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涅槃のエッセイ(川柳・chapter1)

『渡れない海の向こうで降る砂糖/エノモトユミ』

 渡れない海ですぐさま思い浮かぶのは村上龍「海の向こうで戦争が始まる」だ。
 「海の向こう」ではゴミに埋もれ、暴力が溢れ、虐殺に塗れ、戦争が起こる街があるらしい。しかしそこを訪れることは出来ない。なぜならそこは「誰かの瞳に映る海」だから。
 でもこっちの「海の向こう」はそんなに怖くなさそう。砂糖が降るなんて、とっても甘そうだ。
 北の北のさむいさむい国。仕事を終えて疲労困憊した体。冬の寒さに凍えながら、早く家に帰って――レンガで作られた一軒家だ――コーヒーでも飲みたい。お気に入りのレコードを聴きながら、読みかけの小説の続きを読みつつ。
 雪が降ってきた。
 たわむれに舌を出す。
 甘い。
 砂糖だ。
 疲れているんだと苦笑する。雪はどんどんふりそそいでくる。
 今日は、コーヒーに砂糖をたくさん入れよう。とっても疲れたからね。

 

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