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落合陽一の仲間になれない仲間たちへ

中間管理職という立場の私には当然部下がいたりする訳だが、部下という言葉を使うのが気恥ずかしく職場で口にしたことはない。基本的には個人名を出す時は「さん」付けで呼ぶし、ひとまとめに部下という言葉を使ってもよさそうなシチュエーションでも、部署名を口にするなどし、部下という言葉は避けて使わない。かと言って仲間というのもなぁつぶやきながらサブタイトルに「仲間」と記された落合陽一著『働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ』を手にした。

コンピュータやロボットが発達した未来というのは、ブルーカラーの仕事がコンピュータやロボットに取って代わられていくんだろうなというイメージを私は抱いていたのだが、落合陽一の見立てではむしろホワイトカラーの仕事がなくなる予測だ。

もし「維持コストのかからない管理職」がいれば、労働者に富を平等に分配できるはずです。(中略)そう考えると、先ほど紹介したウーバーなどは、ブルーカラーの平等と豊かさを実現するものとも言えます。配車というマネジメント業務を、電気代だけで動いてくれるコンピュータに集約することで、それが成立するのです。
コンピュータの発達によってこうした方式が広まれば、いままでマネジメントという中間的な位置で食べていた人たちの仕事は必要ありません。

『働き方5.0』

コンピューターの発達により、マネジメント業務を行っているような人間には暗澹たる未来が訪れることを宣告される。
自動運転などで、タクシーやトラックのドライバーの仕事の負担が大幅に削減される未来は何となくすぐ来ている気もする。ロボットの発達により製造業や農業などの実作業を人間が行うことなくなる未来もそう遠くなく訪れるのだろう。それよりも、マネジメント業務をコンピュータが行う未来の方が、比較的低コストで早く訪れるのかもしれない。
私が会社で位置する中間管理職の未来はどうなるのか、食い入るように目を走らせる。

たしかに、優秀なビジネスマンになるためには、処理能力の高さや根回し能力などが必要でしょう。しかし、ホワイトカラーのビジネスマンの社会機能的寿命がコンピューターの台頭によって尽きようとしているときに、そのためのスキルを磨いても仕方がないのかもしれません。それは銃や大砲の時代が始まっているのに、兵士に剣術の奥義を叩き込んで騎馬戦で戦場に出るようなものでしょう。

『働き方5.0』

これではまるで新撰組ではないか。
落合陽一のいう「マネジメントという中間的な位置で食べていた人たち」にミドルマネジメントという上長の補佐、部下の育成管理、上長と部下のパイプ役、現場のマネジメント業務、プレイングマネージャー、部門間の調整(en world参照)という一番ピッチャー大谷ぐらい働く男闘呼たちは含まれているのか詳しく聞いてみたい。
そもそも「そんな旧態依然たる会社組織自体がもう古臭くて、ジェネレーションギャップも生みまくりで、しがみつくようなもんじゃないでしょ」とか言われそうだけど。
会社から見れば他の仲間よりも維持コストのかかる立場になってしまった私。仲間からは仲間と思ってもらえず。会社と仲間のあいだに挟まれ、頑張ってるんだけどな。
しかし落合陽一がいう「これからの世界をつくる仲間たち」の仲間には田舎のしがない旧態依然たる中小企業に勤めるサラリーマンは皆含まれてなんかいないのだよ。残念ながら。

そして羽田圭介の『ポルシェ太郎』の主人公、大照太郎も落合陽一の仲間には含まれていないだろう。太郎は東京の小さなイベント会社の経営者で、起業して一年でポルシェを購入した。庶民レベルで、その生活ぶりだけを考えれば十分な成功者と言えると思うが。

太郎は自身の仕事を「誰でもできる仕事」と考えており、イノベーションを起こしているような会社を経営している訳ではない。その他に副業として金持ち男性と若い女性を引き合わせるギャル飲みの仲介役を行っている。そのギャル飲みの仲介役で知り合った反社の黒木という男と一緒に仕事をするようにもなる。黒木からは顎で使われるような立場にも関わらず、黒木のような人間と仕事をすることに喜びを感じたりもする。そんな太郎の自信のなさや価値観の揺らぎもあって、太郎はよくSNSをみる。それはポルシェを購入した後も続く。まずは当然自分の愛車をSNSにアップする。

人生が最大限うまく言っていることの象徴でもあるポルシェという美しい無機物と、一緒に写っている自分。少しだけコンストラスト強めに加工されたデジタルデータとしてネット空間にアップされることで、肉体から有機物を剥奪され、今後ずっと三五歳の輝いた状態でいられるような気が太郎にした。

『ポルシェ太郎』

私の住む田舎にはポルシェのディーラーはないので、あまり街中でポルシェを見かけることはないが、メルセデスやレクサスはよく見かける。近所にオーナーがいるのか、ここ最近も雪の降りしきるなか走り去るランボルギーニを見た。私も太郎と同様、高級車や趣味性の高いクルマを見かけると羨望の眼差しを向けるタイプだが、妻に「あっ、ケータハムのセブン!」と興奮気味に伝えても妻は全く興味がない。太郎も自慢のポルシェの良さをギャル飲みの女性陣から認めてもらえず、ワーゲンビートルと勘違いされ、また揺らぐ。

それにしても、と太郎は思った。彼女たちは、ドイツの大衆車ブランドであるフォルクスワーゲンのビートルという二〇〇万円の車と、一五〇〇万円以上するポルシェ911カレラカブリオレを同じものとして見た。たしかにポルシェは半世紀以上前に初代ビートルから派生していった車だが、ビートルが五台は買えてしまうほどのポルシェの高級感に、気づかないものなのか。そして金持ちの山井氏も、なにも言わなかった。車に興味がないのか。
あるいは、車の問題ではないのかもしれない。ポルシェを買ったからといって、太郎の身になにかしらの身体性や能力が刻みつけられたわけでもない。金を払ってポルシェを買い、アクセルを踏んでいるだけだ。アクセルを踏み時速百数十キロを出すなど、子供でもできる。それを買える経済力以外に誇れるところがないことを、彼女たちから冷静に見られているような気もした。

『ポルシェ太郎』

太郎は惣田瑞恵という売れないが美人の女優と付き合うようになる。高級車を手に入れたあとは美人を手に入れるという昔ながらの男性が向かう欲望の方向性に揺らぎはない。

惣田瑞恵となんとなく百貨店方面へと歩きながら太郎は、今この瞬間が自分の人生のハイライトなのではないかと感じた。否、これは成功した男の人生の、始まりに過ぎないのか。そうであってほしい。美しい女性とポルシェで銀座までやって来てショッピングする、そういう書き割りみたいな理想像には、実現できそうな人間しか憧れを抱かないのだと知った。少なくとも一昔前の太郎は、そんなものには微塵も憧れていなかった。公共交通機関の発達した東京に住んでいながら車を持つ者は、馬鹿だとすら思っていた。

『ポルシェ太郎』

銀座でのショッピングの後、太郎は惣田瑞恵と高級ホテルのレストランに行き、その後二人は、はじめてのセックスをし、ポルシェ購入後の人生のクライマックスが太郎に訪れる。しかしそのセックスのあと太郎は惣田瑞恵に隠れて大学時代に憧れていた女性のSNSをスマホで見ていたりする。
私自身はSNSにはあまり興味がなく、InstagramもTwitterも有名人をフォローしているだけで、リアルな友人や知り合いとは全く繋がっていない。LINEも美容院を予約するのに始めただけで、周りから勧められても長いあいだ食指が動かなかった。mixiは好きだったが、それは私が今よりも若かったせいだろうか。noteもSNSに分類されるのか?『ポルシェ太郎』とSNSについて色々ともう少し考察をしようかと思ったが、やはりここは落合陽一に締めてもらおう。

たとえば事業で大成功を収めた大金持ちは、まわりから見れば羨ましくて仕方がないけれど、本人が幸福感を得ているかどうかはわからない。大金持ちには大金持ちの苦労があるからです。ヒット曲を連発するアイドルなども同じこと。むしろ、いつかブレイクするための方法を考えていたインディーズのときのほうが幸福感は大きかったかもしれません。「成功」と「幸福」は同じではないのです。
もちろん、「幸福」の形はひとつではありません。人によっては、フランスの農村でブドウを踏む日々に幸せを感じるでしょう。郊外の巨大ショッピングモールで完結する人生を送るのも悪くないし、タヒチあたりのビーチで毎日カクテルを飲むような暮らしに憧れる人もいると思います。何に幸福を見出そうが、その人の自由です。
ここで大事なのは、自分にとっての幸せが何なのかをしっかり考えておくこと、なぜなら、いまの時代は、SNSなどを通じて他人の生活が可視化されやすいからです。
人々が自分と他人の幸福度を比較して、嫉妬心を抱いたり優越感に浸ったりするのは、いまに始まったことではありません。しかしいまは、昔は見えなかった他人の幸福が日常的に目に入ります。フェイスブックをやっているだけでも、毎日のように友達の「リア充自慢」を見せられる。SNSは「他人が目立つ」メディアなのです。
だから自分にとっての「幸福」が何なのかが曖昧だと、つい他人の幸福に目を奪われ、「こいつらと比べて自分はなんて不幸なんだ」と嫉妬するだけの状態になりかねません。そうやって不満や惨めさを心の中に溜め込んでいる人がいまの時代には大勢います。

『働き方5.0』

落合陽一のツイートによると、落合陽一はクルマの免許を持っていないらしい。つくづく自分の価値観に揺らぎがない。アラフィフの域に入った私は、今からどう足掻いても落合陽一の仲間に入れてもらえないだろう。落合陽一に仲間として認めてもらえる余地のある、未来ある仲間たちが羨ましい。


今月の本
『働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ』落合陽一(小学館新書)
『ポルシェ太郎』羽田圭介(河手書房新社)

en world ミドルマネジメント(中間管理職とは)/ 役割や必要な能力を解説
https://www.enworld.com/blog/2020/06/middle-manager

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