ピーナツクリームの朝

「あ、世界から消えたいな」と思う瞬間がある。
深刻な悩みがあるとか、病んで病んでどうしようもないとか そんなことではなく、ただなんとなくそう思う。

今朝だったら、寝惚け眼でトーストを作ろうとして オーブントースターの網に食パンを置く瞬間がそれだった。


トースターのフタを閉めながら、特に理由はないけれど、と心の中で呟く。
ジジジッという音とともにタイマーを回しながら、それにしても健全な自分になったなぁと実感。

消せるということは在るということ、と何かの曲でクリープハイプの尾崎さんが歌っているように、消えたいと思うのは 私は世界の中に存在しているぞってちゃんと自分でそう思えているからだ。
心がぺしゃんこになった時には、自分という存在が何よりも1番疑わしくなる。少なくとも私の場合は。


そんなことをぐるぐる考えながら白湯を飲んでいたら、チン!という音がした。
慌ててオーブントースターに駆け寄ると、いつのまにかトーストはきつね色を通り越して かりんとう色になっていた。

あぁ、油断した。
タイマーが回りきる前に取り出したかったのに。


焼きすぎた食パンは苦手。
食べているうちにぼろぼろと落ちるアレ、パンくずというのか、食べかすというのか、言葉にするとなんかしっくりこないけれど…とりあえずアレが苦手。
気のせいかわからないけれど、焼きすぎていると落ちる量も多い気がする。
小さい頃はそれがどうしても許せなくて、家族で一人だけ、食パンは焼かずに食べる派だった。


焼きすぎてしまったトーストに、スーパーで100円で買えるピーナツクリームをべったり塗りたくって食べることにした。

身体に悪そうな気もするけれど、私はこの紙製の容器に入った いかにも安そうなピーナツクリームが大好きだ。
舌がこの甘さを感知した途端に、フワッとした安っぽい幸せを感じる。
ただし、安っぽいので持続性はあまりなく、食べ終えて3分後にはその幸福感を忘れている。
ちなみに、某ハンバーガーチェーンのポテトでも、私は同じ幸せを感じることができる。

大事なことなので何度も言うけれど、私はこの安っぽさもすべてひっくるめて、このピーナツクリームが大好きだ。
容器が紙製だから捨てる時に面倒が少ないという点でも、このピーナツクリームは最高だと思っている。
スーパーでは ジャムよりも格下の位置、あまり目に留まらないところに並んでいることが多いけれど、もっと評価されて然るべきだと日頃から強く感じている。



ピーナツクリームを塗りたくったトーストは、今日も最高に美味しかった。

こんなに安くて美味しくて捨てやすいものを考案した人は、きっととても良い人なんだろう。
さっきまで消えたいとか思っていた27歳の女を こんなに幸せな気持ちにしてくれるのだから、きっとカーネルおじさんみたいに笑顔の優しい人なんだろう。
どこの誰なのか知らないし今後調べる気もないけれど、私はその人が大好きだ。
ありがとう、その人。


朝からなんて幸せなんだろうと余韻に浸っていたら、iPhoneのアラームが家を出る時間だと現実をお知らせしてくれた。

仕方がない、歯磨きをして早歩きで駅へ向かおう。

そう思った時にはたぶんもう、ピーナツクリームの魔法は解けていた。


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