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EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』08

『”シャチについて”――続き。

 また、シャチは『コール』と呼ばれる音も出すことが出来ます。
 シャチは数頭から数十頭で群れを作って生活するのですが、群れの中ではこの『コール』によって会話をしていると考えられています。
 群れの中では無数のコールが常に飛び交っており、シャチというのは怖いイメージに反し、意外と話し好きな生き物なのです。

 解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』



 ……最初は高校生の時。駅前広場のデモ参加だったな。

 地元の海岸を埋め立てて工場を建てるという計画に反対するため、日曜日に友人と手作りのお弁当を持参して。

 お祭り気分だったよ。プラカードを持って。

 それで何度かデモに参加して、大学では環境問題を扱うゼミに入った。

 デモにも一人で参加するようになって、就職はゼミの先生の縁でアースセイバーに。

 これで本当に地球のために働けるって、無邪気に喜んだものさ。

 そうしたら、海外支部に転勤になった時だったな。

 警官隊がデモを力尽くで妨害してきたんで、石とスプレーで反撃したんだ。

 次からはじゃあ目くらましだ、ってこちらから発煙筒を持ち出すようになった。

 そうしたら本部から色々送られてきて、否応なしに使うことになった。

 火炎瓶、バット、ナイフ。

 ――拳銃、手榴弾にプラスチック爆弾。

 「久しぶりに日本に戻ってみて、自分のやったことが新聞の一面にテロ事件と書かれてた時にはさすがにびっくりしたよ。……これがエコテロリスト『白シャチ』の誕生経緯だ。納得してくれたかい?」
 
 淡々とした表情で、淡々と言葉を述べる『白シャチ』。

「納得できません。――全然納得できないですよ!」
「そうか。君の質問に、なるべく要件を簡潔にまとめてみたつもりだったが、不足だったか」

 亘理陽司が戻ってくるまで、まだ幾ばくかの時間があった。
 先のやりとりの後、何とはなしに雑談をするようになり、流れで、彼女がなぜ今の立場になったのか。そんな質問を真凛が投げかけた。

 己の素性に関することだ。当然、答えが返ってくるとも思っていなかったのだが、『白シャチ』は特に隠し立てすることもなかった。


「そうじゃなくて! 貴女は、なんていうか、すごくテロリストっぽくないっていうか! その。普通の人じゃないですか! なんで、なんでそれがこんな……」
「そうだな。頼まれたら断れなかったというか。それも仕事のうちというか」

 淡々と。虚無、あるいは一種の諦念めいたものさえ感じさせるやり取り。

「だから、そこがおかしいじゃないですか! 人を傷つけてまで。犯罪者扱いされてまで。確かにこの海は綺麗かも知れないけど。貴女がそこまでしなければならないものなんですか!?」
「ふむ。そこか。――――そこか……。じゃあつかぬ事を聞くがね真凛君」

 虚無的。だがわずかに、声が揺らいだ。

「えっ」
「君は、神はいると思うかい?」

 冗談、かと思った。
 だが、『白シャチ』の表情に変化はなかった。

「え゛! いやそのー。ウチはブッキョーのソートーシューで。そういうのは間に合ってますっていうか……」

 最悪、命のやり取りをする覚悟はあるが、宗教の勧誘は想定していなかった。
 とにかく学校でこう言いなさい、と教えられたマニュアルを復唱する。
 そんな真凛を見て、『白シャチ』は表情を緩めた。

「……心配するな。勧誘ではないよ。いや、もうちょっとトンデモかな。この世に、神様というものが本当にいると思うか? という意味だ」
「それは……いくらなんでも、さすがにいないと思いますよ」

 実際のところ、仕事柄、神様や精霊といったモノ、あるいはそういった存在と繋がり、あるいは使役する人間と出会ったこともある。だが、彼女が言う『神様』とはそういうものではないということくらいは、何となくわかった。

「そうだな。もちろんそれが当然の答えだ。……だけどね。私は神様に会ったことがあるんだよ」
「へっ?」
「子供の頃に、家族で南の島に行った時に、海で溺れかけたんだ。流されて、足がつって。力尽きて海の中へ沈んでいった。……あとで地元の人に聞いたんだが、とても自力で助かるような状況ではなかったらしい」
「でも、現にこうやって、」
「ああ生きている。神様に助けて貰った、のさ。……はは、そう残念な人を見る表情をしないでくれ。世間ではイカれたテロリストだが、一応自分では理性的なつもりだ」

 リゾートビーチの事故。

 気づかない家族達。

 沈んでいく自分。

 そして――

「……海の中に沈んでいく私を、何かが助けたんだ。海の底からせりあがってくる、とても大きな白い何か。それが私をすくい上げた……そんな気がするんだ」
「……白い何か。クジラ、とか?」
「私もそう思ったよ。そして調べた。高校生の時は高校生なりに。大学に入ってからは海洋学の知識も総動員してね。だがあの季節、あのあたりにクジラはまず寄りつかない。ましてやあんなに大きくて、真っ白な生き物はどこの図鑑を見ても乗っていない。……結論。あれは生き物ではなく、神様に違いない。……とね」
「それで、海を守りたい、と?」

 二拍、間があった。

「――そう。それが発端だったのさ。進路を決める時にはよく陥る罠さ。憧れとか目標とか夢とかを期待してその世界に飛び込んでみれば、そこに待っているのは汚れ仕事。それでも、いつかは。きっといつかは。だから逃げてはいけない。そんなふうに汚れ仕事をこなしていくうちに、どんどんそれ専門になっていった。それだけのことだよ」

 それが真凛の最初の問いへの答えだったのだろう。
 聞かれたことには答えたとばかりに、『白シャチ』はそれ以上言葉を続けようとしなかった。真凛がその言葉を噛み砕いて、口を開いたのは、十秒も立ってからだった。

「……ごめんなさい。やっぱり、ボクにはわからないよ」
「だろうね。そもそも人に理解して貰う話でもない。降り注ぐ光の帯、虹色の熱帯魚、どこまでも青い水のとばり……あの体験がなければ、私の生き方もまた違っていたのだろうな」
「祥子さん。それは――」

 会話は、ホールに反響する、慌ただしく近づいてきた靴音によって破られた。

「祥子さぁん!! 野郎、戻ってきましたぜ!!」

 山本某の引きつった声に頷き返すと、慣れた動作で銃を取り、立ち上がった。

「時間か。さあ。今度こそ与太話は終わりだ。――山本、配置につけ。これで決着をつけるぞ」

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