天寧(あまね)

頭に浮かんだものの人に話すような種類ではない言葉や情景を、ここで文字として残して供養し…

天寧(あまね)

頭に浮かんだものの人に話すような種類ではない言葉や情景を、ここで文字として残して供養しています。オチはないけど 、ワンシーンを切り取る写真みたいな文章書きたい。

最近の記事

可能性の端緒を手放す。

本を所有することは、私にとって可能性の端緒を握りしめる行為なんだ。 成りえたかもしれない自分、この先成るかもしれない自分の可能性という名の亡霊が心に住んでいるから、なんとなく本は手放しがたい。 この本を、この本にある言葉を、いつか使うかもしれない。 だけど、使うような場面が今の自分の生活の中にあると思う? 否。否だなぁ。 たくさんの自分でいることはできなくて、一番心地いい自分が今だから、今つかわないものは手放していこう。 誰かに捧げたい言葉もたくさん吸収してきたけど、一

    • 優しい雨になる

      アポを取り、緊張しながら訪問したのに「あなた、どなた?」と言われたことが2度だけある。 幼子を育てている最中だったから、きっと特殊なホルモンが出ていたのだろう。やけに哀しく感じて、心に小さなトゲがずっと刺さったままだ。 あの頃は、大切にされたかったんだと思う。毎日が必死で、何かが枯渇していた。渇ききった土壌にツルハシを打ち込んだらヒビ割れる。そんな状態だったのだろう。 ヒビは痛いから、干ばつの厳しい土地じゃなく柔らかな雨の降り注ぐ土地を渡り歩く旅人になった。 厳しい土

      • 片田舎の古びた古本屋が佇んでいてくれたことの意味

        30年前、世の中はゆるかったと思う。 高校受験を控え、ベッドタウンというにも憚られる片田舎に住んでいた私は、同じ町にある塾に通うことになった。 勉強も楽しかったが、それに付随して思い出す古本屋がある。人に話すほどのことでもない、些細な思い出。 塾が終わるのは午後9時過ぎだったかと思う。コンビニもない時代、商店街の店は閉まり真っ暗な上、人通りはほとんどない。その商店街を抜け、住宅街を抜け、さらに畑を横目に見ながら30分かけて歩いて帰っていた。 本好きだった私は、同じく本好

        • 【創作】バスを降りた彼女

          「そんなんだから日本がダメになるっっ!!」 おばさんの金切り声が、夕刻の満員のバスの中に響いた。 目をやると、優先席の前で立っている中年の女の声のようだ。その横には、年配のおばあさんがしゃんとした姿勢で立っている。 優先先に座っていた若い女の人がか細い声で「すみません…すみません…気づかなかったので…」と言って立ち上がると、中年女は誇らしげな顔でおばあさんに空いた席を促した。 席を立った女の人は、大学生か社会人なりたてか判別できないくらいの年齢に見える。隙間なく人が立って

        可能性の端緒を手放す。

          【創作ミニストーリー】降って湧いた休暇

          その日、車を降りなかった理由は特になかった。走っている大通りの街路樹の色が複雑で、赤と黄色の間のくすんだ色が葉の一枚一枚で異なる配合で発色していて、それが無秩序に木というまとまりの中に存在していたのが、理由といえば理由かもしれない。 このくすんだ紅葉に、なにか違和感を感じた。 いつも大通りから左折して入る会社の前を通り過ぎ、その先のコンビニで車を停めた。コーヒーとドーナツを1つ購入して車に戻る。そしてスマートフォンを取り出し、体調が悪くて休むと伝えて電話を切った。 進行

          【創作ミニストーリー】降って湧いた休暇

          [創作ミニストーリー]健康って他人が決めることじゃあない

          「がんばれ~~!!」 「あと少し!泣いても笑っても、あと2キロだよ!!」 沿道から、叫ぶように檄を飛ばしている声がいくつも重なる。 車道には今日は車は通っていない。 代わりにいるのは、途切れることなく続くランナーたち。 彼らはこの地点に来るまでに40キロを走ってきている。途方もない距離だ。学生時代に陸上をかじった自分だが、今日は友人の応援に来ているだけ。マラソンのような長距離は走ったことがない。それでも沿道を走るランナーたちを見てると、なんだかじっとしていられないような気

          [創作ミニストーリー]健康って他人が決めることじゃあない

          【創作】星に未来を

          「あなたは主役として輝く星です!」 ニコニコと輝かしい運命を語ってくれた占い師を思い出す。 そんなこと言われてもなぁ。 仕事からの帰り道にあるレンタルブースに占い屋ができていた。お金を払って占ってもらうことなど一度もしたことがなかった彼女がそこに入っていったのは、友人と食事に行くよりは安い価格設定と、「星読み」という聞きなれない、しかし年末に似合いのきらめいた響きに惹かれたからかもしれない。 そこで言われたのが主役という、およそ似つかわしくない配役だった。人を沸かせるよ

          【創作】星に未来を