HIT!  谷原菜摘子と『残酷な神が支配する』

No.009 
表紙写真・著作者 Jesse Clockwork


先日、京都のギャラリー16で、谷原菜摘子さんの個展を拝見しました。



谷原さんは『第7回 絹谷幸二賞』を受賞されて、現在注目を集めているアーティストです。画廊では直接ご本人から、色々と作品の話を伺うことができました。


「I hate everyone」
ベルベットに油彩  金属粉  スパンコール  ライストーン  スパンコール
194×259cm

特に私が惹かれたのはこの絵画作品です。一見するとファンタジックな絵本のようですが、よくよく観察すると かなりヤバいモノ が描かれていることに気づきます。

谷原さん曰く、これはある蒐集家の室内を表現した絵なのだそうです。棚に陳列された高価そうな食器やキャンドル、スカーフなどから、恐らく家主は欧米の貴族なのだろうと推測できます。さらに観ていくと、床にはヴェネツィアンマスクや短鞭、鶏の頭部が付けられた幼児用のおまるなど、なんとも怪しいモノが散乱している。そしてゾッとしたのは、手を縛られてソファーの下にうずくまっている金髪の少女。頬や腕に傷があり、苦悶の表情を浮かべている。

谷原さんの説明では、この少女は虐待を目的とした蒐集家の『生贄』であるそうです。画面左には少女にそっくりな人形がありますが、これは愛玩用で傷ひとつありません。同じく画面中央の2匹の犬も、虐待用と愛玩用に分けられている。

身の毛もよだつ内容の恐ろしい絵画です。僕はこの作品を観て、ある漫画を思い出しました。それが今回ご紹介する、萩尾望都の『残酷な神が支配する』です(谷原さんも萩尾先生の大ファンなのだとか)。



2002年頃だったでしょうか、当時大阪の芸大生だった僕は、ある大学の講義でこの作品を知りました。近親相姦を受けた人間のその後の生涯が描かれていると知り、フロイトの「反復脅迫」に関心を持っていたので読んでみることにしたのです。この漫画は「少女コミック」であり、恐らく初めてその手の作品を本格的に読みました(実は女性ってこういう残酷な物語を好んだりしますよね)。少し未知の領域だなと、息を飲んでページをめくっていきました。


ストーリーを説明すると、はじまりの舞台はアメリカのボストン。主人公のジェルミは高校生、母親と二人暮らしをしており、真面目で素直な好青年です。

ある日、母親サンドラが勤めるアンティーク・ショップにグレッグと名乗る資産家のイギリス紳士がやってくる。二人は直ぐに恋に落ちて結婚を決める、当然息子であるジェルミもこの二人の愛を祝福した。

さて、ここまではとてもハッピーな展開なのですが、このグレッグという男、実はとんでもないド変態の悪魔だったのです。

サンドラとの結婚を約束していたグレッグは、ある日サンドラの息子ジェルミをドライブに誘います。「どこにいくの?」と尋ねるジェルミに、グレッグは「セイラムにいこう」と答えます。セイラムは、かつて魔女がいたとの言い伝えがあり、魔女狩り裁判が行なわれたとして現在は観光地となっている実在する町です。

ドライブの途中、グレッグはジェルミに突然キスをせがみます。

自分の母親との婚約を決めていた男性が、何故僕に?と混乱したジェルミは車を飛び出して逃走します。走り去るジェルミに向ってグレッグは「サンドラも愛しているけど、君も愛している!」と告白するのです。おいおい、このオッサンどっちもイケるんかい… とかなり引いてしまいます。

ジェルミに逃げられたグレッグは怒り、母親サンドラに「結婚はなしだ!」と告げます。訳が解らず絶望し泣き崩れるサンドラをみて、ジェルミも困惑します。失意のどん底に落ちたサンドラは翌朝ガス自殺を図りましたが、駆けつけたジェルミが救急車で病院に運び、なんとか一命を取り留めます。

これはすべて自分の責任だ…


己を責める真面目な青年ジェルミは決心します。

変態悪魔グレッグとの交渉、サンドラと結婚してもらうために、ジェルミは自分を犠牲にする決意をし、セイラムへ向かいます。そして、されるがまま、グレッグにレイプされるのです。

サンドラとロンドン郊外にあるグレッグの屋敷に移り住んでからも、ジェルミは毎晩のようにグレッグから酷い性的虐待を受け続けます。

逃げたい、でもその事実を母親サンドラが知れば、彼女はどれだけ傷つき絶望するだろうか?一度自殺未遂まで犯している、サンドラの心はあまりにも繊細でした。ジェルミは母親を守る為に、毎晩グレッグの餌食になるのでした。

<中盤の展開はネタバレを含むので割愛します>

壮絶な性的虐待を受け続けたジェルミは、町から町へ放浪しながら貧民街で男に身体を売り、そのお金でドラッグ漬けになるという堕落した生活を送ることになる。そんなどん底に落ちた彼に救いの手を差し伸べたのは、なんとグレッグの息子イアンだった。

イアンは人間が変わってしまったジェルミにその訳を問い詰める。

そして、自分の誇りだった父親グレッグが、義理の息子ジェルミを毎晩のように犯しまくっていたド変態のゲス野郎であった事実を初めて知ることになります。重く責任を感じたイアンは、心が完全に壊れてしまったジェルミを回復させるために、イギリスのアパートで二人暮らしを始めます。

しかし、様々な男との肉体関係を経てボロボロになってしまったジェルミにかつての純朴な青年の面影はなく、その怪しい色気にイアンは取り込まれてしまいます。ジェルミをトラウマから救うどころか、ジェルミと肉体関係を持ってしまい、父親グレッグ同様に愛してしまうのです。

ここから愛の悲劇の二幕目です。

しかしイアンはサディストの父親とは違い、心からジェルミを想い愛します。(まぁ、ジェルミからすれば元々男色の気はなく、ガールフレンドもいたわけですが、このホモ親子に人生をめちゃくちゃにされているわけですね)

僕は誰も愛することはできない、僕が欲しいなら身体を売るから金をくれ、ジェルミはイアンにそう迫り、どうすることもできず極限状態に陥ったイアンは、遂に金を払いジェルミとセックスをします(最悪ですね…)イアンは性行為の中で、自分の愛を必死にジェルミに伝えようとしますが、ジェルミは絶対に心を開きませんでした。

後半はこの両者の心理的な葛藤が
延々と地獄のように続きます。

逃げようとするジェルミを、イアンはあくまで愛をもって懸命に追い続けます。どんなに罵倒されても諦めず、ジェルミを求めます。そのイアンの熱意に、ジェルミは徐々に理解を示していく過程が描かれるのですが、それがま〜長い長い、単行本何巻にも渡って繰り広げられていくのです。本当にこの愛の悲劇にゴールはあるのだろうか?という感じ。


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現実問題として、ジェルミのように幼い時期に性的虐待を受け、それが心の傷となった人間は多くいます、僕の知り合いにもいます。彼らは、その時に自分が受けた苦しみを「自傷」することなどで再現し、気持ちを落ち着けています。

不可思議な行為ですが、人間は自分が抱えきれないレベルの精神的ダメージを受けたとき、再びそのときの痛みを味わいたくなる性質があり、フロイトはそれを「反復脅迫」と名付けました。苦しい、辛い、もう二度とあんな経験は嫌なはずなのに、再びその地獄へと戻ろうとしてしまう、そして延々に繰り返してしまうのです。

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『残酷な神が支配する』に話を戻しますが、この漫画は主人公達以外にも、家庭に問題を抱えた者、近親相姦でできた子供を殺してしまった双子、セクシャルなトラウマを抱えた人々が登場します。彼らもまたジェルミのように酷く苦しみながらも懸命に生きていく姿が描かれています。

さてジェルミと、彼を愛してしまったグレッグの息子イアンの終わりなき愛の物語はラストを向かえます。ここはもう、是非読んで頂くしかありません。恐らくこの漫画は美少年同士の恋愛をテーマにしたBL(ボーイズラブ)というジャンルに入るとは思いますが、ここまでヘヴィな作品が他にあるのでしょうか。あまりにも残酷で美しい、究極の芸術漫画であると僕は思います。これを機会に、是非皆様にオススメしたい作品です。


<お知らせ>

谷原菜摘子さんの個展が絶賛開催中です!
詳しくはギャラリー16のHPまで http://www.art16.net/




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笹山直規

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