見出し画像

麻雀界でも夢を語れ⑤「おもしろい方へ進め」

麻雀とはどんなゲームか
遊びには、「競争」、「偶然」、「模倣」、「めまい」の4つの要素が含まれるとされます。実力を競うのが競争、運を競うのが偶然、演劇やものまねといった遊びが模倣、絶叫マシーンに乗るといった、感情の高ぶりを楽しむのがめまいの遊びです。
麻雀は4要素を全て兼ね備えるゲーム
麻雀は「競争」「偶然」は勿論、残りの2つの要素も備えているゲームと考えられます。勝ち負けよりも「魅せる麻雀」を大切にする、「麻雀は人生の縮図」などと言われることがありますが、これはまさに、「模倣」としての麻雀を楽しむ考え方です。また、高い手をあがったり、勝負どころで危険牌を勝負することに快感を覚えるのは、「めまい」の要素を楽しんでいると言えます。
麻雀というゲームに様々な人が魅了されるのは、この遊びの4要素を全て兼ね備えているからではないでしょうか。
麻雀は愛すべきクソゲー
しかし、「競争」を求める人にとっては、麻雀はあまりにも運の要素が強いですし、「偶然」を求める人にとっては、麻雀はルールが複雑で時間も無駄にかかります。「模倣」を楽しむ人にとっては、勝ちにこだわりすぎる相手をあまり快く思わないでしょうし、「めまい」を楽しむ人は、「何もかかっていない麻雀では熱くなれない」と言うかもしれません。
全ての要素を兼ね備えているということは、悪く言えば中途半端でもあります。麻雀に対する不満や愚痴が、麻雀打ちの口から何度となく聞かれる。愛好家からここまで「クソゲー」呼ばわりされるゲームもなかなかありません。
しかしだからこそ、麻雀は他のゲームでは代替の効かない、言うなれば「愛すべきクソゲー」なのです。麻雀より楽しいゲームは他にいくらでもあるはずなのに、何故かやめることができずに続けている。私もそんな麻雀の魅力に取り憑かれてしまった一人であります。
麻雀に勝つためには麻雀を楽しむ心も大事です。しかしこの本は「戦術書」なので、そちらはひとまず置いておくとして、「競争」と「偶然」。言い換えれば、「選択」と「抽選」のゲームとしての麻雀についてお話させていただきます。

『勝つための現代麻雀技術論』

 麻雀は遊びの4要素を兼ね備えていると申しましたが、「競争」「偶然」「模倣」「眩暈」にどの程度重きを置くかは人それぞれ。そのため麻雀愛好家同士でも価値観が合わないことは日常茶飯事。私も麻雀観の違いで何かと人と衝突してきました。

 しかしそんな界隈でも、ある程度コアな麻雀愛好家なら誰しもが好む麻雀コンテンツがあることに気付かされます。それが「麻雀漫画」です。

むこうぶち

 私は麻雀相手には恵まれているので、普段ネットでは金銭や環境的理由で自分ではプレイできないコンテンツを閲覧しているのですが、麻雀以外のゲームを生業としている方がコアな麻雀漫画ファンである例をよく見受けます。

 麻雀漫画に代表される麻雀創作と言えばその多くは、「非現実的な闘牌」が付き物ですが、麻雀の現実に真摯に向き合う、いわゆるガチ勢に不評ということもありません。非現実的でも物語の中で必然性があるなら受け入れやすく面白い。『むこうぶち』における傀の「御無礼」がその代表例と言えるでしょう。私が「現代麻雀技術論」を書く原動力となった麻雀ガチ勢のコミュニティでも、麻雀漫画の登場人物を名乗る人が何人もいましたが、麻雀観が全く合わなそうという理由で、こちらから距離を置いていた私が苦手な人でさえ、麻雀創作に造詣が深い人が多い。コアな愛好家ほど好き嫌いも目立つのが世の常ですが、麻雀創作嫌いを公言する麻雀愛好家だけは誰一人として見たことがありません。

麻雀愛好家としての偽らざる本音

 今から12年ほど前、私が京都で研修を受けていた時のこと。同じく研修を受けていた同業者の麻雀仲間から、「〇〇の最終回が酷すぎたんだが」という話を聞きました。私は自称ガチ勢の端くれなので、「物語の中で必然性があるわけでもない非現実的な闘牌」があるとどうしてもケチをつけてしまいたくなるのですが、彼は麻雀は面白ければそれでよいと明言する程度のカジュアル勢。彼をして「酷すぎ」と言うのだから余程酷いのだろうと思い、研修が終わってから読んでみると案の定酷い。もし彼に声をかけられる前にその漫画の最終回を読んでいたら、ショックで麻雀創作そのものが嫌いになっていたかもしれません。

 にもかかわらず、麻雀創作で名作と呼ばれるものが麻雀愛好家の多くに受け入れられる理由。それは、麻雀は嫌でも現実を見据えなければならないゲームだから。現実の麻雀が誰にとっても「クソゲー」であるが故に、創作物を受け入れられる土壌が生まれたのではないでしょうか。

 最近はこうした麻雀創作に触れる機会がすっかり減りました。代わりに増えたとされるのが、自分では麻雀の現実を体験しない麻雀観戦勢。楽しみ方は人それぞれではありますが、「観賞」という行為は自分で体験できないものを対象にするから楽しいというスタンスの私にはやはり観戦より実戦。観て楽しむのであれば現実では味わえない創作。今後とも「おもしろい方へ」突き進んで行きましょう。

ここから先は

0字

¥ 100

宜しければサポートお願いします。サポートは全てラーメンのトッピングに使わせていただきます。ラーメンと麻雀は世界を救う!