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極東から極西へ3:カミーノ編・0日目 SJPPでの初日

前回のあらすじ。
SJPPに着き、いよいよ巡礼を目前に控えた。
今回は引き続き9月14日のこと。

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・宿をさがして

 映画で観た駅をチラ見して、すぐに宿を探しに行く。というのも、オスピタレロ(管理人さん)から、「チェックインは時間通りの予定? 20時になったら帰ります」とメッセージをもらったからだった。チェックインの時間は、18時から19時を指定していた。
 
「20時にバックホームって言ってるから、間に合うと思うけど」
「荷造りしなきゃですもんね」
「そう、ブリコって荷物配送サービス20時までだから急がなきゃ」

 幸い宿は駅から近くすぐに見つかった。人懐っこい犬がぶんぶん尻尾を振ってこちらを見ていた。
 ところが人の気配は無い。

「……?」
「呼び鈴推してみますね」

 Sさんが呼び鈴を押しても、建物はしんと静かだった。

「あ、まさか」
「どうしました?」
「20時に帰りますって、ここが家で、20時まで帰ってこないってことだった……?」
「あー、海外っぽい。日本ならないですね」

 犬は相変わらず遊んでほしそうにこちらを見ていた。


・ブリコと巡礼事務所

 一度駅に戻り、駅のトイレで大急ぎで着替えて荷物を整理した。そして重くなったザックを背負い、スーツケースを引き摺りながらなんとかブリコへ。


SJPPのシタデル通り。メインの通り。


 並んでいると後ろにいた人にSさんが話しかけられていた。普通に受け答えしている。

「え? 日本語? 日本人の方ですか?」

 思わず振り返ると、女の子がいた。びっくりした後はにかんで、台湾だと答えてくれた。

「日本語上手ですよねー」
「びっくりしちゃった。本当上手」

 職場にいたインドネシアの子達も相当上手かったけれど、本当に海外の人の他言語習得の精度には驚かされる。
 
 順番が来て椅子に座ると、前の人にはフランス語で話しかけていたお兄さんが急に英語に切り替えて話してくれた。

「スーツケース二つっと。予約の名前は一人分でいい?」
「一人でいいです」
「分かった。ここに名前を書いて……そう。タグをどうぞ。君たちの予約番号はこれね。緑の18の18」

 ゆっくり英語で話してくれた。流れに沿って一人70€ずつ渡す。
 そうそう、70€でいいよ、と受け取ってくれた後、最後に一言。

「日本から来たの? いいねー。ブエンカミーノ」

 ブエンカミーノって。
 そうかもう使うんだな。巡礼に来たんだな。

 
 スーツケースを置くとぐっと楽になる。隣の巡礼事務所にクレデンシャルを発行してもらいに行った。
 事務所は、スペイン語、フランス語、英語対応。私達は英語の席に座った。説明してくれたお姉さんは、あまりクセのない英語を話す人だった。

「二人はどこから来たの?」
「日本からです」
「わあ、いいわね」

 巡礼者の出身国をここでチェックしている。日本人はかなりレアなのだ。
 クレデンシャルをもらい、最初のスタンプを押してもらう。

「じゃ、次は説明ね…….」

 お姉さんが口を開きかけた時、イタリア人と多分英語圏の人が数人で事務所に現れた。何やらイタリア語で困っている事を事務所の人に伝えている。

「宿のお金を払ってるのに、宿が開いてないのよ」
「ええ? 電話はした?」
「出ないの」

 イタリア人の女の人に、事務所の人がゆっくりスペイン語で話している。アルベルゲの宿帳を広げて他のスタッフが対応していた。

「あなた達は、泊まるところ大丈夫?」
「大丈夫です。予約してます」
「車で行く距離?」
「歩きです」

 予約をしていない巡礼者に宿を斡旋してくれているらしい。イタリア人の巡礼者達のトラブルがあったので、心配してくれたのだ。

「待たせちゃってごめんなさい。説明するわね。地図で書いてあるこの坂……事務所の前の坂を降りて、この分かれ道で左。これがナポレオンルート(フランス人の道)。で、ずっと真っ直ぐに行くと、ここと、ここに給水場がある。分かれ道はここと、この二か所ね。レフト、ライト、ライト」
「レフト、ライト、ライトですね。分かりました」
 
 説明が終わり、ドナティーボ(寄付)のホタテ貝をゲットして、手続きが終わった。本当にぎりぎりで、丁度事務所が閉まる時間だった。


巡礼者の象徴、ホタテ貝。


・再び宿へ


「ご飯どうします? 食べてっちゃった方がいいかも」
「や、もう20時だし待ってると思うから行こう。それから出ればいいよ」
「結構距離ありますよ?」
「大丈夫でしょ、荷物を置いていくし」

 急いで戻ると、宿の外に恰幅の良い女性が立って待っていた。

「予約の人?」
「そうです、えーと、ブッキングドットコムで予約した…….」
「日本からね。はじめまして! 案内しましょうね」

 さっきぶんぶん尻尾を振っていた犬が出て来た。すごく人懐っこい。

「この子、人が大好きなの」
「男の子ですか?」

 Sさんが訊くと女の子だと言う。

「女の子。レディーよ」

 靴は脱ぐこと、余計な灯りは消すこと。鍵の閉め方を教わり、最後に事務所で聞いて来た説明を再び受ける。給水所の場所や分かれ道などかなり詳しい。


クレデンシャル、行程表、ナポレオンルートの地図

「どうして私がこんな風に説明できるのか。それはね、私が前に巡礼事務所に勤めていたからですよ」

 学校の、校長先生みたいな口調だった。面倒見の良いオスピタレロ。

「帰る時、鍵はここ。ブエンカミーノ」
「グラシアス」
「そう、それが大事。ピレネーを越えたらスペインだから。でもここも向こうもバスク」

 明日は早い。
 玄関から消えた彼女とはもう会うことがないのだろう。
 Sさんはドライヤーを借り、シャワーを浴びて倒れ込むように寝てしまった。パリ観光からの長距離移動。お互い軽く食べたけれど、これは街まで行けそうも無い。
 ご飯は……まあ、明日なんとかしよう。

 明日はいよいよ最初にして最難関、ピレネー越え。


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