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書評:日本の「開国」時期はいつか。-『明治史講義』を読む。

日本の開国年は1854年か?

27日夜、国賓として訪日したトランプ米大統領夫妻を歓迎する宮中晩さん会が開かれた。冒頭、天皇陛下とトランプ大統領がそれぞれ挨拶され、筆者もその様子を中継で観ていたが、天皇陛下のお言葉に気になる件(くだり)があった。

 我が国が、鎖国を終えて国際社会に足を踏み出したのは、今から百六十五年前の一八五四年に、貴国との間で日米和親条約を締結したことに始まります。それ以来、日米両国とその国民は、様々な困難を乗り越え、相互理解と信頼を育み、今や太平洋を隔てて接する極めて親しい隣国として、強い友情の絆(きずな)で結ばれております。※太字=筆者による
出典:天皇陛下のお言葉全文=宮中晩さん会-JIJI.COM(時事通信)

筆者が気になったのは、文中の太字部分、すなわち日米和親条約の締結をもって日本の開国としている部分である。

山川出版社の『詳説 日本史B』を確認すると、第9章近代国家の成立の冒頭において、次のように説明されている。

幕府は1854年、ペリー来航による外圧に屈する形で日米和親条約を締結し、次いで、イギリス・ロシア・オランダとも類似の内容の和親条約を結んで、200年以上にわたった鎖国政策から完全に転換した。※筆者による要約

一般に、教科書などの記述をみても、日本の開国は1854年を起点にしていると言えそうである。しかし、近年の研究動向から、当時の幕府の認識は、必ずしもそうではなかったことが明らかとなっている。

近年の研究動向に注目すると

「近年の近代史研究進展の上に立った着実な明治史研究を提示したい」という意欲から、通説や教科書見解にも「真摯に史料を読むことで果敢に挑もうとする筆者によって書かれた」という『明治史講義【テーマ篇】』(ちくま新書、2018年、9-13頁)を読むと、日本の開国年について、通説とは異なる理解を得ることができる。

開国の過程において、当時の外国船取り扱いに関する法令は、1842(天保13)年の天保の薪水給与令であった。同法令は異国船打払令を緩和したもので、漂着した外国船には燃料・食糧等を与えることにした。

また誤解している人が特に多い部分であると思われるが、和親条約では自由貿易は認められず、あくまで下田・箱館の開港も、右で定めた目的での外国船寄港を認めたものに過ぎなかった。つまり、この和親条約は薪水給与令を拡張したものに過ぎず、国法としての「鎖国」(オランダなどとの例外的通商関係以外は認めない)を放棄したものではなかった、と見ることができよう。以後、イギリス・ロシアと結んだ和親条約も同様の性格を有していた。

『明治史講義』第1講、開国と尊王攘夷運動の執筆担当者である久住真也氏(大東文化大学文学部准教授)は、「和親条約の締結に対して、国内で激しい反対運動が起きなかったのは、右のような条約の性格と無関係ではないだろう」と喝破する。

また注意が必要なのは、オランダとの間で結ばれた和親条約(1856年1月)には、限定的な通商規定が含まれていた点である。この点において、アメリカ・イギリス・ロシア・オランダとの間で締結された和親条約を、一括りにして説明する教科書的見解は乱暴な理解であるといわざるを得ない。

そして、ペリー来航時の外交を主導した阿部正弘に代わり、堀田正睦が老中主座・外交専任になると、積極的な開国策が推し進められることになる。

1856年に、アメリカ総領事となったタウゼント・ハリスは、自由貿易の条約を締結する任を帯びており、堀田はハリスの要求にしたがって、実質的な従来の国交関係の枠組みに変更を加えた(1857年10月)。翌1858年、大老井伊直弼のもとで調印された日米修好通商条約は、①通商は自由貿易とすること②協定関税③片務的な領事裁判権④外国人の居留地設定などを定めたものであった。以後、イギリス・フランス・ロシア・オランダとも同様の条約を締結し、ここに「鎖国」体制は崩れた。

つまり、近年の研究動向に注目すると、日本の開国年は1854年ではなく、実質的な意味において従来の国交関係の枠組みにに変更が加えられた1857年がそのターニングポイントであり、翌1858年の日米修好通商条約を契機として、「鎖国」体制が完全に崩壊した、との理解が自然ということになろう。

このように、『明治史講義』においては、近年の史料研究から「通説」とは異なる新たな歴史的視座が幾つも提示されている。明治史に興味を持つ方々、目から鱗が落ちるような爽快感を味わいたい方々には、是非とも読んでほしい一冊である。

※本記事における歴史的叙述は、筆者が、自身の知見ならびに『明治史講義』『詳説 日本史B』などを基に記述したものであり、事実関係に誤り等があった場合、その全責任は筆者に帰属します。

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