HIT!  <呪術VS美術> 美術評論家、樋口ヒロユキ氏との対談(後編)

No.008 
表紙写真・著作者 Jesse Clockwork



画・笹山直規


アートよりも先に、人間として君はどうなのだ?

笹山 「それでは最後に、これからアーティストを志す若い人達へ、何かメッセージを頂けますか?」

樋口 「なんですかそれは?(苦笑)」

笹山 「樋口さんなりのアドバイスとか、何かあります??」

樋口 「う〜ん。『美術』と『呪術』を巡る話をしてきましたけど、僕は別にどちらでも良いと思うのですよ。最初にも言いましたけど、ニコイチですから、両方あって人間の営みなので」

笹山 「これからは『呪術』で行こうぜ〜! ってことじゃないのですね」

樋口 「黒田清輝の《智・感・情》じゃないけど、人間はそういうトータルな存在なので、どちらかしか認めない! という人がいたら、それは警戒した方が良いと思っています」

笹山 「なるほど」

樋口 「自分がやりたいこととか、趣向性、そういうものに忠実であることが大事だと思いますね」

笹山 「なんかちょっとホッとしました」

樋口 「僕が危惧するのは、上っ面の言葉です」

笹山 「ううむ」

樋口 「例えば今○○が流行っているらしいよ、じゃあそれ系でやってみようか? みたいなさ」

笹山 「ああ〜」

樋口 「金になるぜ、という」

笹山 「うん、身に覚えがありますね」

樋口 「ダメじゃん(笑)」

笹山 「いやぁ、僕も穢れていますね(笑)」

樋口 「ちょっとスキャンダルでも起こしてみようか? とか」

笹山 「若い作家はみんなそういうことを考えていると思いますよ」

樋口 「そうすれば話題になって売れるかもしれないよ、でもそれはアートがどうのこうのという以前に、人間として邪道だと思う」

笹山 「まぁ、そうですよねぇ」

樋口 「若い人達に対して、そういうことが気になります。アートよりも先に、人間として君はどうなのだ? という」

笹山 「人間性かぁ……」

樋口 「そういうところは大事にしたいと思っています。相手がどれだけ売れて話題になっていようが、人間として共感できない人とは付き合わない」

笹山 「なるほど」

樋口 「素直に正直に行動してれば良いんだけど」

笹山 「あんまり計算高いアーティストはダメですか?」

樋口 「だってそれはマネーゲームでしょう? 僕は株屋をやっているわけではないので。良いものを作った結果、売れるのはべつに良いんですよ。売れることが悪いわけでもない。実際に森村さんややなぎさんみたいに商業的成功を収めた作家にも、僕は敬意を払ってる。でもそれは作品が優れているからで、売らんかなでスキャンダルを仕込んだりするのは真っ当じゃないし、売れてれば良い作品だってわけでもない。売れているものを称賛することが美術評論家の仕事ではないですからね。あくまで作品として面白いものを面白いと言うことが僕らの仕事なんで」

笹山 「どこそこのアートフェアで絵が何枚売れた! とか、そういうことは評論とは特に関係無いですもんねぇ」

樋口 「もし本当にお金を儲けたいなら、アートよりも投資とかをやれば良いのだと思いますけどね」

笹山 「結局お金を儲けたいのか、アートを追求したいのか、良く解らなくなっている人は多いのかもしれませんね。村上隆さんも著書の中で、最先端のアートを追求するには莫大なお金が必要だからメイクマネーしているみたいなことが書いてあって、それは科学もアートも同じことだと言っているのですけど、僕は全然違うと思います。正確には『莫大なお金が無いと作れないアートもある、僕はそっちがやりたいからお金が必要』なのでしょう? と。別にアホみたいにお金をかけなくても、新しくて面白いアートは生み出せると思いますからね」

樋口 「んー、村上さんは立派な方だと思うけどね。彼には彼の孤独な闘いがあるのだろうし。……ところで笹山くんはネットを使って色んなイベントを企画しているね」


画・笹山直規


笹山 「最近は『幽霊画展2014』という企画を、美術家でありゲーム開発者の森次慶子さんとツイッターで立ち上げました。プロアマ問わず、幽霊画をテーマにした作品を制作して、ウェブで公開するという内容です」

樋口 「それなら普通に展覧会をやるような費用はかかりませんね」

笹山 「森次さんとはずっとグループ展をやりたいと話していましたが、結局はお金の問題が最もネックでした。でもネット限定にしたことで、そういう問題はあっさりクリアできたし、想像を超える応募がありました」

樋口 「テーマが良かったのだろうね」

笹山 「コミットしやすいし、夏だし、乗りやすかったのかな(笑)。僕も自分と交友関係のあるアーティストを片っ端から誘って、森次さんはイラストレーターなど『絵師』と呼ばれる人達に参加を呼びかけました。TVのオープニング映像を手掛けている人なんかも参加してくれたのですよ」

樋口 「ありそうでなかった展覧会ですね」

笹山「学生から、趣味で絵を描いている人から、本当にボーダレスな展覧会になりましたね。来年もまた開催できるように頑張ろうと思っています」


美術評論家  樋口ヒロユキ氏

良い人すぎるとアートはできないのかもしれない

樋口 「繰り返しになるけど、モノづくりの倫理に関して、非常にいい加減な態度でやっているアーティストも世の中にはいます。でもね、作品を見てるとそういう人って、結構バレちゃうんですよね。そういう人の作る作品は、どこか軽かったり薄かったりして、見れば結構、直観的にわかる。今後はそういう自分の直感を信頼して人との付き合い方を考えていこうと思っています」

笹山 「彦坂尚嘉さんも、作品を見なくても、アーティストと会って話してみれば解ると仰っていました。人間性が優れていれば、作品も良いに違いないからと」

樋口 「なるほど。でもさ、すっごい良い奴なのに、作品がダメダメな人もいっぱいいるじゃん(笑)」

笹山 「ああ、いますね(笑)」

樋口 「ある程度の『意地悪さ』は必要だと思うのですよ」

笹山 「良い奴すぎるとダメなのですね」

樋口 「それが『美の魔性』みたいなやつですね。フランシス・ベーコンとかも、付き合ったら超嫌な奴じゃないかなと思う、良く知らないけど」

笹山 「ポロックもちょっとヤバそうですね」

樋口 「やばそうだね(笑)」

笹山 「存命中のアーティストでは、そういう人いますか?」

樋口 「まぁ、何人かはいますね……。距離を置きながら付き合っている人。もちろん悪口なんかは書かないですよ」

笹山 「結局、アーティストってどうすれば良いのですかね??」

樋口 「難しいね」

笹山 「技術的な事だけでカバーできない部分が大きいですね」

樋口 「ありますね」

笹山 「そういう部分で苦しんでいる人は多い気がするのですよ。『まじめに頑張っているのに、何かが出せな〜い!!!』」みたいな。そういうスランプに陥ったら旅にでも出れば良いのでしょうかね?」

樋口 「ある程度の意地悪さっていうのは要るんじゃないですかね。スポーツでもそうじゃないですか。例えばテニスの場合、一番相手が嫌がるところに打ち込まないと勝てないわけで」

笹山 「なるほど、それは解りやすい!」

樋口 「その瞬間は相手にとって一番嫌な奴にならざるを得ないよね。そうしないとゲームに勝てないわけで、それはアートにも同じことが言えるかもしれませんね」

笹山 「誰も考えていないこと、誰もまだやっていないこと、それをズバっと決めてしまうと、ちくしょう〜!!! って激怒する人は出てきますよね」

樋口 「そういう意味では、良い人すぎるとアートはできないのかもしれない」

笹山 「アート作品と、その暴力性についてか……」

樋口 「だけど、騒ぎを起こせば良いのでしょ? みたいな理解の仕方でやり進めてしまうと、何かがズレてくる。たとえばね、テニスプレーヤーが試合の前夜、相手の選手の腕を折ったりしたら、コート内の試合には勝つかもしれない。でもそれは倫理的には許されないじゃない? それと同じことで、試合(作品)のなかでは抜け駆けも裏切りもアリなんだけど、それをコートの外(社会)でやったら、いつか倫理的に裁かれると思うんだよな。瞬間的には成功しても」

笹山 「アートの成功が何なのか? ということですね。注目を集める行為は間違いではないと思いますが、それは本当に見せたいものがあるからやるわけで、騒ぎを起こすだけ起こしておいて、肝心の中身がなければ意味がないように思います」

樋口 「実際ね、戦時中にいっぱい戦争画を描いてたのに、戦後は共産党に入党して、社会主義リアリズムに転向した画家とかいるんだよ。他の画家を戦犯扱いして糾弾したりしてね。そのときはうまく立ち回ったんだけど、結局その作家は忘れられてる。審判を下すのは同時代の人ではなくて、もっと100年後とかの人達になると思うのですよ」

笹山 「やっぱり若い人はみんな、今ウケたい!って思うじゃないですか」

樋口 「今でしょ! って奴だね(笑)」

笹山 「それっす、それっす!」

樋口 「でもね、仮に今ウケても、こういう時代だからツイッターとかで一気に拡散して、2日後には完全には忘れられる、というのが関の山なんじゃないだろうか」

笹山 「昔は『人の噂も45日』なんて言われていましたけど、インターネットが普及して以来、情報が広がる速度が早い分、消費されて忘れ去られるスピードも異常に早いですね」


・アートと炎上について

じゃぽにか  イベントにて(撮影・笹山直規)


樋口 「いみじくも、こないだ『じゃぽにか』というアーティスト集団がネット上で起こる炎上をテーマにテクストをあげていたけど、炎上って本当に数日間で終わっちゃうんだよね」

笹山「樋口さんは炎上したことはありますか?」

樋口 「もちろん僕もこういう仕事をやっているので、騒ぎに巻き込まれたことはありましたよ。10万人近い人が僕のテクストを読んで、それが原因で炎上のようなことが起こりました。それでも、もって一週間とかですね。翌週には誰も覚えていない」

笹山 「なるほど、そうなのですね」

樋口 「アーティストとして成功したい、歴史に名を残したいと思うなら、それではまったく持たないですね」

笹山 「一発芸人みたいな感じで終わってしまっては、芸術ではありませんね」

樋口 「そういう意味でも『炎上』という現象とのつきあい方はもう少し考えた方が良いかもしれないね」

笹山 「うんうん」

樋口 「炎上も巧く使いこなせれば役に立つんだろうけど、でもそれだけでは絶対にダメで、最終的にコアになるのは作品と作家」

笹山 「何も持ってない人程、炎上だけでヤケクソになろうとしている気もします。そうなっちゃうともう泥沼ですよね」

樋口 「炎上って中毒性もあるのだよね」

笹山 「また炎上を起こしたい! みたいな?」

樋口 「お騒がせ政治家みたいな人いるじゃない。あれは多分中毒症状なのだと思いますよ」

笹山 「常に何か騒ぎを起こしたがっている人は確かにいますね!」

樋口 「笹山くんも他人事じゃないでしょう」

笹山 「いやいや、もうお騒がせキャラからは卒業したいなと(笑)」

樋口 「周りが騒ぐと面白いからね」

笹山 「僕はお笑い芸人に憧れている部分があって、人が騒いで喜んでくれると、ついつい図に乗って過激な言動を繰り返してしまうのです」

樋口 「それだけでは、最終的には何もならないからね」

笹山 「良い歳して、将来の事何も考えてないだろうと指摘されます……」

樋口 「長期トレンドを生み出さないと」


みんながどうしてやらないの? って思っても、いや今作れないから、と本気で思ったときに、そこに初めて意味が出てくるわけで

笹山 「樋口さんの著書『真夜中の博物館』で、飴屋法水や、人形作家の与偶さんの沈黙に関した事を書かれていましたね」

樋口 「やっぱり『一回黙る』ということは、凄く大事かもしれない」

笹山 「僕には難しい事だなぁ〜(苦笑)」

樋口 「常に人から騒がれる炎上を起こしていれば評価に繋がるのかといえば、そうでもないように思いますね」

笹山 「例えば今東京で『キュンチョメ』という若い男女のアートユニットが注目を集めているのですが」

樋口 「ああ、TARO賞を取ったアーティストだね」

笹山 「今色んな人達から評価を受けていて、僕も面白いと思っているのですが、一方では『あいつら、本当に何か言いたいことあるの?』という批判的な意見もあります」

樋口 「良く知らないから、何とも言えませんが」

笹山 「僕がアーティスト側の立場で考えてみると、やっぱり『今やらなきゃいけない!!!』みたいになると思うのですよ。キュンチュメが、本当に言いたいことがあるのか無いのか、解らないですけど、もしかしたら、なくてもいいから、自分たちを観てもらえているチャンスだ! と踏ん張っちゃうのかもなって」

樋口 「そういう時はやれば良いんじゃないでしょうか。スポット当たっていきなり沈黙しちゃったら話にならないし」

笹山 「まぁ、そうですよね」

樋口 「ただ、出しっ放しはあまり良くないですね」

笹山 「エネルギーの出し方ですか?」

樋口 「統一した法則があるわけでもないので巧くは言えないですが、例えば河原温さん。あの人は、初期は今と全然違う作風だったじゃないですか」

笹山 「『浴槽シリーズ』や『物置小屋の出来事』は呪術的でしたね」

樋口 「それで注目を集めて、最初は普通にインタビューにも出ていたのですよ。だけどある時突然取材を受けることを止めてしまった。1960年代、渡米後に『日付絵画』や『I am still alive.』といった非常にミニマルなシリーズを始めて、そこから亡くなるまで一切姿を現さなかったでしょう」

笹山 「本当に、徹底していましたね」

樋口 「黙っていることによって生まれる価値が彼の場合にはあったと思う」

笹山 「その行為自体が作品の一部になっていましたね」

樋口 「黙っていることから生まれる作品、あるいは作品がもたらす沈黙、どちらもあるのだろうと思います」

笹山 「出しても良いし、黙っても良いのだろうけど、まず自分のアートにそういう行為が合っているかどうか考えた方が良いでしょうね」

樋口 「自分の心がちゃんとそこに乗っているか、ですね。だから僕の本を読んで、ああ沈黙することが大事なのだと誤解しないことですよ(笑)」

笹山 「本末転倒になっちゃいますよね(笑)」

樋口 「それは超軽い沈黙だから。そんなのじゃ誰も相手にしないですよ。みんながどうしてやらないの? って思っても、いや今作れないから、と本気で思ったときに、そこに初めて意味が出てくるわけで」

笹山 「正直にやるって事ですかね?」

樋口 「そうそう」


インタビューを終えて、、、


笹山 「色々と参考になりました」

樋口 「自分がこんな説教じみたことを言うオッサンになろうとは(笑)」

笹山 「樋口さんおいくつでしたっけ?」

樋口 「もう50近いよ」

笹山 「おお〜」

樋口 「派手であればとか、反社会的であればとか、目立てば良いとか、僕もそういうことを思っていた時期はあったけど、なんか結局納得いかなかったなぁ」

笹山 「樋口さんにもそういう時期はあったのですね」

樋口 「『AERA』とか『美術手帖』にガンガン書いていた時期は、そこそこお金にもなったし、一番露出も多かったと思います」

笹山 「ほう」

樋口 「ところが、どうにもならないんですよ」

笹山 「どういうことですか?」

樋口 「たくさん色んなところで名前は見るけど、この人は◯◯っていう、決定的なものがないわけです」

笹山 「ああ〜」

樋口 「つまり、いくら執筆量が多くても、その時々にやっている展覧会の広報記事を書いているだけに過ぎないわけだから、書き手としての僕は輪切りにされている状態なのです。いっぱい仕事をやり過ぎていると、芯が何なのか見えないわけです」

笹山 「そうなのですね」

樋口 「単行本を出そうと思うと、必然的に仕事を絞らざるを得ないので、出版の前後1年はどうしても仕事が減ります」

笹山 「本当に何もできないのですね」

樋口 「やっぱそこは耐えないと仕様がない。でもそうすることでやっと、ああ、この人こういうことが言いたかったのか、ということが解ってもらえるので」


真夜中の博物館  美と幻想のヴンダーカンマー (絶賛販売中)


笹山 「今回の本で、樋口さんの伝えたいことはかなり表現できたのでしょうか?」

樋口 「第一段階くらいじゃないですか。これは7年前の原稿が元になっているので。まだまだあるのですよ」

笹山 「どれくらいですか??」

樋口 「まだ三冊分くらいはストックがあります」

笹山 「おお〜」

樋口 「そのうちの一冊分が今年か来年のあたまくらいに多分出ると思います」

笹山 「それは楽しみですね!」

樋口 「その後まだ2冊あるから……。全然追いついていない感じです」

笹山 「これから大変ですね!!」

樋口 「偉そうに言っておりますが、僕も頑張らないといけませんね(笑)」

笹山 「今日は長い時間お話を聞かせて頂き、ありがとうございました!」

<2014年8月5日、芦屋市某所にて>




!!!告知!!!


4月4日、大阪に樋口ヒロユキさんが運営するギャラリーがオープンします。

 http://www.kcc.zaq.ne.jp/dfyji500/sunaba/index.html


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笹山直規

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