだ上で、それを仏教の実践によって一つ一つ乗り越えているからであり、形而下的な煩悶と形而上的(に感じられる)瞑想の境地が、そこで有機的に結びついているからだろう。

テーラワーダの仏教書が一時期の日本でよく読まれて、いまでもまだそれなりに需要されているのは、それが私たちが日常で実際に悩んでいる問題に対して、とにもかくにも「答え」をもっていて、それを解決するための実践を明快に示してくれているからであると思うが、ウ・ジョーティカ師の著作には、とくにその傾向が顕著である。

もちろん、仏教というのは俗世(此岸)を離れて彼岸に到達することを本懐とし、また本質とするものでもあると思うが、それが人々に説得力をもつためには、やはり此岸との関係が、何らかの形で明示的に示されている必要がある。ウ・ジョーティカ師の著作は、その一つの形を私たちに提示しているものであろうが、「生きた宗教」というのは、おそらくはそうしたものなのであろうと思う。



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