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Killer・“T”

「……足りない」

もそもそとした固形食を口に運びながら、JK“ジェイク”は呟いた。

「何がさ」

俺の問いに、彼は顔をしかめる。

「おい、AK……」

AK“アーク”、俺の名だ。彼は溜息を吐いた。

「何もかもだ。水分も、糖分も、カロリーも。こいつで賄うには限界があるだろ」

それはそうだと、俺もそう思った。
数日前、損壊した無人販売機械から拝借したそれは、食物と呼ぶには余りにもパサパサしていた。喉の渇きは士気の低下に繋がり、命にも関わる。かつて俺が所属していた部隊でも、それで大勢の死者が出た。

俺とJKはこのプラム・ガーデンの地下遺跡に迷い込み、ずっと彷徨い続けていた。何週間が経過したか、もう覚えてすらいない。ここでは時間の感覚すら確かではないからだ。

「……タピオカ・ミルクティ」

ふと、JKがなにか呟いた。

「なに?」
「タピオカ・ミルクティだ。十分な水分、糖分、そしてカロリーを摂取可能。かつてこの辺りでも盛んに取引されていたと聞く」

タピオカ・ミルクティ。馴染みのない言葉だったが、不思議と心が踊った。俺は頷き、彼の手を強く握った。

「じゃ、それで決まりだ。そのタピオカ・ミルクティとやらを探し出し、手に入れる」

俺たちは行動を開始した。
旧文明の遺産を踏み越え、暴走した警備ロボットと激しい攻防を繰り広げ、水の枯れた噴水の前で暫しの休息、そしてまた歩き出す。
やがて、その場所へと辿り着いた。

「……ここが、例の?」
「ああ、間違いない」

JKは朽ちた看板を指差した。そこには淡いピンクやブルー、パープルの装飾と、謎めいたユニコーンのオブジェ。

「アレは、かつて“ユメカワ”と呼ばれていた一種のトライバル・デザインだ」

彼が言うには、不思議とそういったデザインの近くにはタピオカ・ミルクティが存在するらしい。

その時、JKが何かに気づいた。彼はこちらを振り返る。その顔には焦りの色が見て取れた。

「危ない!伏せろ!」

その瞬間、俺のすぐ横を何か砲弾めいたものが横切った。それは勢いよく壁に激突し、地面にべとりと落ちた。壁には大きな亀裂。もしも直撃していたら、俺の命は無かっただろう。

そいつはまるで、真っ黒なヘドロのような姿だった。しかも意思を持つかのように蠢き、俺たちの様子をじっと伺っているようだ。

「間違いない……そいつは野生化したタピオカだ。どうやらこの場所を守っているらしいな」

タピオカはぐつぐつと泡立ち、何本もの腕のようなものを伸ばした。それを鞭のように振るい、俺を狙わんとする。

「時間を稼げ。俺は武器を探す。こんな事態に備えて、大抵のタピオカ・ショップには隠し武器があるもんだ」

JKはそう言って、タピオカ・ショップのカウンターを乗り越えた。そうしているうちにも、タピオカの触腕が俺を狙った一撃。避け続けるにも限界がある。そのうちの一本が振り下ろされ、俺の左肩にヒットした。ものすごい威力、ものすごい弾力だ。関節が外れたのか、激しい痛みが襲う。

「……JK!早く武器を探せ!」

俺がタピオカ・ショップの方を見やると、JKは生体LAN端子物理直結で制御システムをハッキングし、何らかのレバーを倒した。すると壁の一部分が音を立てて開き、見事なガンラックが現れた。『トレマーズ』を知っているか?ああいうやつだ。旧世代の銃器類だが、この局面では心強い。JKはその中から、一挺のショットガンを投げて寄越した。

俺は襲い来る触腕に向かって、散弾銃をぶっ放してやった。腕は豪快に千切れ飛び、そのまま床にぶち撒けられた。次に右から飛来した一撃は、背後のJKがライフルで撃ち抜いた。左から伸びた腕には、軽機関銃の掃射が浴びせられた。俺が残弾全部を本体にくれてやると、タピオカは少し怯んだようだった。その隙に俺もカウンターを飛び越え、適当な銃を手に取った。

それはかのミハイル・カラシニコフが生み出した、ソビエトが誇る名銃であった。卓越した信頼性と耐久性、そして生産性を誇り、世界で最も使用された軍用銃としても名高い。砂漠から凍原まで世界中のあらゆる地域で万全に動作するその銃は、この極東の地においても猛威を振るったのであろう。

俺はAK-47を構えた。

「うおおおおおおおっ!!」

心地良いリズムで撃ち出される鉛玉は、空を切り裂き、タピオカへと突き刺さった。全弾命中。空薬莢の音が響く。俺は息を呑んだ。

「効いて……いない……?」
「ヤツのもちもちとした弾力が、銃弾を無効化しているんだろう。腕は落とせても、本体までは届かないか……こいつは厄介だぞ」

タピオカはぐつぐつと煮え立ち、その姿を変化させる。今やそれはヒトの形をしていた。それも旧世紀のアクションスター、アーノルド・シュワルツェネッガーみたいなムキムキのマッチョマンだ。言うなればTP-800だ。

「おいおい、あんなのアリかよ……!」

もちもちの肉体は銃弾を跳ね除け、傷一つ付かない。

「胸のコアを狙うしかないな」

JKはタピオカの胸の辺りを指差した。半透明の肉体に透けて見える、心臓めいて鼓動する物体。どうやらあのパールのようなものが動力源らしい。

俺は壁に走り寄り、巨大な導管を掴む。『コマンドー』の最後の方で、悪役の身体を貫いたアレみたいなやつだ。老朽化したそれは、いとも簡単に壁から外れた。

「こいつをぶっ刺してやる」
「援護は任せろ」

俺はカウンターを乗り越え、鉄パイプを構えた。同時にタピオカも動いた。奴は人間離れした二足歩行でこちらに迫って来る。その背後から無数の腕が伸びるが、JKの正確無比な二挺拳銃射撃が順に撃ち落としてゆく。俺は身体を落とし、押し上げるようにしてやつの胸にパイプを押し込む。すごい弾力だ。全然刺さりそうにない。

「今だ!」

そこにJKが飛び出した。彼の右脚はサイバネティクス置換されており、すごいキック力を生み出すことが出来る。その蹴りが、鉄パイプに突き刺さった。パイプはタピオカの肉体を貫通し、コアが体外へと排出される。俺たちは顔を見合わせ、頷きあった。

画して、俺たちの冒険は終わった。冷凍保管倉庫に貯蔵されていたタピオカ・ミルクティを飲みながら、俺は遠い過去に想いを馳せていた。
増え続けるタピオカ需要。捨てタピオカの野生化。シンギュラリティ。メキシコの荒野。秩序の崩壊。自然環境への懸念。そういったものに。

だが全ては終わったことだ。
願わくば、この世界の平穏が続かんことを。

【Fin】

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