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なんでお店に立つんだろう

"接客上手くなりたいなら、あのブランドオススメだよ。特にG店のNさん。"

3日前。そんな風に今僕が働いているマザーハウスの先輩スタッフの方に名指しで勧められたのが、マーガレットハウエル。全国展開している英国発のブランドで、イギリスらしい紳士淑女的上品さがありつつも、シンプルでゆったりめのシルエットが特徴的である。誰しも一度はその名前を聞いたことはあるだろう。

https://www.margarethowell.jp/

新卒でお店に配属されて約1年弱。上達すればするほど、自分の接客のマインドスキルともに全然足りて無いなと感じることが最近増えた。マニュアルの無い世界でどうすればいいのか分からないけど、まずは何か動いてみよう!という軽い気持ちで、オススメ頂いたその足で、大阪駅近くのその店舗に向かった。

「初めは何と声かけられるかな?」「距離感はどれくらいだろう?」「どういう風にブランド哲学を伝えてくれるのかな?」と接客の勉強をする気マンマンで行ったはずなのだが…



気が付くと、3万円のシャツを買っていた。

僕もびっくりした。というか僕が一番びっくりした。スーツやコートならまだしも、3万円のシャツなんか人生で一度買ったことがない。ベンチャー新卒1年目にとっての3万円はデカすぎる。例えるなら、カステラの底の黒いザラメ部分くらいでかい(伝われ)。今月来月やっていけるかな…という不安は尽きないが、不思議と後悔はない。むしろ最高な洋服とブランドに出会ってしまった……5年も10年も大切に着続けるぞ!というやる気に満ち溢れている。

全く買う気の無かった僕をそうさせたのは、マーガレットハウエルの洗練された商品ラインや整理整頓された清潔感のあるディスプレイ、ではなく、間違いなく人だった。


"めちゃめちゃ話しかけてくるな"

ネイビーのシャツに黒のジャケット。背がすらっとしていて、少し白髪混じりので穏やかそうな顔。僕がお店の入り口付近にあった白シャツを手に取っていると、Nさんはすたすたと自然に近づいてきてその白シャツについての説明を始めた。

『このシャツ、襟の部分の縫製がとっても細かいんですよ〜』
『こっちは素材が日本製で縫製も日本、あっちは素材がスイス製で縫製は日本。これだけ際っ際に縫えるのは日本人の几帳面さですよね。』
『コットン100%なんですけどペリッとしてるのでセーターの下にも重ね着すれば冬も行けますし、春夏も一枚でさらっと着てもらえます。ヨーロッパの人達はそうやって一年を同じシャツですごしてるんですよ。』

会って1分も経っていないのに、とにかく説明が止まらない。始めは"めちゃめちゃ話すなこの人…"と驚いたのだが、僕に話しかけているというより洋服の説明を事細かにされているからか、一緒にいて全くストレスがない。博物館で展示品の横にある説明ボタンをポチっと押して聞いている様なそんな感覚。

"へ〜確かに持ってるシャツより縫製細かいかも"
"着た時のシルエットかわいいだろうな"
"でもこれ結構薄いけど本当に冬はいけるんかな?"

説明を聴きながら色んなことを妄想し、
そして僕は言ってしまった。

"これ試してみてもいいですか?"

今思えば、この時点で勝負は決まっていた様に思う。笑

ここからは早かった。白シャツは僕の好きなサイズが無かっため、今期シーズンカラーの淡くて綺麗なセージ色のシャツを持ってきて下さり、試着室を出た途端『やっぱり似合いますね』と一言。他にも黒のカーディガンやロングコート、マフラー等もちゃっかり試着させて頂いたのだが、驚くべきことに全部似合うのである。気付いていないだけで、好きな/似合いそうな服装を沢山観察されていたのだろう。

さらに言うなら、僕は試着室の傍からほとんど動いていない。強いて言うなら『こうやって下をパタパタさせるとめっちゃかっこいいんですよ!!』とロングコートなびかせNさんと一緒に店内を闊歩した時くらいである。もうこの時には既にお店の虜である。

試着室の中でちらりと値札を見て、"アウターでもこんなに高いの買ったことないぞ…汗"と一度は来たことを後悔したが、Nさんとお話する中で、僕の決意は自然と固まっていった。

他にも、マーガレットハウエルのブランド哲学、Nさんのアルバイト時代の顧客様とのエピソード、同じシャツをほぼ毎日5年間着続けた話、同系色で上下を合わせる上級者コーデ、、、沢山のお話を伺う中で、沢山の発見があった。友達みたいに話すお茶目なNさんのことも、長くいいものを使って欲しいというブランドのことも、どんなシーンにもバッチリ決まるシャツのことも、気付けば好きになっていた。

買わない理由が見つからないし、今ここで買いたいと思った。そして、勇気を振り絞って、今までで一番高い高級なシャツを買った。支払いは少し緊張したけど、不思議なスッキリ感と高揚感を抱いたのを覚えている。



一連の流れを冷静に振り返ってみると、Nさんの凄みポイントは以下の3つかなと思う。

①お客様の頭を使わせない楽チンなご案内方法
②幅広いファッション知識や経験からくる新たな提案
③個人的な話もしてくれるユーモアと信頼感

どのスキルも自分には不足してるナ…笑というのはさておき、ここにはこれからの時代を生きるヒントがある様に思う。

今後AIやデジタル化により、例えば僕ら小売の現場では、在庫管理やディスプレイ整理、会計の様な業務は人間がしなくてもよくなるだろう。海外でも無人コンビニが普及しているくらいだから、無人のファッションストアももしかしたら出てくるかもしれない。

しかしだからと言って、お店やそこで働く人間は必要なくなるかと言われたら僕はNOと言いたい。それは僕自身、Nさんとの接客で、新しいブランド、新しい着こなし、新しい自分や価値観と出会い、感動したからだ。僕はまだまだAIに心を動かされる気はしない。

そして僕をそうさせたのは、先述のNさんのスキルだけでなく、自分の持てる知識や経験、スキルをフル活用して目の前の相手に楽しんで頂きたいというピュアで惜しみない姿勢だと思う。そしてそれこそが、僕ら販売員がお店に立つ意味でもあると思った。

コロナで偶然の出会いや人との雑談の様な緩い関わりが不足している中、気軽に来れて気軽に話せるお店だからこそ出来ることがあるはず。そしてそこでもし、商品を通して自分の世界が広がったり、明日が楽しみになったりするのならそれは本望だなと思う。

そしてそんなお客様との出会いを通じて、僕たちお店に立つスタッフも、明日を生きる意味と希望をもらっている。

p.s.先日大阪散歩した時に見つけた樹齢600年のクスノキ。君はどんな世界の変化を見てきたんだろう?

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