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極東から極西extra:世界の果てへ・ 後編


前回の粗筋
暴風雨の中、海沿いの町セーに着く。
シシリアさんについで、カリマさん、クリスティーンともお別れの予感。
何かわからないものを食べた。

今回はフィニステーラ到着とサンティアゴ空港まで。




・Cee〜陽気な人


 10月25日(水)。
 もうフィニステーラは目と鼻の先。
 ゆっくり歩いても3、4時間で着いてしまう距離だ。起床後周りの人を起こさないように、ダイニングに荷物を出して出発の準備をする。荷物は全体的に湿っていたけれど、構うことはない。だって正真正銘これで巡礼は終わりなのだ。カミーノ・フランセ最終日のペドロウソでも「最後かあ」と思ったけれど、今回はまた別の感慨深さがある。
 
 長かったな。楽しかったな。満足したな。

 そう、もう満足だった。
 カリマさん達が明日の午後に着くなら、お祝いの為に明後日もフィニステーラに泊まる予定だった。
 でも会えないなら、もう明日の朝イチで戻ってサンティアゴで一泊し、空港に向かう方が時間の余裕が十分にある。

「その靴下は、歩きやすい?」

 靴を履く直前、やはり歩く準備をしていたご夫婦に訊かれた。

「歩きやすいですよ。まめもできてないし」
「履いてる人結構いたじゃない?」
「雨の日でも効果あるのかなあって思ったんだよ」

 injinji(インジンジ)というメーカーの靴下をフランス人の道、フィニステーラへの道で使用していた。所謂5本指ソックスで、大きな町の巡礼ショップにも必ずあるくらいメジャーなものだった。あれだけの距離を歩いたのに、破けることも薄くなることもなかった。

 ご夫婦に挨拶して、出発。
 雨はひとまず降っていないけれど、ここはガリシア。いつ降り出すか分からない。
 
 アプリを起動して、地図を確認し海へと向かう。入江にボートが沢山浮いているのを見ながらぐるりと半周した。昨日レヌスカに、フィニステーラまではほとんど平らで歩きやすいよ! と言われていた通りアップダウンはあまりなかった。


海に向かう。
潮の匂いのする風が吹いていた。

 コルクビオンの町に入ると反対側にセーが見えるようになる。海を見ると、セーの街明かりが水の上に流れて揺れていた。


灯りが波と共に揺れていた。
セーが遠くなる。


 町の手前で道の選択があった。
 街中を通り上に行く道と、海沿いの道。標識は街中を示した為暫し迷っていた。すると、海沿いからザックを背負った女性が一人引き返してきた。

「道はこっちが正しいわ! 向こうに暫く行ったけど矢印もなーんにも無かった」
「ありがとう! こっちに行ってみるね」
「うん! じゃあね!」

 彼女は元気良く上に向かって登っていった。
 街中に入り、地図を確認しながら彼女の後を追いかける形で歩いた。小柄な彼女は写真を撮って、また動いてを繰り返していた。追いついたり、置いて行かれたりしつつつかず離れず歩く。


町の中。石畳が濡れていた。

「私、写真撮るの大好き」
「綺麗な景色だもんね」
「あ、こっちも素敵!」

 なんて時々やり取りをするようになるようになっていく。
 その内に彼女は「地図がヘン」と言ってとうとう止まってしまった。

「私は、マリアンナって言うの。マリー+アンナね。マリアンナでもマリーでもいいよ! あなたは?」
「常です。日本人だよ」

 自己紹介。私の名前は発音だけでは覚えられないからスペルを教えて欲しいと言われた。今までは、私から頼んで他の人に名前を書いてもらっていた。でも書いてほしいと言われたのは今回初めてだった。

「だって音だけだと正確に覚えられないじゃない?」
「そうなんだよね。私も書いてもらってたよ、ほら」

 スマホの名前のメモを見せると、なぜかすごく喜ばれた。
 二人で地図を解読して歩行を続けた。彼女は話すときに、私の名前を敢えて何度も呼んでいるようだった。確かに呼べば覚える。にしてもさりげなく質問が多い。日本のどこに住んでいるのか、兄弟はいるのかetc.etc.

「……あーこの感覚は」
「んー? なんか言った?」
「なんでもないよ」

 イタリア生まれ、ロンドン住みの彼女は20年前に日本人の男の子から習ったという日本語を話してくれた。

「私の 名前は マリアンナ です。どうっ!? 合ってた? 今の正しい日本語だった?」
「パーフェクトだよ。正しい日本語だった!」

 やったー! と言って喜ぶ彼女。
 なんとなく懐かしいノリだなあと思った。坂道を登る内に山の中に入り、雨が降り出す。マリアンナはザックに下げていたポンチョを羽織った。赤ずきんちゃんみたい……いや、ポンチョが白いから白ずきんちゃんかな。

「……で、あなたはどこからスタートしたの? えっとつまり今日って意味じゃなくて、どの道でどの街からって言う意味ね!」
「私はカミーノ・フランセをサンジャン……サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから歩いて来たんだよ」
「いつから?」
「9月14日にサンジャンに着いて、15日早朝に出発」
「ふむ」

 フランセかあ、じゃあ長い旅路だねと言ってマリアンナはにっと笑った。

「あなたは?」
「私はサンティアゴからフィニステーラまでだよ。ボスがさ、長い休みなんて許してくれなくてさ。来年はフランセ歩きたいなー。今回はフィニステーラまで歩いて、帰ったらすぐ仕事!」
「なんの仕事?」
「看護師」

 懐かしい感じの正体。
 にこやかに相手の情報を引き出す姿は、以前の職場の同僚にどこか似ていた。

「……私もだよ」
「わぁお! あなたも? 」

 あはは、カミーノ医療関係者多すぎない? とマリアンナは笑っていた。
 からからよく笑う人との出会いだった。手にメモしちゃわない? と訊いたらすごく共感してくれた。

「分かるわ。手袋に書いたら捨てちゃうじゃない? 日本もロンドンも同じね!」

 ぶんぶん握手された。


・陽気な人〜Fisterra


 山を降りて再び海沿いの道に入る。

「ねー、常。そろそろカフェに行きたくない? 私珈琲が恋しいわー。つか、いつでも珈琲は恋しいものなんだけどね?」
「そうだねぇ、お腹もすいちゃったよね。それに今日の分のスタンプもまだなんだ」
「それー! スタンプ貰わないと!」

 …‥と言いつつ、砂浜が見えると「海ー!」と喜んで、行っていいかな? と訊いてくる。わくわくしながら向かう姿に、暴風雨の中レインコートで飛び出した昨日の子供の姿が重なる。

 彼女は海に近い街、ナポリ出身だそうで、荷物がなければ泳げたのにと残念そうだ。

「ま、父には止められるんだけどね。マリアンナー、そんな遠くまで行くんじゃない、戻ってこーーいって」
「ナポリの人全員がこんな天気に泳ぐわけじゃなくて良かったよ」
「私は泳ぐけどね!」

 荷物があって良かった。
 わたしは海無し県出身だからか、泳げるけれど海が少し怖いのだ。すごいなあ、大きいなあとは思うけれど何か得体の知れないものがいそうな気がしてしまう。

「すっごい波ー! 天気悪くても海って素敵だわ。写真撮ってほしいな。あなたのも撮るね!」

 雨粒に打たれながらマリアンナがはしゃいでいる。受け取ったスマホのカメラを向けて、あれ? と思う。
 心のどこかで、私は彼女を20くらいかなあと思っていたのだ。綺麗な子には違いないのだけど画面越しの姿はすごく大人っぽく見える。20後半くらいだろうか。あ、でも20年前に日本語を教わったと言っていた。


海沿いの十字架。

「はい、撮れたよ」
「ありがとうー! こんな天気の中でも歩いてるよってお父さんに送んなきゃ!」

 スマホにメッセージを吹き込み、写真を送信していた。後で判明したのだが、マリアンナは36歳。違う国の人の年齢はよく分からない。

 やがてフィニステーラに入る。
 開いているカフェを見つけて、レインウェアを脱ぎ漸くほっと一息。
 入り口近くに座っていたのは、なんとリネットさん(Day23 マサライフェ村で隣のベッドだったアメリカ人女性)!

「私達もやっと休憩よー」
「生憎の天気ですね」
「本当にね」

 なんてやり取りをする。
 オレンジケーキとカフェ・コン・レチェを頼み、マリアンナは普通のエスプレッソを頼んでいた。

「ここは私の奢りね!」
「えー! 悪いよ。出すよ」
「イタリア人の心意気ってやつよ。受け取って!」

 ご馳走になってしまった。
 後から、あの仲睦まじい夫婦もやってきて挨拶をした。靴下の縁がまさかこんなところまで続くとは不思議な感じだ。


オレンジケーキ。
スペインのお菓子は美味しい。何もかも甘いと嘆いていた人もいたけれど、甘党の私は大歓迎。
とうとうフィニステーラ(フィステーラ)


・Fisterra/灯台へ


 朝ごはん後、0kmモホンのあるゴール地点に向かうことにした。アルベルゲにチェックインして荷物を置いてからでも良いのだけれど、マリアンナと、まずは旅を終わらせようと意見が一致した。
 街中でもう一つ、さらに先の教会でもう一つスタンプを得て、これで「世界の果て証明書」を貰う準備はできた。


教会。
カミーノは巡礼の旅である事を忘れずに。
雨降り大西洋。
写真を撮るマリアンナ


「ところで証明書ってどこでもらうの?」
「公営アルベルゲでもらうんだよ」

 サンティアゴの事務所での説明では、フィニステーラの公営アルベルゲでもらえるはずだ。因みに、クレデンシャルにスタンプが一杯に押してあれば、バスで行ってもムシアでも証明書がもらえるらしい。

 灯台に向かう約3kmの道。
 モホンの数字が減っていくのをいちいち喜びながら進んだ。勿論写真も欠かさずに。

 韓国のご夫婦が灯台側から降りてきた。
 旅の終了を祝う。
 次第に真っ白な霧に覆われて何も見えなくなる。

「ああ、世界の果てっぽい」

 呟いた声は多分誰にも聞こえなかった。

 0kmモホンは霧の中にあった。
 巡礼路の終わり。
 旅の終わり。
 世界の果てだ。

 残念ながら何も見えなかったけれど、十分だった。


灯台。
帰りのバスから、この灯台の光を見つけた。


・その後


 宿はマリアンナと一緒の場所。少し高めのホステルに完歩祝いで泊まる。
 夜になってルーシーというマリアンナの友達と、三人で夕飯を一緒に食べた。宿の人のオススメのお店の、海鮮盛り合わせだ。
 隣のテーブルにもイタリア人の女性がいて、弾丸トークはイタリア人のDNAにインプットされたものなのだとマリアンナと言って意気投合していた。
 

ちゃんとしたベッド。
全部揃ったクレデンシャル。
証明書より大事な宝物。


盛り合わせ。
ルーシーとマリアンナにエピペン持ってる? と訊かれた。幸いイカもタコも乗っていなかった。



 翌日10月26日(木)。

 カリマさんとクリスティーンがなんとバスに乗ってフィニステーラに来てくれた。道が酷くて歩けなかったのと、「あなたが帰っちゃうから来ちゃったのよー」とのこと。ちょびっと泣きそうになる。

二人と一緒に食べたりんごのケーキ
ホタテ貝の形のお菓子も付いてきた!


 お昼から晴れて、海でいい大人三人で大はしゃぎ。でも次の瞬間には、コッペパン雲が雨を降らせて全員ずぶ濡れになった。

カリマさんを撮るクリスティーン
同上。何やってるの?


晴れてる!


 バスで帰るマリアンナと、ムシアに行くルーシーにお別れを言う。
 夜にはカリマさんとクリスティーンと夕飯を食べてお祝いした。帰り道でクリスティーンにお別れを言う。沢山沢山ハグしてくれた。


ハンバーガー。
クリスティーンが見つけてくれたお店で最後のディナー。


 翌々日10月27日(金)。

 カリマさんにお別れを言って、バスでサンティアゴに向かう。カリマさんは良い英語の先生で、カミーノ中の家族のようで、一番の友達だった。別れる前に思いっきりハグをした。

 サンティアゴ駅に到着し、市街地に向かう途中でレヌスカに会えた。終わったね、と言って別れた。

「また空港でね」
「うん、また空港で!」

 スーツケースを保管してくれているホテルに行くと大きな声で呼ばれる。振り返るとシシリアさんがいた。スーツケースを取りに戻ると言う話を覚えてくれていたらしい。

「……なんで?」
「サンティアゴにいればあなたに会えると思った!」

 ホテルは偶々だったそうだけど、会えて良かった。空港までいく6A路線のバスを一緒に待っていてくれた。


 サンティアゴ空港でバルセロナ行きの飛行機に乗る直前。誰かに抱きつかれたと思ったらレヌスカだった。本当にまた会えるなんて!
 
「また、ヨーロッパに来てね」
「うん、絶対来るよ。あなたも日本に来ることがあったら教えて!」

 
 また会おうね。
 

 振り返ると、最後まで手を振っていてくれた。
 

空港に着いた。
さよならサンティアゴ!


 カミーノ中食べられなかったチュロスはバルセロナであっさり見つかった。
 チュロスを食べ、観光も終えて、さて日本に帰らなきゃ。


「let's see what happens!」


 飛行機の中でつい、カリマさんの口癖を呟いた。


チュロスは熱々で、チョコにたっぷりつけて食べる。
とても美味しくて、バルセロナ滞在中に何回か食べた。旅の締めの味になった。




終わり。

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