10年越しの再会とバレエ
カンボジアで7ドルで買った、ロングワンピースにカーディガンを羽織る。
ちょっと派手かな、目立つかな
紺色の落ち着いたワンピースもあるのだけど、ちょっとくらい奇抜じゃないと今にも緊張で倒れてしまう
地元のお祭りへ行くだけなのに
そこでは昔通っていたバレエ教室が特設ステージで30分程度の踊りを披露することになっていた。
会場に着くと、ステージがかろうじて見える距離の立見席を確保した。こんなにたくさんの人が見に来ているなんて
驚くと同時に、ほっとした。
よかった、私は見つからない
バレエ教室は、いろいろあって先生に自分で最後の挨拶をしないままやめた。
やめたことに後悔はないが、しっかりけじめをつけないまま去ったので未だにもやもやしている。
そんな後ろめたさから、先生に会うのが、先生に見つかるのが居心地悪かった。
ステージの袖でグレーのスーツを着、髪の毛は下のほうでひとつにまとめている。
背中に棒が入っているのかと思うほどまっすぐな姿勢、長い首、つま先と膝が外に向いたバレエの基本ポジションで立つ姿…
ああ、やっぱり先生だ
教室に通っていたころずっと目で追っていた、お手本だった先生だ
あれから10年がたち、どことなく表情はやわらかくなった気がしなくもないが、てきぱきと指示を出しながら客席や生徒に気を配るしっかり者のオーラは健在だ。
私は記録用に撮影をするバレエ関係者の方の影から先生をそっと見つめていた。
どうか私にきづきませんように
でも、もしかしたら、気づいてくれるかもしれない
私のことを覚えているだろうか
正反対の気持ちが緊張と恐怖にも似た感情になって襲ってくる。
バレエは私の知らない子供たちばかりだったが、私が踊ったことのある演目だったので昔を思い出しながら観ていた。
ただ踊るのが、お客様に見てもらうのが楽しくて仕方なかった日々。
自然と拍手をする手に熱が入り、音は大きくなった。
スタッフの中に知り合いがいて、終了後に声をかけてくれた。
せっかくだから、先生に会っていかない?
私はどきっとした。
震える声ではい、と返事をするとスタッフの方が先生を探しに行く。
どうしよう、どんな顔をして会えばいいのだろう
私のこと、怒っているかな
まだ覚えているのだろうか
緊張と不安で心臓の鼓動はねずみより速く、顔は引きつる。
ごめん、先生もう会場にいないみたい
スタッフが申し訳なさそうに戻ってくる。
大丈夫です、先生によろしくお伝えください
とだけ言って外にでた。
ほっとしたような、残念だったような、
せっかく覚悟を決めたのに
10年ぶりの再会になったかもしれないのに
それでも、もし会っていれば私は言葉の前に涙を流しただろう
ごめんなさい、と
あんな去り方をしてごめんなさい、と
そして先生に伝えただろう
今でも、ずっとずっとバレエが大好きなんです
バレエを愛しているんです
バレエなしでは今の私はありません、と
今年の冬に発表会をするらしい。
そのときに、会えるだろうか
それとも今から手紙を書こうか
厳しくて、温かい、たった一人の私のバレエの先生に
頂いたお礼は知識と経験を得て世界を知るために使わせていただきます。