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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(19)

19:かぐら、玉響に涙す


「待て。様子がおかしい」

烏天狗が全員をそう言って止めた。

「は?何がだ?」

クラブ顧問は新聞部、職員球技大会ではなんとか参考書を読み漁って知識を叩き込み勝ち取る審判役、体育祭は先輩に花を持たせるふりをして適当。
学生時代からゲーム三昧の体が悲鳴を上げている。
中学の頃の先輩に誘われて仕方なくやった高校のサッカー部だけが唯一自分の体の基礎を作り上げている。

あれはしんどかった。
何がしんどいって、モテる上に運動神経があり、勉強もできる奴らと同じ部活にいるととんでもない公開処刑になる。
モテる奴らを見に来た女子にまるでいない者と扱われるならまだいい。
そいつらにかかわる何かでトチろうものならブーイングこそ来ないが、しんと静まり返る。空気が完全に凍てつく。
例えるならデザートに乗ったミントのようだ。
写真を撮ったらすぐに“ポイ”
乗ってる意味は彩だけだ。

・・・いや、ミントは彩を持っていて写真も撮られている。自分はミント以下だったな。

息が上がりながら走馬灯を巡らせていると全員が上を向いて眉根を寄せる。

「あいつら一向に襲ってきやしねぇ…。何か魂胆があるはずだ」
「アイツらって何d・・・」

「このまま家に帰るのはまずいのう。どこかでまとめて処理せねばならん」
「いや、だからアイツらって何…」

「しかしあの量です。人にも見られたくありません。家から過ぎれば疑問に思われます。それに山は危険かと」
「あの、皆さん?俺の事見えてます?」

烏天狗、狐少女、小舞千さんと無視されてまた置いてけぼりだ。

「神楽大丈夫!私が守るからね」

子龍様。お前は天使か?

自分の左手を握りながら見上げて言う子龍は、まるで自分の子供のように可愛い。いや、もはやこれは孫のような心境かもしれない。真剣な瞳だ。多分自分が不安がっていると思っているのだろう。
まあ、確かに不安だが。あの量とか言ってるし。

「・・・海に行く他なかろうな」

狐少女が考え込んだ末にそう言う。

「海…ですか…」
「由比ヶ浜なら大丈夫じゃろう。なるべく端の方へ行くぞ」

狐少女が海と言った瞬間彼女は顔を曇らせた。
一同回れ右をして若宮王子から下馬方面の交差点へ行く方へ歩いて行く。
夜となり人通りは大変まばらになった。
ここ鎌倉は東京が近いせいと、ホテルがほとんどないせいか店のほとんどは16時や17時頃みんな閉まってしまう。
空いてるのは駅前の方か、barなどだ。それもそこまで多い数ではない。
今頃歩いてる人たちは地元の人間であろう。

灯篭を横目に速足で歩き、鎌万というスーパーを通り過ぎ一の鳥居を潜る頃には全員走り出した。
時折体のどこかがまるで刺されたように痛い時がある。
そのたびに小舞千さんが何かハエを追い払うかのような仕草をして何かを避けていた。

「剣が使えればいいのに!!」
「気持ちは分かるがこの数だ!それに走りながらじゃ神楽や俺たちに当たっちまうぞ!!辛抱しろ!!」

とんでもない物騒なことを言いながら小舞千さんが歯噛みする。
狐少女や烏天狗が結界を張りながら自分を護るために戦ってくれており、子龍も何か来たら叩き落とすようなそぶりをする。
ただ、自分にははっきりそれが見えない。

影のような、陽炎のような。
そんなものがいるような、いないような、だ。

ただ、痛さだけは本物だ。
右肩が激痛で上がらないし、右の脇腹だとか首だとかも痛さでしんどいほどだ。

こんな非現実的なことがあっていいのだろうか?
見えない何かがこの世に存在していて、そして今悪意を持って人間を攻撃している。
どんなカラクリで誰がやっているのか?
神様や眷属、小舞千さんら小笠原家が長年生きてきてこんなことはなかったというこの出来事は果たしてどんな全容になっているのか?
この世界初心者の自分には欠片も良く分からない。
昼間はのんびり井戸見てランチ食べていたのに、夜は海までマラソンだ。
体中が痛いし、腹が減ってどうしようもないし勘弁して欲しい。

「海が見えるぞ!あそこの横断歩道を渡ったらすぐ浜に出て、左に走るのじゃ!」

狐少女の言葉のままに全員が走りながら青信号を渡る。
後ろのローソンの明かりがやけに平和に見える。

砂だらけの階段を降りると全員まっくらな浜を左に走った。
何組かカップルや散歩の人がいて正直こんな中で対処したくないぞ?と思ったが、狐少女の言うとおり端の方は人がいなかった。

それも、海に明かりはないのでやや暗めだ。

後ろの町の明かりが明るいのが難点だが、あまりに暗すぎても人間の自分たちは見えない。丁度いい明るさなのかもしれない。

「さて、ここで迎え撃つことになるがはてさて…どうしたものか」
「神呼び舞か?」

狐少女と烏天狗がそう言って、砂浜に文字を書きまくっている小舞千さんを見た。なにやら読めない文字やら記号、それに星なども書かれている。
なるほど。地面にこうして直接かける砂浜は便利だ。
サッパリ何をしているかは分からないが。

「あの時は家だったので大丈夫ですが…ここで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫と言いたいところだが、お主の心持次第。それに、相手がもし神だった場合…防ぐのが精いっぱいであろうな」

狐少女が眉根を寄せる。
夜の海は不気味だ。
波の音が暗闇から聞こえて来る。
風が遥か太平洋から吹き込んできていて、なにやら向こうの方から立ち上る煙のように黒い影のようなものが空にある。
あれが何なのかは分からないが、近くに道路も通っているはずなのにとても静かだ。


「まあしかし、この程度ならば…天照様ならば恐らくは…」
「だがもし、これが倒すこと前提で何かハメる作戦だったとしたら厄介だぜ?もしかしたら呪いつきかもしんねぇ」
「すでにもういくつかは喰らっているじゃろ。もはや倒す以外にない」

狐少女と烏天狗がだんだんと言い合いのようになってきている。
揉めているようだ。
相手が分からない以上、舞が完成するまで防ぐがその後効果があるか分からないと言った具合だ。

「鬼神様にお願いするしかないかのう・・・」

そう言うと烏天狗以外がこっちを見てきた。

「あれは見える奴には見えちまうぞ?身を隠す場所がないのに派手すぎる。それに、神楽がぶっ倒れちまう!神呼び舞で市杵島姫命様方に助けを乞い、海の祓いをしてもらうのが上策だ」
「じゃがこんなこともできないようではいざと言うとき鬼神様がお出になった時に危険が増すぞ?今から慣らしておかんとこの先の鬼神様にとっても神楽にとっても良くないではないか」


人間だけが二人の攻防をあたふたと聞いていた。
彼らがここまで言い合いになるのは初めてかもしれない。
だからと言って人間のように喧嘩になるとかそういうものではないが、非常に厳しい雰囲気だ。

と、その間にむりやり入る者がいる。

子龍だ。

むりやりねじ込んで、その小さな手で二人の足を押し、距離を取った。

「神楽、大丈夫。あそこでご飯たくさん買う!!」

「はい?」

あそこ。と、彼は若宮大路から由比ヶ浜に入る交差点の角にあるローソンを指さした。

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ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。