二年目

***仕事始め***
出発式と呼ばれる年始の会社行事をもってして仕事始めとなった。
会社が貸切った浦安のイベント会場には他店舗、他事業部からも社員が集まるため、総勢200名程の大所帯。
皆、作業着を来ているので見栄えが悪いと個人的には思う。スーツじゃダメなんだろうか。
勤続年数に応じた表彰や社長・常務のスピーチ、各店舗の代表者からの決意表明が行われた。
最後に社長から「今年も恒例のアレで締めましょう」という言葉があり、何をするのかと思いきや、まず腰に片手を当てるように指示されもう片方の手をこぶしにして上に掲げ「やるぞ、やるぞ、やるぞー!」と全員で合唱。
なんっっじゃこれ!

***堀田さんと急接近***
お金の問題以降、堀田さんに心を開くことはなく、業務上の会話や世間話はするがどこか壁を作っていた。
そんな自分たちがある出来事をきっかけに急接近する。
ある配送中の車の中。余談だが堀田さんは年下の俺にも敬意を表して率先して運転をしてくれる。「大丈夫ですか?運転変わりましょうか?」と言っても「ああ、大丈夫っすよ」と言ってぶっ続けで疲れ役を買う。
これを俺だけでもなく全上司に対してやっているのだから凄い。お金問題のときに抱いた、だらしない人という印象は、いつしか誠実で律義な人という印象に変わっていた。
何のけなしに女の話になり、そこから発展して何故か出会い系の話に繋がった。
堀田さんも出会い系サイトユーザーらしく、あるある話やお互いのエピソードを話して大いに盛り上がった。
話はナンパに移り、堀田さんから「ナンパに興味あるんですよね。ネギシさんやったことあります?」と聞かれて、俺はやったこともないのに大見栄をきって「あるっちゃありますけどね」と嘘をついてしまった。
後日、堀田さんから誘われる形で俺たちはナンパをすることになった。
ある日の仕事終わり。話し合った結果、北千住へ行くことになった。
大見栄きった俺を救世主とばかりにすがる堀田さん。マズイ・・・ナンパなんてやったことねぇよ・・・。しかしこうなった以上仕方ない。
会社の最寄り駅に入る前に、ロータリーのところでひとり立ちつくむ女を堀田さんが指さして「ああいうのとかどうなんすかね?」と口を開いた。
俺はもうがむしゃらになって「行ってきますよ」と言い残して女性の元により話しかけた。
てっきり嫌な顔をされるかと思っていたが以外にも笑顔で対応してくれた。彼氏と待ち合わせをしていりとのことで直ぐにその場から立ち去ったが、ナンパをしても怒られたりしないということは大きな発見だった。

北千住。まずは二人でコンビニに寄って酒を買った。素面ではとてもじゃないができないだろう。 
怖じ気づく堀田さんを尻目に何人かに声を掛けるが反応は悪い。時間も深くなり諦めて帰ることになった。
「まぁそうそううまくいくもんじゃないですよね」堀田さんの言葉に「そうですね」と同意をする。
駅に向かう途中で丁度良さそうな二人組が視界に入った。最後の悪あがきで俺は二人の前に立ち声を掛けた。

5階に上がるエレベーターの中には4人の男女が乗っている。俺と堀田さん、そして今しがた連れ出した女性二人だ。
声を掛けたとき、片方の女がもう片方に「どうする?」と聞いて「いいんじゃない?」と片方が頷いた。
やけに高飛車な態度だったが成功したことが嬉しくて舞い上がった。
相手は3つ年上で銀行の支店勤務、どちらも彼氏持ち。
連れ出してからは堀田さんが回しをやってくれた。俺は声掛けこそできたもののそれ以降の会話のキャッチボールは苦手だった。一方、堀田さんは連れ出してからのコミュ力が俺よりも全然上だった。
結果的には終電前で帰るという健全な飲み会だった。しかしこの非日常の時間を共有したことで俺と堀田さんの仲が急速に縮まった。

改めて話してみると堀田さんは非常に面白かった。いい意味でプライドが無く何を言っても許されそうな大らかな人柄だ。
普段はドジでおっちょこちょいだが以外にも観察力があり、あの人はこうあの人はこうと職場の人間を的確に分析していた。
俺とは違い、皆から気さくに話しかけられたり物事を頼まれることが多いのは、天性の人の良さが雰囲気から滲みでているからだろう。それが時には厄介事も引き受けてしまうとしてもその人間性を羨ましく思う所があった。
前に庄野さんが「堀田さんっていい男だよね~」と言っていたが、その理由が良く分かる。
堀田さんは、かっこつけないかっこよさを持っていた。

それ以降何度かナンパに挑戦したものの、堀田さんにはハマらなかったらしく長くは続かなかったが、その後も二人で初めての合コンに行ったり、納涼船パーティー、ハプニングバーや堀田さんの友達がオープンした居酒屋に連れていってもらったりと、堀田さんといることで新たな世界を見ることができた。

堀田さんと仲良くなってから俺も少し変わった。というより俺が堀田さんを参考にした。
俺はよく人から”怖い”と言われることがあるので、自分が人を寄せ付けにくいタイプの人間であることは自覚していたが、それでいいとも思っていた。
しかし、堀田さんを見ているとそんな自分がバカらしくなってくる。
カッコつけつけない方がカッコイイと思えるようになったのはこの時からだ。
不愛想な態度からなるべく明るくいるように心掛けた。何かを聞かれたときにぶっきらぼうに答えるのと、柔和な雰囲気を持って答えるのとでは印象は大きく違うだろう。
きっと堀田さんにあって俺にないものはそういうところだ。

気持ちを分かち合える仲間ができると仕事が楽しいと思える。
今来たお客さんはエロそうだとか、配送先が美人で当たりだったとか、そんな下らない内容から、店長や副店長のこういうところが良くないなどの話まで気兼ねなく話すことでスッキリする。今までは不平不満も全て自分の家に持ち帰って消化していた。
小木さんや副店長と話しているとどうも噛み合わないと思うことがあるのだが、堀田さんとは波長が合う。きっと俺と堀田さんは根底のところで似ていたのだと思う。

余談だがナンパの味を知った俺は、一人で仕事でホームセンターに買い出しに行ったときにウォーターサーバーの実演販売営業をやっていたお姉さんをナンパしたり、近くのコンビニの店員にアドレスを渡したりするほどアグレッシブになっていた。

***教育***
業務はカウンターもバックヤードも含めて全体的に以前よりも忙しくなっていた。
本部の方針で在庫量を大幅に増やしたことで販売量も増えたためだ。
副店長が月に1~2度買い付けに行く日は1日で50台程の搬入作業を行わなければならない。
朝一で、ひとりで車に乗り込み群馬の取引先まで行くというその表情はどこかドライブを楽しんでいそうだった。
因みに取引業者は、大手の家電量販店の子会社で、下取りした商品を安く売っているのだそう。検品後のものと検品前の2種類があり前者は当然価格が高く、後者は故障のリスクがある分、安く売られている。副店長が買い付けるのは主に後者だった。
事前に予約していた自社系列の運送会社から一人を派遣して現地で合流。夕方くらいになると2台のトラックがバックヤード裏の搬入用口に横付けされる。
シャッターが開くと地獄の始まり。50台の冷蔵庫や洗濯機を一気にバックヤードに運び入れなければいけない。
ここ最近は入荷量に対してバックヤードの許容量が足りなくなっていた。そのことを伝えても副店長は、対策を練るどころか聞き入れもせずに入荷を続けた。現場の声より本部へのアピールを優先されて、不信感が募るばかりだった。

商品数が増えると今度は清掃の人手が足りなくなる。バックヤードに新たな人員を増やすことにした。
そして加わったのが武田さんと松原さんの2名だった。
武田さんはハローワーク経由で応募してきて店長が面接した後に入社が決まった40代の女性だった。今日日970円という安価な時給と費用の掛かる広告掲載を渋ったため応募は2~3件ほどしかこなかったらしい。
礼儀正しくて誠実で真面目な人だったのだが、いかんせん華奢過ぎた。骨と皮だけガリガリに痩せた体型だった。清掃の仕事だが、台車を使って冷蔵庫・洗濯機を自分の作業場所に運ばなければなければならないため、そのときは肉体的な労働をしてもらう必要がある。
店長はそのことを話したのか武田さんに聞くと、面接時には言われなかったらしい。なるほど、具体的な説明はせずに取り敢えず雇って後はそっちでどうにかしろのスタンスか。
この"後はそっちでどうにかしろ"のスタンスは店長老含め会社全体の体質でもあった。
俺も出来る限り武田さんのサポート(荷運び)をしたが、やはりそれでは仕事にならない。
結局、武田さんは早い段階で辞めていった。

次に松原さん。松原さんは40代で、元々オフィス家具部門という別の系列店舗で店長をやっていたらしいが体調不良で一時休職していたとのこと。仕事復帰としてここで清掃の仕事をすることになった。
・・・やりづらい。元店長に俺が指示するのかよ。しかも身体はまだ万全ではないため労りながら。更に悪いことに松原さんはあまりマメな性格ではないようだった。
清掃レベル2/5といったところか。とはいえやり直してくださいとは言いづらく後でこっそり自分で直してしまうことが多々あった。
松原さんは奥さんと小さい娘さんがいる。育ち盛りの一番大事な時期に自分が体調不良になったことをどう思っているんだろう。仕事復帰が汚いリサイクル品の清掃なことについてはどう思っているんだろう。
表情からは読み取れないが、心ここにあらずで清掃に取り組むその姿には哀愁があった。
ある日を境に職場に来なくなった。再び体調が悪化したとのこと。
更にその数日後、訃報が届いた。

欠けた人員を埋めるべく、バックヤードに新たに入ってきたのは金田君という20歳の男の子だった。
一般応募ではなく、会社が経営しているバッティングセンターでバイトしているところを引っ張ってきたらしくここと掛け持ちということになる。
人見知りで全く喋らない。声優の専門学校に通っていたらしいが中退して今はフリーターとのこと。
顔を隠すように常時マスクを着用している筋金入りの陰キャでどう接していいか正直戸惑った。
しかし人とまともに会話ができないようなこの青年が後に大きな変貌を遂げることになる。

金田君の数日後に同じバッティングセンターからフィリピンハーフの青木君という22歳の青年が入ってきた。金田君とは対照的に見た目も性格もチャラく明るい人柄だった。
あっという間に皆から気に入られ一躍、人気者になる彼を見て同い年の俺は嫉妬と劣等感が込み上げてきた。
青木君はチャラけた見た目に反して意外にも将来の展望を持っており、お金を貯めてアメリカに行くとのこと。ここも期間限定で、そう長くはいないと語っていた。
そして、その言葉通り彼は直ぐにここを去った。何かの記事で"サラリーマンは退職するときに自分の価値を知る"という言葉を見た。彼がいなくなったあとも皆の中で度々話題にのぼるのはそれだけ彼が印象強かったからだろう。
わずか2カ月だが濃密だったその2カ月はやけに長く感じた。
青木君が最後の日「堀田さんと今日終わった後に飲みに行くんですよ。ネギシさんも来ませんか?」と誘われた。堀田さんそんなこと教えてくれなかったのに、と思いながら3人で飲みに行くことになった。堀田さんは「ネギシさんあんま飲み会とか好きじゃなさそうだから」という謎の思いやりで言わなかったらしい。
青木君は「あそこ行きましょう」と俺達をリードする。たまたまそこが閉まっていると「オッケー大丈夫です、別のところにしましょう!」と直ぐに機転をきかせて、小さな沖縄料理屋に入った。
俺は内心、このリード力凄い。これがモテる秘訣なんだなと思った。多分、堀田さんも同じこと思っている。
青木君はつくづく凄い。同い年の俺はまだしも年上の堀田さんにもフランクに接している。しかも立場がバイトと社員の構図にも関わらず。
いや、俺がそういうことを気にし過ぎているのかもしれない。身分にきっちりと境界線を引いているがため、相手に深入りできず仲良くなれない。人間関係が希薄なのもそうやって自分で勝手に決めたルールに縛られすぎているのかもしれない。
青木君はなにも堀田さんの人柄を見てフランクになっているわけではなく、全員に対して同じ態度だ。そこが凄い。自分の中の欠けているものを全て持っていた。
居酒屋を出ると「もうちょっと遊びましょう」と笑い俺たちをビリヤードへ連れて行った。俺はそれが初めてのビリヤードだったがすんなりのめり込めた。何より3人で和気藹々と過ごす時間が楽しかった。
駅で別れを告げる。最後の最後まで青木君は明るかった。
俺はこんな人間になりたいと思った。

***個性豊かなリサイクル業者***
この店舗の貴重な仕入れ源としてリサイクル業者からの持ち込みがある。よく街中で「ご自宅のいらなくなったもの、回収致します」とスピーカーで流しながら徘徊しているあの車が、引き取ったものをウチに持ってきてお金に変える。
いくつかの業者と取引しており、トチハラさんという人は長髪のドレッドヘアーが特徴で一見、風貌は怖いがとても気さくな人で向こうから挨拶をしてくれる。会社に属さず軽トラ一台で営業しているんだから凄いもんだ。
誰に仕えることがなくて気ままらしい。いつも金がないとは言っていたが。
澤村さんも同様に軽トラ一台で都内を回っている。だらしない性格で時間や約束を守らなかったり嘘や方便を言う一方、どこか憎めない人でもあった。芸能人の蛭子さんのような感じ。
後の話だが、仕事を辞めた後に引っ越しを決意をして不用品の回収を頼んだ。約束した時間に来ず、大幅に遅れてやってきたのでその分、金額も下げてもらい尚且つ引っ越し先まで車で連れて行ってもらったのでまぁいいが。
運転中、それまでしていた会話が突然止まり、反応が無くなってしまった。澤村さんの急変に驚き顔を見ると何か深く考えているよう。そういえば以前澤村さんのブログを見たが「車の運転中に電波攻撃をされて、路上で土下座をさせられました」など訳の分からないことがたくさん羅列されてあって統合失調症なんじゃないかと疑った。
まさか、変なことをし出すんじゃないかと不安に思っていたが、しばらくすると何もなかったかのように元に戻った。
その他にもベトナムから来たフォンさんは、おぼろげな日本語にも関わらず一人で廃品回収をしている強者だ。いつもニコニコしてジュースを奢ったりしてくれる。一度、娘さんを連れてきたことがあったが、小さいのに挨拶のしっかり出来る可愛いコだった。
そんなリサイクル業者達だがお金にはシビアで他より高く買い取らないと別のリサイクルショップに持っていってしまう。その辺の駆け引きをしながら付き合っていた。

逆にこちらから伺う興商という業者があった。そこはウチから車で30分程走ったところにあるスクラップ工場のような場所で至るところが廃品で溢れていた。
ウチでは検品をしているがそれでも故障がすることがある。それらをいちいち数千円のリサイクル券を貼っていると費用がかさむので、興商に持っていく。壊れていても冷蔵庫は2000円、洗濯機は500円で買い取ってくれる。
壊れたものを回収してどうしているのか分からないが、海外へ持っていっているという噂を耳にしたことがある。

つくづくうまく出来ていると思う。誰かの使わなくなった家電がウチに運ばれて、売れるものは売り、売れないものは興商に持っていく。そして興商は海外(?)に持っていく。
リサイクル業界なんてものがあることをそもそも知らなかったが、業界にいると意外にも幅があることを仕事を通して実感した。
そしてそこで生きる人たちの強さとダメさを。

***身体の不調***
勤めて1年半が過ぎた頃、自分の体に異変が起きていた。右手中指の先に小さな水泡が複数できて、痒みを伴う。それを潰すとあかぎれとなって指先に傷が残る。
最初は手荒れクリームを塗っておけば治るだろうと思っていたものの範囲は徐々に広がり中指だけだったのが人差し薬指、そして左手にまで浸食した。
病院に行って下された診断は"汗疱"という初めて聞く病名だった。
ステロイド剤を処方されたが、根本的な治療はないらしい。
信じられずに病院を何か所も変えたが、やはり処方されるのはステロイド剤だけだった。
唯一の趣味で会ったギターは弾けなくなり、他人からは嫌悪の目で見られる。仕事中はバンドエイドをなんこも貼ってやり過ごした。
人と会うのが億劫になった。
これは今でも治らず、頭を抱えている。

堀田さんの方も不調を訴えていた。まずは痔。カウンター業務で座ることが多いのが原因ではないかと本人が言っていた。手術が必要なほど重度なものであるらしく、有給を取って日帰りの手術をした。こういうときにしか有休が使えないこの会社のブラック体質に改めて嫌気が差した。
更にその数カ月後、副鼻腔炎という重度の鼻炎に掛り、食べたものの味が分からない状態にまでなっていた。手術のため有休を取ったのだが1日のみで、公休と合わせて2連休しか休みを取らなかった。
せっかくなのだからもっと休みをとればいいのに、堀田さんはこういう謎の生真面目さがあった。

病状は違えど二人して病気に掛かるのはたまたまではないと思う。
リサイクル品を扱う上でどうしても避けて通れないのが汚れだ。運び込まれてくるものの中には大量の汚れがこびりついていたり、埃が被っていたりする。そんなのはまだいい方でゴキブリがわんさか付いていたり、生ものが入れっぱなしだったこともある。一番酷かったのが「呪ってやる」と油性マジックで所狭しと書かれた冷蔵庫だった。明らかに異質なオーラを放つそれを副店長は「遺品整理で運ばれたんじゃないか」と言っていた。
日頃から汚い物質が体内に入っていてそれが病気の元になっているんじゃないかというのが俺と堀田さんの見解だった。

***感謝祭***
この会社では年に一度、トミザワ感謝祭という大きな社内イベントが開催される。
去年・一昨年は震災後ということで控えられていたが今年から復活することになったとのこと。
系列会社も含め全社員とその扶養家族も参加可能で大規模な人数が集まる。
問題なのは休日に開催されるということと社員は参加必須ということだった。
ただでさえ少ない休みをこれで潰されては困る。年間休日105日だが、実質は104日だった。
 
当日、会場である浦安のホテルに向かう。この交通費さえ無駄な気がして腹が立った。
会場に着くと結構な人数がいて、中々見ることのできない多店舗の社員達も顔ぶれもたくさんあった。
頭の悪そうなのばっかだ。他にいくところがなくて、最後に行きついた成れの果てのような。
自分もその中の一人なのだと思うとやるせない。
会場内を歩いて自分の店舗のメンバーと合流する。
時間になり席につくと目の前のステージの脇から司会者(本部の人間)の挨拶を始めた。

結局、イベント内で何をしたかと言うと

・バイキング形式の食事
・社内のメンバーで結成されたバンドの演奏‐自社ソングなるものを作ったということだったがサビで会社名を連呼するだけヨイショソング
・勤続表彰
・社長・常務のスピーチ

とクソつまらないし、下らないし、しょうもないイベントに一日を潰されて、これなら家で寝てる方がマシだと思った。
一方、事前の参加確認で、不参加に〇をつけられない自分の弱さにも腹がっ立った。
なんやかんや言っても、もう組織の柵にハマっているんだな。

***堀田さんに彼女ができる***
ある日堀田さんからバーベキューに誘われた。なんでも知り合いが開催するそうで詳細は分からないが女の子も来るらしいとのことだった。
俺は行くと言ったが当日になり急に面倒くさくなってキャンセルした。
バーベキューの翌日、出勤途中で堀田さんに会った。
「昨日どうでした?」と聞くと「ああ、まぁ・・・後で話しますよ」と煮え切れらない返答。やけに眠そうだった。
昼休憩になり話を聞くと、午前から夕方にかけて多摩川でバーベキューをやったあと大所帯で渋谷に場所を移し飲み会になったとのこと。
女の方はどうか聞くと、まぁ仲良くなった子がいて一応、連絡を取っているらしい。
なんだろう。やけに濁した感じだな。話もそこそこに堀田さんは寝てしまった。
数日後、仕事中に不意に「多分例の子と付き合うことになると思います」と告げられた。
「ああ、そうなんですか!おめでとうございます!」言葉とは裏腹に寂しかった。
「どんな子なんですか?」
聞くと、バツイチで30歳のフリーターとのこと。なんて返していいのか分からず「へぇ」とだけ言ったが、その後に驚くべき発言があった。
「実はバーベキューの後の渋谷の飲み会で急接近して、二人で抜け出してホテルに入ってヤッちゃったんですよ。そこで付き合う感じになって・・・」
ショックだった・・・、堀田さんに彼女ができた事にではなく、俺に隠していたことに。
あの通勤中に出会った朝、堀田さんはホテルから直行してきたのだった。
どうして、教えてくれなかったんだろう。どうして隠していたんだろう。親友と思っていた人に距離を置かれていたことが悲しかった。
俺は身の回りで起こったことを逐一報告していた。それは彼を信頼してのことだったのだが、堀田さんの方はそう思っていなかったその事実が胸の奥を突いた。

***阿左美さん***
バックヤードに新たなバイトがやってきた。またもやバッティングセンターから掛け持ちでやってきた。ホント、身内で固めることしか考えてないのか。
やってきたのは30を超えた小汚いおっさんだった。
この人が本当にひどく、何度仕事教えても覚えない、仕事中に携帯を弄る、すぐにタバコを吸うなどマジのポンコツだった。
なんで店長はこんな奴を入れたのか。上から紹介された手前入社はもう決まっていたのだろう。形だけの面接だけして、教育や面倒なことは俺に全部振る。いつものやり口だ。
教育は全て部下に任せて自分はデスクでのんびりしている。そしてある程度使えるようになった所で、今度は自分がこき使う。
阿左美さんはいい年齢にも関わらずモラルが欠如していて、遅刻も多かった。しかも出勤前に遅刻の旨の電話を取った小木さんは「タイムカードを切っておいてください」と言われたらしい。
それで本当にタイムカードを切った小木さんも小木さんだが。
そして、最大の事件が起こる。
当時俺はタバコを吸っており、いつも引き出しの中にタバコとライターを入れていた。ヘビースモーカーではなく1日に1~2本吸う程度だったが、やけに減りが早いことに気づいた。
それも阿左美さんが出勤の日に。
まさかと思い、デジタルカメラを録画モードにして設置して後で確認すると、俺のタバコを盗む阿左美さんの姿がばっちり映っていた。
金子君に聞いたところによると、阿左美さんの手癖の悪さはバッティングセンターでは有名らしく客が忘れた財布から金を抜き取ったり、掛け持ちで働いていたクロネコヤマトの配送助手の仕事でも客先からタバコを盗んだりしてクビになったそうだ。
2階の休憩室に阿左美さんを呼び出して事情聴取をする。俺の隣には店長もいる。
単刀直入に呼び出した理由を告げると、阿左美さんは「いや・・・あ・・・」と挙動不審になった。
「なんでこんなことするんですか?」
「人の物を盗るのは犯罪ですよ」
何を言ってもはっきり答えない。煮え切らないその態度に腹が立ってくる。
それまで何も言わなかった店長が口を開きもう2度こんなことをしないように静かに説得する。
いい歳になって説教される30代のおじさんは哀愁に満ちていた。
俺に席を外すように促し、二人でしばらく話していた。それが終わると阿左美さんはバックヤードに戻ってきて俺に謝罪をした。
店長はこのことを上に報告しないらしい。問題を本社に上げないその理由は保身によるもの以外にないだろう。
気分が悪かった。

***佐田さん***
相も変わらず佐田さんと俺はドライな関係だった。
お互い一歩も歩み寄らないまま、ただただやりずらい状態が続いた。
一旦嫌いのスイッチが入ると、嫌なところばかりが目に付くようになる。

・何を言ってもまず反論・言い訳が返ってくる
・ベテランにも関わらず言われた事以外は分かっていても一切やらない
・俺を通り越してまず店長に相談して言質をとる。口癖は「店長には許可もらったんで」。強い立場から権限をもらって紋所にする。休みを入れるときすら俺に何も言わない
・途中の作業を報告もなしに放置して帰る

多分、これの2~3倍は向こうも思う所があるだろう。それでも俺は"お前が逆ギレした挙句にケジメもつけないのが悪い"という意識で自分を正当化していた。
それと同時に、これではいけないとずっと思っていた。
俺はとうとう、佐田さんに話しかけた。

「あの・・・今、正直お互いやりにくいじゃないですか」
「はい」

当たり前だが向こうも同じことを思っていた。
そして俺はどこで佐田さんに対して苦手意識を持ったか明かした。
一連のことを話し終えた後に佐田さんはこう言った。
「そうだったんですか・・・全然覚えてないです」
嘘つけ!!この期に及んでまだ保身かよ!!・・・と腹が立つ気持ちを抑えながらも、今後はお互いやりやすく仕事ができるようにと話しを持っていき、握手をした。

***街コン***
俺は堀田さんに彼女が出来た寂しさを埋めるように他に居場所を求めた。
社会人サークルと呼ばれる街コンのようなものに頻繁に足を運んだ。
20代限定、30代限定と年代別に区切られており、場所は都内各地の居酒屋。
毎週末開催されているが、俺が当てはまる20代限定は非常に倍率が高く掲載と同時に埋まった。
20~30代限定という幅広く募っているものもあり俺が初めて行った街コンもそれだった。

夕方の銀座。会場に向かって歩いている俺。心臓がバクバクする。
一人参加の人は俺以外にもいるのだろうか、ファッションはこれでいいのだろうか、そもそも俺なんかの身分が行っていい場所なのだろうか。
分からないことしかないので気が気でない。
会場である居酒屋に入ると既に数人の男と女が向かい合わせで座っていた。誰も喋らず重苦しい空気が流れている。
主催者に料金6000円を払うと、促されて席に着いたが、何をしていいか分からない。
しばらくすると残りの参加者が揃い、ぎこちない乾杯を以って飲み会が開始された。
女性陣を眺めるとおばさんばっかりで20代はいなそうだった。容姿も中の下くらいで好みのタイプはいなかった。その時点でテンションがダダ下がりだった。
結婚に乗り遅れた30代の女達が目一杯オシャレをして清楚に振舞う様が見ていて痛々しかった。
きっと世間で相手にされなくなった人達が行きついた成れの果てがここなのだろう。
さて、乾杯をしたあと何を話していいのか分からない。それは皆も同じようで隣から聞こえてきたのは「こういった所に来るのは初めてですか」という触りの質問だった。
俺も習って同じ質問を対面の女性に聞いた。
そこから仕事や趣味など、当たり障りのない話題に移っていく。一番聞きたい年齢のことはここではタブーだろう。
しばらくすると主催者から席替えを促されて男性陣が2席隣にずれる。
目の前はまたもや中の下の30代。また一から会話を組み立てるのが面倒くさかった。
しかも、相手も心を開いてないので多くを語らず会話は直ぐに途切れる。それではと自分の話しをしても広げてくれないのでやはり直ぐに終わる。
早く帰りたかった。何をしてんだ俺は。
飲み会終了後、連絡先交換は各自で勝手にやるようだが女は体裁を気にしてか誰も自分から聞こうとはしなかった。
フループの中で一番容姿の良い女に男が群がり、満更でもない顔でそれを受けている。お前ここから出たら誰からも相手にされないくせに。
誰からも連絡先をきかれずひとりでトボトボ帰る女性もいて後ろ姿が悲しかった。

それから別の街コンに何回か参加したがどこも似たように参加者の中で美人(その中では)はひとりかふたりで男性陣がそれに群がる。
ブスを含め女性は全員受け身でこちらから話題を振らなければいけない。女は興味のない男にはあからさまに手を抜き、ここに来るようなモテない男は焦って更に下手下手に出るので余計に舐められる。
男が弱くて女が強いという構図が街コンのシステムだった。

俺はそこで出会った20歳の女の子と麻生の祭りや横浜までドライブデートをする中になったが、気持ちが盛り上がらなかった。
3度目のデートの後に向こうから「私のことどう思ってる?」と気持ちの確認をされた。
そのときは好きと伝えたが、朝になって付き合うとかじゃなくてもう少し時間を掛けて距離を詰めたいと撤回した。
容姿も可愛いかったし愛嬌もあった。
自分でもなぜそんな返事をしたのか分からない。
きっと自分に自信がなかったんだと思う。彼女は日本橋の立派な会社で働いている。20歳と若いながらも自分より多くのことを経験をしており話していると劣等感に駆られる。
こんな汚い作業着を着て日がな汚れ仕事をしている自分とは釣り合わないと勝手に判断して終わらせてしまった。
自分は周りよりもクソという意識が常に頭にあり、セルフイメージが低かった。
その後も何度か連絡を貰ったが素っ気ない返事をしてしまった。やがて連絡が来ることもなくなった。せっかく俺に好意をもってくれたのに本当に申し訳ないことをしてしまった。

***冷蔵庫担当***
各カウンター社員はそれぞれカテゴリー担当を持っており、予算目標に向かって努力をしなければいけない。
毎月のミーティングでは仕入れ総額や売上高、粗利などを報告していた。
価格を下げたりディスプレイを変えたり、買取を強化したりしていたが中々予算や前年比を越えられないようで苦戦していた。
俺はバックヤード部門だったので担当を持つことはなかったが、店長に直談判して担当を受け持つことにした。
なぜ自ら面倒なことに足を突っ込み、仕事を増やすのか。それは手助けのためでも自分ならノルマをクリアできるという野心でもなく、単に未来を見据えたスキルアップのためだった。
常にここを去ることは頭にある。しかし、いざここを去ったときに自分に残るのはなんだろう。カウンター業務と違って肉体労働しかしていないので、数字やPCスキルは一切身についていない。これではいけないと思い勉強も兼ねて立候補して冷蔵庫担当を受けもつことになった。
初めて数字に関して向き合うようになり、売るための工夫も考えるようになって、少しやりがいを感じた瞬間であった。

***腹の立つジジイ***
清掃のパートである藤原のじじいが嫌いだ。ポンコツのくせに態度だけがでかい。自分の非を認めず、ミス指摘をすれば仏頂面で「ああ」とだけ言う。
本当は怒鳴り散らしたいが、社長の後ろ盾がある。
店長も副店長もそれがあるから藤原にはなにも言わず、俺に言ってくる。
この鬱憤をどうにか解消できないか。イライラしながら床を見るとホコリが落ちていた。俺はそれをつまんで一生懸命作業している藤原の背後にそっと忍び寄り、剥上がった頭頂部に乗せた。ホコリは軽いので藤原は気づいていない。真ん中だけ禿げた頭にホコリを乗せながら夢中で冷蔵庫を拭いている。
それを見ていると胸がスッと軽くなった気がした。

それ以来、藤原に腹の立つことをされたらホコリを乗せてイライラを解消させた。
藤原にも、そして周りのパートにもバレないように、隠密に行動する。そのスリルが堪らなかった。
さながらメタルギアソリッドのスネークのような気分だった。
最初の方は普通のホコリだったのも段々とより大きいものを求めるようになり、いくつかのホコリを合体させてオリジナル大ホコリを作って藤原の粗相を待ちわびた。
バレたら社長まで話がいくリスクがある。そのスリルが溜まらなかった。
このときの俺はおかしくなっていた。
万引きを辞められない人間はこういう気持ちなのだろうか。

行き過ぎた俺は遂に野球ボールほどの大きさのホコリを作り上げた。流石に重みがあり気づかれるんじゃないかというくらいの物だった。
しかしこれを乗せることができれば俺はレベルアップできる。大丈夫、俺ならできる。
そーっと忍び寄り、藤原の頭にゆっくり乗せる。すると藤原は自分の頭に手をやりホコリを掴んだ。
終わった・・・。
そう思ったが藤原は掴んだホコリを見たあと、天井を見上げた。
俺は藤原に「どうしたんですか」と聞くと「これが上から落ちてきたんだよ」と言った。
あぶねぇ。
それ以来、俺はこのゲームを止めた。

***二年目が終わる***
今年もあっという間だった。年々時間の流れが早く感じる。毎年のようにもっとあれをしておけばと思い毎年のように後悔が押し寄せて焦りだけが肥大化する。
なんとなくでここまで続けてきたがこれからどうする?
この1年で行動はしたことと言えば・・・

・社会人サークル
・職場近くの店員が外国人のミュージックバーでケニア人の店員から女の子を紹介される(高飛車なブスで会話が成り立たなかった)
・中学時代の友達に誘われて初めて地元メンバーの飲み会に参加した
・ナンパしたコとデート

どれも人生や価値観を変えるほどではなかった。
明確なプランはないが、なんとかしなきゃという思いだけが心を支配していた。

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Fujiki

ブラック企業に入社しました ~リサイクルショップ~

21歳、高卒、職歴・資格・貯金なし。 フリーターからの就職活動に連敗して、最後に行き着いたのは場末のリサイクルショップでした。 マナーも言葉遣いも分からないまま、低賃金・重労働の組織の中で生きた4年半。
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